新宿=シンジク?

2008 年 9 月 30 日

自分は割合、発音にうるさいと思っています。駅のアナウンスで、「シンジュク」を「シンジク」と発音している人が3回に1回くらいあるのにヘキヘキしています。そして、ほとんどの人は気にならないことにも。韓国の人は、「ザジズゼゾ」が「ジャジジュジェジョ」になってしまい、「ありがとうございました」が「ありがとうごじゃいました」のように聞こえます。外国の方なので仕方ないでしょう。九州の人(自分も九州出身ですが)の発音もかなり近いところがあります。「セ」が「シェ」になるところなど。

20年くらいになるでしょうか、十回「ジュッカイ」を「ジッカイ」が正しい日本語の読み方のように国語審議会が決め、学校でも放送でも、その発音にそろえるように決まりました。私にとっては、信じられない、誤った変更だと思います。不思議と民放のアナウンサーで、そう発音をしている人は、私の耳では、今のところかなり少数なのはとてもうれしく思います。でも、NHKは、ほとんど徹底されていますね。そのうち、「シンジュク」ではなく「シンジク」を正しい発音と定められそうな動きです。手術「シュジュツ」の発音を、発音しにくいため「シュジツ」とするのも同様の発音変更です。

このように、関東の言葉のうち、東北弁的な部分は多くありますが、近畿以西では、非常に少数です。

たとえば、「七」のことを学校で「シチ」と読む、と教えられたとき、子供ながら嘘だと思いました。そう、「ヒチ」です。「お七夜」を「オヒチヤ」と読みますか? それとも「オシチヤ」ですか? 関東にはそのようなものがないので、わからない、どちらでもいいのかも知れません。

残念ながら、国が定め、学校で教えるようになると、「七」は「シチ」が正しく、「十回」は「ジッカイ」が正しいことになってしまいます。ジャジジュジェジョ(西日本)発音からザジズゼゾ(東日本)発音への変遷の果ては、「シンジュク」→「シンジク」→「スンズク」のようになってしまうのではないか、日本語の響きの多様性が失われてしまうようで、残念でなりません。吉祥寺(本来は)「キチショウジ」を「キチジョウジ」とする、築地(本来は)「チクジ」を「ツキジ」とするのも関東らしい発音変化でしょう。最近は、「カレシ」「バイク」などの平板型発音の氾濫にも、あまり心地よさを感じませんが、どう思われますか?

Webやチラシといったグラフィックのデザインにとても役立つのがイメージ写真。Yahoo!やGoogleの画像検索で見つけてきた写真をそのまま自分のWebに張ったりしてはいけません!ちゃんと、著作権フリーのサイトで使用料を支払ってから使うようにしましょう。ところで、このようなサイトは多くありますが、使用料がとても安くて驚きです。最近よく利用するのが、fotolia.comというサイトのものです。ブログなど、Webに張り付ける程度だと100円、200円といった値段で、また印刷物用であっても500円程度でダウンロードできることがほとんどなので、とても重宝しています。

jp.fotolia.com

日本語にも対応していますが、英語(アルファベット)で連想される言葉で検索してみることをお勧めします。たとえば、果物で検索することもできますが、appleで検索して、なかなかいい写真があったら、その写真の類似のものを探してみてみます。すぐに購入しなくても、ライトボックスという箱に入れておいて、ある程度集まった段階で、そこからカートに入れて購入する、というように作業をすすめることができます。

性犯罪者を強制的に去勢

2008 年 9 月 26 日

ポーランド政府は、性犯罪者を強制的に去勢するように刑法を改正する方向だということがYOMINURI ONLINEで報じられました(2008/09/25)。性犯罪者の再犯率は非常に高く、刑罰自体があまり抑止力として働いていないことはよく知られています。記事によるとイギリスやドイツなどでは、子供を狙った犯罪者に対して、本人の同意が前提で、去勢が行われているらしいのですが、EU内での「強制去勢」に、賛否両論うずまいているようです。「ポーランドの有力紙ジェンニクの世論調査では国民の84%が賛成し、与野党の大半も支持する方針で、刑法改正はほぼ確実な情勢だ」とのこと。皆さんはどう考えられますか?

「効率が10倍アップする新・○○○○術」とか「年収10倍アップ○○法」だとか、ノウハウ本のタイトルには、非常に刺激的なタイトルがついています。ご存じ、シリーズ本を合わせて150万部ほど売っている方のタイトルです。もし、10倍ではなく100倍だったらまずい表現でしょうか? それとも、中心の言葉が「術」や「法」であるから、問題にならないのであれば、「年収1万倍アップ法」でもいいのかも知れません。でも、そのような表現だと、逆にぴんと来なくなってしまうので、いいコピーになはならないのでしょう。それとも10倍に信憑性があるのでしょうか?

そもそも、このように、ノウハウ(手法)を提供する書籍等であれば、効果を表示したものであっても、景表法上問題なしだとすると、健康食品や化粧品のような薬事法にしばられている種類の商品には申し訳ない気がします。

これでもか、これでもか、と表現は過激になっていきます。昔、洗濯洗剤の広告に「真っ白」という表現が使われ、子供の心ながら「最高の洗剤ができたのだろう」と思ったものでした。がしかし、ひっきりなしに、新たな完璧を表わす言葉を広告マンたちは発明し続けるのです。

薬事法など法律には矛盾点があります。薬品でないものを、あたかも薬効があるかのように表現することは薬事法違反となるので、たとえば、ハチミツをなめるとぜんそくが収まるようなことでも、日本では、そのような表現を用いてハチミツを販売しようとすると「薬事法違反」とみなされる可能性が高いのです。薬効とか健康維持や改善といった、人々の願いにヒットする表現はご法度なのです。そもそも、薬品に指定されていない物には、「暗黙に薬効がない」という立場で取り締まってきた方法に問題はないでしょうか。また、成功とか、改善だとか、これも人間の願いに直結するものを得られるようなキャッチコピーはどんな表現であってもOKなのか、調べてみたいと思います。

社名一本化をアナウンスしたパナソニックが、最近Panasonic Beautyというブランドを前面に押し出し、仲間由紀恵を起用して化粧品?と思わせるCMに驚いた人も多いのではないでしょうか。雰囲気から、資生堂?カネボウ?と思わせたCMの作り方がこれまでの化粧品そのもの。

ホームページを探してみると

http://national.jp/beauty/

では、ナショナルトップ(カテゴリ名もドメインもまだナショナルが生きている)の次に「商品一覧」、そして「美容」というジャンル
までつくっています。

美容ではあっても、化粧品ではありません。ヘアケア(ドライヤー)、フェイスケア、ボディ・フットケア、オーラルケア(歯ブラシ)など、これまで、家電に位置付けられてきたものを、「美容」のカテゴリとして、「美容」の品々を売る、という販売PR策が見えます。これもひとつのブランド戦略です。高い広告料を払って宣伝をするわけですから、インパクトを広く、強く与えるという方法はなるほどと思わせます。

ナノケアは、かなり売上を伸ばしているようでもあり、今後の動きに注目したいと思います。

そういえば、中島みゆきと松田聖子のCMの「アスタリフト」(これはナノテク技術を使った明らかな化粧品。富士フイルム)もかなり売れている様子。技術が高く品物がよくて、いい宣伝をすれば爆発的に売れる可能性はあります。雰囲気(イメージ)だけの化粧品宣伝はあまり意味がないものになってしまうかも知れませんね。

ブログソフト

2008 年 9 月 17 日

このサイトのブログソフトは、WordPressです。日本では利用者のシェアは決して高くはないのですが、海外では圧倒的です。私がこのソフトを気に入っている理由は、インストールが非常に簡単であることと、テーマの多さです。このサイトのデザインは、if…elseというイギリスのデザイナーが制作されたものですが、このようにプロの力作が山のようにあります。海外のサイトを探せば、きりがなくこのようなテンプレート(テーマ)が見つかり、無料でダウンロードできます。また、WordPressはオープンソースであるため、自分でカスタマイズすることもできます。PHPという言語で書かれているので、直接ソースを変更することもできますが、管理画面の中で、ソースをいじって内容を変更することができます。

ブログソフトや、PukiWikiのようなWiki、Xoopsのように一般的なWebを生成するソフトのことを、一般にCMS(Contents Management System)いい、サイトの作成と運用管理の生産性を劇的に改善してくれました。数年前、PHPNukeという先がけのCMSソフトを知ったときの驚きは忘れられません。

センスと表現力の違い

2008 年 9 月 15 日

表現力が乏しかったり、何かを上手に操れないときに、「センスが無いから」といった言い方で説明することがあります。センス(sense)とは、日本語に直訳すると感覚あるいは感性といった意味になりますが、大方の場合、センスが欠如するような重大な問題があることはほとんどないのが実情だと思います。歌がうまく歌えなかったり、絵がうまく書けなかったり、英語が話せなかったり・・・と、がっくりと自信がないさまを表現するときに、センスがない、などと言ってしまいますが、本当にセンスがなければ、このように表現することはないでしょう。つまり、うまく表現できていないことをはずかしく、つらく感じているからこのように言ってしまうわけです。逆に言うと、センスがあるのです!センスがあるのに、うまく表現できないからもどかしく、残念で、恥ずかしく感じるのです。

文学でも芸術でも、そのほかの分野でも、伝達の技術を高めることは非常に重要です。ベータラボの中心課題は、伝達の質と量の向上です。これを略して「デンタツ」と呼ぶことにします。デザインやキャッチコピー、あるいはテキストの言葉といった表現、その文脈的(時間的・空間的・状況的)なパワーが、メッセージとして市場に強く伝達されるものだと考えています。今後、デンタツの本質を探り、お伝えしていきたいと思っています。

どこの記事だったか、世界にあるWebの60%がスパムであるという話を聞きました。ウイルスでも、スパイウェア、マルウェアでも、あるいはスパムでも、快適なネット利用をしたいものからするとはなはだ残念な話です。URLの入力をミスしてしまって全く関係のないサイトへ誘導されたことなど経験はないでしょうか?SEOばやりで、なんとかユーザをひきつけたいサイト管理者あるいはマーケティング担当と検索エンジンとのイタチごっこなのでしょうが、動画など大きなトラフィックを生じるネット利用とともに、あまりいいことではないですね。

日本の魅力

2008 年 9 月 10 日

今から27年以上前、青年海外協力隊に参加して、アフリカ東南部に位置するマラウイ共和国に2年間生活をする機会を得ました。独立してまだ十数年しかたっていないころなので、かなり変わったかも知れませんが、とても刺激的で考えさせられる毎日を送ることができました。帰国して、翻訳・通訳・国際会議などを扱う会社に在籍していたこともあり、欧米に出張へ行ったり、海外の方々と連絡や仕事をすることも多くありました。

個人的には、このような経験をバックにして、文化論的な話題にはとても興味があります。ひとくくりにできない面も多くあるため、「アフリカは」とか「欧米は」とか「日本は」とか言い切るのは、時にまずいことを承知の上で、日本の魅力を述べてみたいと思います。

何より自由だと感じられることだと思います。宗教・文化的な制約、圧力が極端に小さいこの国は、本当に自由を謳歌できます。塾通いなどを強制されているなどの問題も、もちろんあることは認めますが、通常、社会的な弱者である子供がとても保護されています。特に親の影響がかけられなくなるハイティーン以降の女の子の自由さは世界ダントツではないでしょうか。

「かわいい」「好き」「嫌い」「ださい」「びみょー」・・・。感情をストレートに表わすことは良いことなのです!表わしながら周囲とコミュニケーションしていきます。洋服や持ち物、化粧はすべて自分の表現であり他人とのコミュニケーションの手段です。マスコミに踊らされているという人もいますが、何の何の!若者たちが自分の気持ちや感性に敏感なだけだと思います。これほど(本来)経済的な弱者である女・子供がのびのびとしている日本は、私はすばらしいと思います。「竜宮城」ではないか、といつも思っています。

宗教や伝統文化は個の感情や欲に対して高圧的なものです。イスラムの戒律の厳しさだけでなく、キリスト教でも、仏教でも、原則、個人の欲を悪いものだと規定しています。

大麻の事件で大揺れの毎日ですが、大麻については違法という規定があるからこのように悪とみなされていますが、毎日のテレビでビールをごくごく音をたてて飲むようなCMが流れている日本は世界的に見れば非常に特殊です。アメリカでは(アルコール中毒の人への配慮もあり)このようなCMは、飲みたい欲をあおる「悪い」情報伝達とされているのです。

知人のお子様がアメリカの路上でビールを飲んでいて、逮捕されたというお話を伺いました。なんと一晩牢屋に入れられたのです。もちろん、家の中でビールを飲むことは決して違法ではありませんが、路上でビールを飲むことは、まぎれもなく恥ずべきこと、やってはならないことなのです。日本の文化を外国に持っていくとこのようなトラブルを生じることがあるでしょう。でも、決してこのような行為をする若者を非難できないのです。

ジュージューと焼けているお肉、きれいに泡立ったビール・・・。私たち日本の日常は食欲を刺激するものであふれかえっています。感情をストレートに表し、電車の中で化粧をする。何が何だかわからないこの日本。なぜ無秩序にならないのか、どこまでならOKなのか。私はワクワクしながら、毎日を送っています。

これまで、日本の伝統的な文化の中で、「男は黙って・・・」のように、目標や理由や考えなどを語ることなく、黙々と仕事をする、不平を言わない、ひたすらがんばる、といった姿勢を尊ぶ風潮があり、伝統芸能や技能習得の現場ではまだまだ主流かも知れません。
しかし、北島選手をはじめとしてオリンピックに出場した選手の言動を見ていると、最近は注目を集める選手たちが、金を取ることを公言したり、メダルをとって雄叫びをあげたり、泣いたりの感情表出を許す風潮がとみに強まっていると感じませんか?
前の記事に書いたように、有言実行の風土は、私自身はとてもいいことだと思います。
でも謙遜の美徳はどこへ行ったのでしょうか?
賞をもらったり、成功したときに、「おかげさまで」と冒頭に言うよう、私たちは教えられたものでした。
駅などで、おそらく、お世話になった方とお別れをしているのでしょう、お年寄りが向かい合って、ぺこぺこと、繰り返し繰り返し頭を下げているような光景はほとんど見なくなりました。
「よそゆき」(いい洋服など)や「おかげさまで」「もったいない」などの日本文化特有の言葉がぞくぞくと死語になってしまうのは残念です。
日本文化の良さは、複数の場合によっては対立するものも、融和させ調和、混合させるというものだと私は思っています。特に食事。洋食、中華、インド料理、韓国料理などどんな食事もとりいれる、貪欲なまでの他文化吸収力は、世界最高だと思っています。
吸収したり、遷移したりしても、以前から持っている良いところも、ぜひ残していきたいですね。

失敗する3つの要因

2008 年 9 月 8 日

何かに失敗したとき、何が原因だったのかと調べていくと、不注意だったからとか、ちゃんと伝達できていなかったからといった原因が述べられることが多いことに気がつきます。別の言い方をすると、チェックすべきものをチェックできていない、つまりCheckの機能が果たされていない場合と、分担するグループの中で、状況や問題点などの情報共有がうまくいっていない、すなわちCommunicationの機能がが果たされていない場合・・・両方ともCではじまる言葉ですね・・・があげられることが多いと思います。

でも私は、もっと大きい原因があげられるのではないか、と思うのです。それは、ちゃんとゴールイメージが描けてなかったことからくる失敗です。そもそも、成功するゴールイメージがちゃんと描けていなくて成功する可能性はもともと小さいわけです。したがって、失敗する要因を3つあげるとすると、

  1. ゴールイメージが不明確
  2. チェックが不十分
  3. 伝達が不十分

ではないか、と思います。もちろん、そのほかにもいろいろあると思います。たとえば「想定外」のことが起こったからということもあるでしょう。でも、もとをたどれば、ちゃんとゴールを想定すれば、段取りや場合分けなどができるので、1に帰結できると思います。

このトピックは、逆さまにして「成功する3つの要因」と読み替えることができます。

成功へ導く3大要因は

  1. しっかりとゴールイメージを描き、さまざまな場面を想定すること・・・Conceive
  2. 各ステップや状況を適宜点検しその対処をすること・・・Check
  3. 必要な情報を関係者で共有しタイムリーに情報伝達を行うこと・・・Communicate

と定義できるかもしれません。

創作-ボトムアップ

2008 年 9 月 5 日

作戦を立てることは、ゴールを想像して、トップ(=ゴール)に到達するまでの道のりや方法、分担などに分解していく行為だ、というお話をしました。つまり、計画するとか、作戦を立てる、というのは、分析的な(分ける)作業なんですね。上手に要素に分けられれば、作戦はうまく立てられます。
このこととは逆に、創作あるいは表現といった行為は、いろいろな要素や要件を満たしながら、1つのものに作り上げていく行為ですから、ボトムアップの作業と考えることもできます。
さて、トップダウンの作業とボトムアップの作業は、どちらが簡単でしょうか?
もちろん、行うべき仕事の種類にもよるため、いちがいには決められないかもしれませんが、作り出す方がむずかしいと考えられている方が多いのではないでしょうか。
オリジナルなもの、感動を生むものを作ろうとすると、感性と忍耐の両方が必要になってきます。芸術家が作品を作るのも、スポーツマン(最近はアスリートと呼ばれているようですが)が技能を高め、高い成果を出すことにも似ています。
有能な人あるいは成功する人が述べていることに、「ゴールイメージ」を描くことがあげられます。作品を創作するときにも、仕上がりの雰囲気や要件を常に考えながら進めることが重要になってきます。
日本人の価値観の中に、「ひたすら」とか「何も考えず」といった心構えをほめる風潮がありました。しかし、最近、特にこの10年くらいは、有言実行だったり、ゴールイメージを想像しながら進めていく方法も認められつつあるように思われます。達成した時の喜びや感動をはっきりと伝えることも許されてきています。昔のテレビ放送などを見ると、ぐっとこらえている姿の方が多く感じるのは私だけしょうか。
創作的作業はボトムアップだと申しましたが、実はトップを見ながらのボトムアップ作業なのです。創造したゴールを頭に描きながらさまざまな要素(計画時に分解してきたもの)をくっつけながら、最終イメージを作り上げる作業なのです。
いい作品をつくる、すばらしい成果を出す、内容の濃い仕事をする・・・。人に求められる行為は、すべてこのようなアクションが求められているのではないでしょうか。

デザインと料理

2008 年 9 月 4 日

デザインはある意味、料理と同じです。素材を用意して、順番に足したり加工したりして、最終的においしい作品を仕上げていきます。でも、どうして、デザインはむずかしいのでしょうか? 「よし、これを足そう」と思って足しても、予想したものにならないことがよくありませんか? ごちゃごちゃしてしまったり、雰囲気が変わってしまったりと。何が問題だったのでしょうか?

デザインとは、設計プラス制作だと考えていいと思います。たいていの場合、ちゃんと設計せずに制作を始めてしまうため、うまくいかなくなってしまうことが多くあります。設計図なしに、建物や乗り物を生産するとしたら驚きですね。

料理は、作業手順も、材料も頭に入っているからうまくいくのです。しかもたいてい、一度は経験した内容です。いわば、経験と暗黙の設計図が頭の中にあるから大体うまくいくのです。

デザインにあたっては、ゴールを想像しながら、設計を行ってください。設計図には次のようなものが書かれてあると考えることができます。

  1. 仕上がり予想図
  2. 部品(=材料)一覧
  3. やるべき仕事とその段取り(順番)

もちろん、これをすべて書き下す必要がある、と言っているのではありません。写真を入れるとか、文字のサイズを変えるとか、色をつけるとか、何らかのアクションをするときに、自分の設計図に指示がある方向に進めているか、をちょっと考えてみる、という意味です。

料理を作っている最中に、うまくいっているのか、どうチェックをするかと言えば、そう、味見ですよね。煮え具合(進行状況)や味のバランスなどをみて、加工や処理についての補正を行います。

デザインでも、途中で、配置を変えたり、色を変えたり、変更することもよくありますよね。この作業も、実は味見と同じ働きがあるわけですが、デザインがなぜむずかしいかと言えば、都度都度の判断の一貫性を維持することが「味見」よりむずかしいからなのです。

食後は散歩

2008 年 9 月 3 日

近ごろ、運動不足もあってメタボ傾向が強くなってしまい、気分転換も兼ねて、食後は散歩をすることにしました。

昼は西新宿のオフィスにいるのですが、以前、といっても18年も前に、この近くで仕事をしていました。新宿中央公園もそばにあるので、よくこの辺は歩いたのですが、のっぽビル群の地下を歩いていてビックリ。かなり広い地下道ができているではないですか。

西新宿地下道

知らないところもいろいろありそうなので、歩き回ることにしました。

何か目標を立て、行動を行うための計画や作戦を立てるときにどうされますか?

そうですね。やらなければならないこと、つまり仕事のリストを作ったり、いつまでにやるかを決めたりします。すなわちスケジュール立てをしたりします。そして、ときどきその進行具合や出来具合をチェックするのが一般的でしょう。なぜ、このようなことをすれば目標に近づくのだと考えるのでしょうか?

千里の道も一歩から、といわれるように、目標は目標として定めても、それは遠くの話なので、近くの具体的な行動を定めておいた方がわかりやすいからです。ですから、自分自身で今何をしたらいいのかをはっきりさせることが必要なわけですから、そのような具体的な仕事リストを作成したり、それをいつまでに実行するのか、という制限をを作ってみて、それをチェックしながら目標に近づいていこうと考えるわけですね。

もし、そのリストやスケジュールが間違っていたら大変です。毎日の行動が無意味だったり、無駄だったりします。ですから、何よりも「早く行動すること」が重要ではありますが、行動しながらでもそのリストやスケジュールの点検も行わなければならないでしょう。

整理しますと、

  1. 目標を立てたら、それを実行するための個々の仕事をリストしそのスケジュール立てをする
  2. 時々、仕事のリストやスケジュール自体を見直す

の2点が重要だと言えます。1番目については、スケールの大きいものから小さいものまで適用されます。私はこれをトップダウン作業と呼んでいます。これは、1つの目標あるいはゴールのイメージから、実際に行うべきことを導き出す作業です。少し詳しく述べますと、1つのものを見つめながら、そのもの自体を2つ以上に分解する作業を行うことです。これを因数分解と呼ぶ方もいらっしゃいます(勝間和代さんが「効率が10倍アップする新・知的生産術」で述べていらっしゃいます)。一般論として、次のような分解作業を行うことができます。

  1. 夢をビジョンに分解する(説明立てする)
  2. ビジョンをいくつかの目標に分解する
  3. 目標を方針、方策、または戦略に分解する
  4. 戦略を戦術に分解する
  5. 戦術を日々の行動に分解する

目標を達成するためには、しっかりした目標自体を立てなければなりませんが、このことはとりあえず置いておいて、目標を実現するための方針、方策などをしっかりと立て、それを実施るるための戦略を練ることになります。そしてその戦略を実現するためのさまざまな戦術を導き出すという作業を行うことが、実効性のある行動を行うためのやり方になるのです。

このような行動の方法はトップダウンのやり方といわれています。そうです。簡単にいえば、ちゃんと分解作業を行えば、より具体的な作戦づくりができ、目標に一歩近づける、というわけなのです。

会社はじめました。

2008 年 9 月 1 日

ベータラボの構想はしばらく温めてはいたのですが、ついに会社にすることにし、本日、登記申請を行いました。オフィスは西新宿に置いています。ネットの仕事がメインなので、オフィスの場所はあまり関係はないのですが、私は新宿という街に、何かパワーがあるような気がして、ここを拠点にすることにしました。

さて、会社でどんな仕事をするのか、について少しだけご説明します。

【1】ベータラボという名前

ベータラボとは、beta(β)とlabo(laboratory=研究室/実験室)との合成語で、永遠にトライしつづける研究室のような意味です。ベータという言葉は、Web 2.0 の流れの中で、ある種かっこいい響きを私は感じています。アルファ版を作り、ベータ版を作り、そして正式版(リリース版)を出していく、という従来型のソフトウェアの開発にもかかわったことがあるので、ベータという言葉にも愛着がありました。ということで、ソフトにかかわらず、サイトでもビジネスでも、何でもOKですが、常にチャレンジをしていきたいと思い、この名前にしました。

【2】テーマまたはキーワード

人類は、狩猟採集の時代から、計画的に栽培を行う農業の時代、そして産業革命を経て工業の時代に進んできました。もちろん、現代でもそのような産業も存在しつつ、サービスならびに情報化の時代に入っているとよく言われています。この時代の特徴は、もちろん、情報あるいはコンテンツももちろん重要ではあるのですが、私はそれがどのように人へ伝えられるか、つまり「デンタツ」が一番重要なのではないかと考えています。したがって、一言で何をするのか尋ねられたら「デンタツのビジネス」とお答えすることになると思います。

【3】スローガン

「デンタツ」だけではあまりはっきりしないので、もう少し説明を加えたものが以下のスローガンです。

「価値をつくり、感動をつたえ、挑戦をつづける」

デンタツするもの、伝えるものをつくることがまず必要です。ですから、「つくる」ことを第1番に置きました。次は「つたえる」ことです。実は感動は伝えるものではなく伝えた結果であり、伝えることにより感動が伝達されることになります。そして最後は「つづける」ことです。続けなければ意味がありません。この、3つの「つ」にこだわって仕事を行っていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。