京都弁、大阪弁、神戸弁で「来ない」を言うと、

きーひん(京都)
けーへん(大阪)
こーへん(神戸)

すべての活用を調べたわけではないので、確定したことを申し上げられませんが、京都は上一段(やっぱり京都は上ですね)、大阪は下一段、神戸は五段活用のように見受けられます。関西弁を聞いていると、大阪弁がかなりメジャーですが、この発音を聞いて、私は、「あ、京都の人だ」というようにわかることがあります。ちなみに、外国人には、日本語の活用が非常に難しく感じられるようです。「する」はサ行変革活用で、「くる」はカ行変革活用で、いずれも、いわゆる不規則の活用をします。

神戸の言葉は、抑揚は京阪式ですが、活用(=文法)は非京阪ということで、標準語化が進んでいる、との話を聞きました。文法がこのように変化する、というのも日本語の特徴かも知れません。通常、一般の言語では、単語はぞくぞくと外来語が取り入れられるのですが、文法は変化しないものです。

たとえば、「コーヒーを2杯」頼むのに、「2コーヒー」とは日本人は言いませんし、かなりむずかしいです。いくら英語の単語がたくさん入ってきても、そう簡単に語順は変えられないのです。不思議と、ひっくりかえして「コーヒー2」とは言えます。でも、外資系のファーストフードショップで「ツーコーヒープリーズ」というように語順を変えるのは、とても難しいのです。思考の順番にすら関連しているのです(言い換えると、長い年月たっても変わらないだろうと思われます)。

なぜ、英語を身につけにくいか? 単純に、語順の大きな違いが決定的だと思います。

さて、日本語の文法は、モンゴル、韓国などとかなり類似するそうです。大昔、韓国と日本が交流していたころ、なんと、通訳なしで会話をしていたのではないか、と考えられるという話を聞いたことがあります。ただ、不思議なことに、語順などの文法はほとんど一緒なのに、基本の語彙(手、顔、月など)が、韓国語とほとんど違うという話も聞いたことがあります(したがって、以前韓国の南部で話されていた言葉は今の日本語の古いものだと考えている方がいらっしゃいます)。これら基本語彙は太平洋の島々の言葉と共通することが多いそうです(そのため、基本語彙は古いものを残したまま、朝鮮からの文法を取り入れたのではないか、と、言語の常識からしたらありえないような説を立てている方もいらっしゃいます)。

言葉は不思議ですね。

また、韓国とは、特に韓国の南の地域の神話は、日本の神話とかなり類似しているということも言われています。

日本語で消えていきそうな、良い言葉を残していきたいですが、ぜひ、過去の近隣の国々・地域の言葉の関連も調べてみたいと思っています。

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音の高低を表わすイントネーション(抑揚)と、音の強弱を表わすアクセント(厳密には、強弱以外でも例えば抑揚自体も「アクセント」と呼ばれることもありますが、ここでは、そのように分けてみます)とは、それぞれの言語で重要な役割を担います。

日本語はおおざっぱに、京阪式(いわゆる「関西弁」)とそれ以外に分けられます。

私は「関西」という言葉を使いたくありません。いわゆる「関西」は大好きですし、大阪はとても自由な空気があり、京都は自然と歴史とアカデミックな空気があって好きです。また、神戸はとてもモダンで魅力的です。

なぜ、「関西」という言葉を使いたくないかというと、「関東」という言葉に対抗して使われるようになっているということ以外にあまりその意味がないように感じるからです。「畿内」「畿央」「近畿」という言葉が、旧来から地理的な位置を表わしていた表現でしょう。しかし、東京がある地域を「関東」と呼んでいるので、それに対抗して近畿を「関西」と呼ぶ、というのは、全く合点できないのです。

もちろん、「皇室が東京へ移動してしまっているので、東京が中心であり、近畿は関西」だ、という人もいるでしょう。でも、それを関東の人が呼ぶのならわかるのですが、近畿の人がそう呼ぶのはどうかな、と思っているのです。

おおざっぱに京阪式とそれ以外に分けられる、ということがわかったのは、明治以降の話です(金田一春彦先生の論文を読みました)。東北は東北の言葉があり、中部の言葉も、中国、四国、九州の言葉もみな違いますので、調査ののち、なんと「東京」地区の抑揚と、たとえば「広島」地区の抑揚とはほとんど同じということが明らかになったのです。逆に言うと、近畿の言葉以外のアクセント(抑揚と強弱アクセントを含む)は、だいたい同じだったのです。その意味でも、私は長い年月、日本の中心だった京阪地域を「関西」と呼ぶのは奇異に感じるのです。

日本語は全般に(厳密には京阪式は従わないことも)、単語の発音では、最初が低い音の場合、次が必ず高くなります。このイントネーションの上下変動で、「単語だよ」という信号を相手に送ります。

わたし 低高高 ・・・「わ」が低いと「た」を高くする

あなた 低高低 ・・・「あ」が低いと「な」を高くする

とうきょう 低高高 ・・・「と」が低いと「う(=お)」を高くする

きょうと 高低低 ・・・「きょ」が高いと「う(=お)」を低くする

というように、かならず第1音と第2音とで高低変動をします。

アフリカで広く話されているスワヒリ語だと、ある意味逆になります。最後の音の一つ前が高くなります。

タンザニア 「ニ」が高い

ようになります。音節としては、

Ta Nza Ny-a

のように分かれます。音が高いところは強く「タタタータ」のように伸ばしたりもします。また、アフリカの言葉の場合「ン」ではじまる「ンザ」などが発音されるので、日本語とかなり違いますね。スワヒリ語では「ン」で終わる言葉はありません(全く日本語の逆)。

このように、スワヒリ語は単語の終わりに抑揚変動の印を入れることで、単語の区切りを示し、日本語は単語のはじめに抑揚変動の印を入れることで単語の区切りを示していることがわかります。

英語はアクセントと抑揚とがほぼ一致しています。つまり、ストレスが置かれるところは、原則音が高くなります。ですから、いわゆる外人がしゃべる日本語のまねをしようとすると、

わたしは 低高低低

のように、高い抑揚のところ「わたしは」の「た」を強く、高く発音すると外人(アメリカ人?)らしくなります。

京阪アクセントもこの英語とかなり近いです。原則、イントネーションに合わせてアクセントをつけます。その反対に、関東の発音では、音は高いのにアクセントを入れないような発音をする場合が多々あります。

そう-なん-です 高低低

のような発音でも、音程が低くなった「です」にストレスを置く(アクセントを入れる)ことができます。このような発音はロシア語にも非常に似ています。(関東式だと「です」の「す」はほとんど「s」として子音化しますが、京阪式だと「su」と「う」音がはっきり残ったりします)

日本人にとって四季はとても重要です。この四季を表わす四つの言葉は、京阪式と関東を含むそれ以外で正反対になります。

春 はる 京阪(低高) それ以外(高低)

夏 なつ 京阪(高低) それ以外(低高)

秋 あき 京阪(低高) それ以外(高低)

冬 ふゆ 京阪(高低) それ以外(低高)

日本語は抑揚(イントネーション)で単語を表わすため、非常に大切だと申し上げました。しかし、京阪式とそれ以外では、その抑揚が正反対なのです。たとえば、イギリス英語とアメリカ英語で違いはたくさんありますが、アクセントが反対などはあり得ません。まったく伝わらなくなってしまうからです。それくらい、英語ではアクセントが大切です。

基本単語の抑揚がすべて正反対なのは不思議ではありませんか? さらに、京阪式以外はアクセントとイントネーションを使い分けているのに、京阪式は一緒が原則なのです(細かい点では非常にデリケートな発音を含みますが)。

これほど情報化が進み、テレビやラジオなどで音声情報が交錯しているので、いっきに言葉の抑揚、強弱などが混ざってしまってもよさそうなのに、不思議と保守的ですよね。

しかし、ここ何十年かは、

渋谷 しぶや 高低低 → 低高高

ドラマ どらま 高低低 → 低高高

バイク ばいく 高低低 → 低高高

のように、平板型のイントネーションが優勢になっているのは、気になります。(関東の若者はどうして?と思うところでしょう)

純子 じゅんこ 高低低 → 低高高

という発音を電車で聞いたとき、びっくりしました。女子高校生の間ではあまり変じゃないのでしょうか?

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日本語と英語の違い

2008 年 10 月 28 日

日本人にとって、欧州の言葉、特に英語は大変学びにくいものです。一番面倒なのが語順、つまり文法の違いからくるものです。そして発音まで違うので、なかなか習得しにくいです。英語以外の欧州の言葉には、文法上の性があり、さらに格変化があったりで頭がごちゃごちゃになってしまいます。

英語はある意味、そのような変化(性変化・格変化)がほとんどないので、学びやすい反面、単複と冠詞が日本人にとって非常にわかりにくいものになっています。

可算名詞の場合、a carなのか cars なのか the car なのか the cars なのか、バリエーションが多すぎて、とっさのときに迷ってしまいます。不加算名詞の場合ですら、theをつけないものだけでなく、ときにtheを付けたりするので混乱してしまいます。残念ながら、冠詞と数については「習うより慣れよ」ということになります。

英語で話すようになってよくする失敗は、「No」と言わなければならないときに「Yes」と言ってしまうものです。

You didn’t go to the musium yesterday, do you?
(昨日、美術館に行かなかったんですね?)

×Yes, I didn’t.
(ええ、行きませんでした)

もちろん、この Yes はNo にしなければなりません。日本語では首を縦に振るような場面で、Noと言いながら横に振らなければならないのは頭も首も緊張してしまいます。

なぜ、こんな違いが生じてしまっているのでしょうか?

これは、英語をちゃんと学べていないと考えるべきでなく、言語の文化的な違いと考えることもできます。

原則、日本語では、相手に「No」と言わせる質問はしません。この慣習は、実はスワヒリ語など、アフリカの言語でも同様です。したがってアフリカ人も同じような間違いをすることがありますし、(アメリカの黒人英語の特徴でもありますが)「×without no money」のような二重否定をやってしまったりします。

以前、会った白人の英国ウェールズから来られた方と話していてびっくり。

私: I come from Japan.(日本から来ました)

相手: Do you? (そうなんですか)

私: I am a teacher at Chaminade Secordary School.(チャミナデの教師をしています)

相手: Are you?(そうですか)

私: This is my house, provided by the government. (これが、政府が用意してくれた私の家です)

相手: Is it?(そうですか)

という具合に、すべて付加疑問で相槌を打ってきます。日本語だと、「ええ」とか「そうですか」の連発でいいものを、英語を話す人たちは、相手が話した構文に合わせて、ぞくぞくと違う表現で返答してくるわけです。ですから「そうですか」を翻訳する、という考え方をやめた方がいいくらいです(この経験があって、「はい、そうです」の例文を使った話し言葉翻訳の文脈処理を研究したわけでもありますが)。

これには、参りました。頑張って、何度も何度もいろんな場面で

Is it? Isn’t it? Are you? Aren’t you? …

などが言えるように反射練習しました。

私は英語が話せるようになるとても重要な方法は、「つなぐ言葉」や「相槌」をうまく使うことだと思っています。

A equals B. (AはBと等しい)

B equals C. (BはCと等しい)

Therefore, A equals C. Right? (したがってAはCと等しい、ですよね?)

この Right? のような言葉が言えると、話が滑らかになるのです。(この場合、話している人が末尾につける正しい付加疑問は A equals C の否定形なので Doesn’t it? になります。うーん、やっぱり日本人にはとっさの付加疑問はむずかしい!)

Right? Not so? Isn’t it?  Is it? Yes? Okay? All right?

このような代替できる表現を順番につかっていけば、スムーズに英語が話せていきます。そして、つないでいく間に次の表現を考えるようにします。

Sure, Of course, Absolutely, No doubt, In particular (Particularly) …

などの文頭の言葉を入れて、文意を明確にしたり、

For example,

などの言葉を使って、例をあげて説明を補ったり、

I mean (to say) … (つまり、言いたいのは・・・)
Let me put it this way, … (言い換えてみましょう。つまり・・・)

のように、言いたかったことを言い換える(再度、別の表現で表わす)ことで、デンタツの達成レベルを高めます。

単語や例文を丸暗記することも大切ですが、このように「つなぐ言葉」や「相槌」などを使って、一連の表現にしていくことは、とても大切ですし、練習しておくと助かることがあります。

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経済摩擦の背景

2008 年 10 月 27 日

このタイトルは、今から20年以上前、当時名古屋大学の教授でいらした飯田経夫(いいだ・つねお)先生(1932~2003)が読売新聞の夕刊(全国版)に書かれたエッセイのタイトルだったと記憶しています。先生は、日本バッシングが強い中、日本楽観論(強さ)の立場を貫かれた論客の雄でした。このエッセイは、後に通信添削などを行うZ会の現代国語の模擬試験問題にも使われました。

なぜ、そのようなことを覚えているかと言いますと、ごくわずかしか流通してない小著「サバンナに生きた二年間」をたまたま大阪の書店で購入いただき、著書中の「アフリカと日本の文化の違い、類似性」に関する記述を、このエッセイで引用されていたからです。何のきっかけだったか、「私の文章がZ会の現代国語の模擬試験にのっている」と誰かから教えてもらったのです。

私の主張は、「確かに日本とアフリカの文化の違いはあるが、それは人間関係や社会生活をする上においては、小さな差でしかなく、実は類似性や共通性があるから、気持ちが伝わり、社会の中で生きていくことができる(できている)」というものでした。肌の色、言葉の違い、生まれや文化の違いなど、とかく違いばかりを強調する風潮が強い中、「違いばかり強調すべきでないのではないか、それよりなぜこんなに離れて住んでいる異なる文化同士も、問題なく交流できているのか、その理由を考察した方がずっと意味がある」というのが伝えたかったことです。

飯田先生のエッセイでは、私と私の協力隊での活動を紹介して文章を引用した上で「(アフリカの現地での生活のように)こんなに違うところで生活する日本人すらこのように共通点を体感している」「アメリカとの摩擦は、決して文化の違いではなく経済の差の問題だ」との論理展開をされていました。強烈に日本を叩くアメリカとの摩擦の原因を、米国流と日本流のビジネス・マナーや文化の違いに原因があるとする当時の大勢意見に真っ向から反論されていました。

現在、サブプライムローンの破たんをきっかけに起こったアメリカ発の金融恐慌は、欧州をはじめ世界に悪い連鎖を起こしている中、低金利政策を続けてきた日本の円だけが買われ、独歩高を続けています。ドルが下がるのは理解できますが、なんとほとんどの通貨がドルに対して大きく下落しているのです。

どんなに類似性や共通性を叫ぼうとも、経済は熱の伝搬のように、高いところ、低いところの差があれば、こぞってそこへ流れていくという、グローバル化が着実に進行し、年々、この伝導率は高くなってきているように感じられます。

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星条旗のお話をしました。

アメリカの平和部隊(ピースコー)と同等の活動をしている青年海外協力隊(国際協力機構の組織)は、ある意味、日本という国家が行うボランティア活動ですから、国旗を背負って海外へ出かけているようなものです。

しかし、日本の国旗は掲揚しない伝統があります。(ひょっとして変わったかも知れませんが、私の理解ではそうです) もちろん、大使館などでは日の丸を掲揚しています。

青年海外協力隊がはじめて派遣された、今から30年以上前、対日感情が悪かったアジア諸国の状況を考慮して、日の丸は掲げないようになったと聞きました。(不心得者の日本人青年が日の丸を大きくたなびかせていて、放石を受けたらしいという話もありました)

派遣前の訓練では、毎朝、派遣先の国々の国旗を掲揚し、国歌を流す中、私たちは敬意を表すことを続けました。自分の任地マラウイだけでなく、近くの国、ケニアやタンザニアなどの国旗や国歌も気になります。しかし、日の丸は掲揚しないです。

私は、このようなことは本来的でないので日本の国旗も掲揚すべきだと申し上げたいのではありません。「しばらく謹慎して掲揚しない」やり方もあるでしょう。また、イギリスの憲法は明文化されているものはありませんが、憲法がない、というわけではないように、抽象化してしまう方法もあるかも知れません。

しかしここで述べたいのは、戦後何十年たっても、このような影響を残しているということです。禍根を残しているのです。日本と日本人、そしてそれを象徴する国旗等も、「信」を失う多大な負の遺産を残したということです。

私は、このような禍根を次の世代、そしてその次の世代に残したくはありません。智を持って礼をつくし信を回復すべきです。「周辺諸国にはもう十分謝ってきた」と言う方もいらっしゃいます。「これ以上何をすべきなのだ」ともおっしゃいます。しかし、真に総括できていないから、禍根は消えず、こうして生き続けるのです。国旗も掲げられない青年海外協力隊を送り続けざるを得ないのです。

たとえば、学校で国旗を揚げるのに賛成・反対などの話があります。国旗を揚げることは全体主義につながる、という主張もあります。どうしてそのような話が出てくるのか、それは、戦争の総括がきちんとできていないため、信頼が回復されていないからだと思います。

国旗を揚げないようにすれば、平和の国を維持できるのでしょうか? いいえ、このように、心につかえているものをとることが一番大切ではないでしょうか。総括できていないこと、姿勢を明確に提示できていないことが最も重大な問題です。

「無理やり国旗を揚げるのは反対!」とおっしゃる方がいらっしゃいます。その面もあると思います。

子供には日の丸の掲揚時には起立させないように教えていらっしゃる方がいらっしゃいます。その場合、子どもに「日の丸は悪いものだ」という印象を与えていないでしょうか? 「もちろん、日の丸は悪いものだ!」とおっしゃるかも知れません。でも、決して日本の国旗が悪いことをしたわけではありません。先の戦争を総括して、しっかりと意思表明をしていないから、このように信を失うことになってしまっているのです。

私は憲法改正に賛成です。今の憲法以上にしっかりと前の戦争の総括を行い、現在の日本国憲法の良いところ不足するところを明確に示し、目的を示し、国権の責務を明示(現在の憲法には、800兆円の赤字財政にしても政府の責任を問える根拠が書かれていません)すればいいと考えています。これも総括のひとつの方法です。

先の自民党案は、国民の義務をぞくぞくと増やしてはいますが、国権の責務を規定していません。また、一番大切な総括、憲法の目的、国権の責務がほとんど書かれていません。最近、三島由紀夫が草案を作った憲法が見つかったのですが、彼の憲法には憲法自体の目的(国家の永続的な繁栄)が書かれていますし、天皇を戦前のような軍を統括する立場から外して横に置いているように、戦前の憲法よりずっと改善があると私には感じます。

もし、憲法を改正するのであれば、まず歴史的な総括、憲法の目的、そして国権の責務(国民の生命財産を守る、平和と発展のために努力する、財政的な安定の確保を行う、平等に行政サービスを提供するなど)を明示することなど、憲法の基本デッサンが必要ではないでしょうか? それらで大枠を示したうえで、国民の義務、そして国権の機能(国会・行政・司法)などの規定を置くべきだと考えます。環境権などは、国民の生命財産を守ることに通じるわけですので、国民の権利としてではなく、国権の責務として規定すべきでしょう。

国旗掲揚の問題も、憲法改正の問題も、しっかりと目的と意義を考え、問題点を把握すれば、いかようにも考えられる、前進させられる課題だと考えています。

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アメリカ国旗の意味

2008 年 10 月 23 日

あまりに当然なことなので、本来、ブログに書くべきでないトピックかも知れません。

オリンピックやスポーツ大会などで勝ったときに、勝利を収めた人の属する国の国旗が掲揚され、国歌が演奏されます。そこで選手が胸に手を当てて敬意を表したりします。「愛国心のある人だ」とか「保守的な人だ」とか日本人は思ったりします。しかし、そうなのでしょうか。

たとえば、アメリカの大統領選で、共和党も民主党も国旗を掲げます。そんなときに、不思議に思われませんか?

日本だったら、愛国心、保守的、イコール右寄りのように考えられがちです。また、現政権に対して信任する立場のようにも思われがちですが、決してそうとは限りまりません。現政権に賛成の人も掲げますが、現政権に反対の人たちも国旗を掲げます。たとえば、アメリカで「Change!」と連呼しながら国旗を掲げたりするのです。最近は共和党まで「Change!」と言ったりもしていますけど。

ちなみに、こんな大切な国旗(日の丸)に、日本人の場合、寄せ書きをしたりします。すごい大胆。普通、ありえないですよね。初めて見た外国人は、飛び上がるくらい驚いたでしょう。

実は、「国旗は保守、右寄りの人が掲げる」ように思われている「日本の常識」が、おそらく、「国際常識」からすると、実は大きく違っているのです。国旗は、国歌も、国家の象徴として、政権などのずっと上に位置していて(要は独立の精神を表現しているようなもの)、政権・政策を認めない人も、こぞって掲げたりするものなのです。

日本には、建国記念日というものがありますが、私たちにとって、国家の独立というものの位置づけ、精神的支柱が、はっきりせず、明確に定義できない人がほとんどでしょう。あまりにも古すぎて、独立、建国という概念、そして独立の精神といったものすら感じることないのではないでしょうか。

一方、「(日本以外の)国際常識」からすると、独立、建国の精神を思い起こさせる国旗に対してアレルギーを持つことは、ほとんどありません。あるとしたら、ある意味自己矛盾のようなもので、「自分が生まれたこの国がなかったらいいのに」と思っているようなものなのです。もしそんな人がいたら、「あなた、大丈夫?」と、心配してあげなければならないでしょう。

アメリカ人にとっての星条旗と同じようなものは、日本人にはないのでしょうか?

そうですね、極端な言い方をすると、たとえばお神輿。みんながわっしょいわっしょい運んでいる。そんなものに近いような気がしてきました。お神輿をかつぐことや大切にすることに異を唱える人は、さすが日本では少ないでしょう。お祭りは廃止すべきだ、という人もほとんどいないでしょう。

このように、国旗という万国共通のシンボルですら、国によって位置づけがはっきりと異なってくることがお分かりいただけましたでしょうか。また、もし、星条旗をかかげる人の気持ちに少しでも近づけたら、この記事の意味はあったと思います。

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「駅前放置自転車クリーンキャンペーン」のポスターを見ました。

置きっぱなしになっている駅前の自転車を一掃する、行政や公共機関などがいっしょになって行っているキャンペーンです。

消費者(主婦、子ども)、店主などがならんで、プンカン怒っています。やや小さいのですが期間が書かれています。おそらく、強制撤去をする期間でしょう。

公共の福祉の観点で問題のある、駅前に置きっぱなしにしている自転車は撤去します。通勤・通学などで自転車をそのようにしている方は、以下の期間に撤去しますので、早めに自主的に引き上げてください

という内容をデンタツすることが趣旨だと思われます。

まずタイトル。「クリーンキャンペーン」というカタカナを使うことでやや雰囲気を和らげています。その反面、伝えたいことが弱くなっていることも事実です。もちろん、主催者の名称もそのような名前です。皆に受け入れてもらいたい活動だから、弱くしているのでしょう。しかも、怒っている町の人を並べることで、この活動の正当性を間接的に主張しています。

次に期間ですが、小さい。ある意味、「*から*までに撤去してください!」という部分が最も伝えたい内容ではないでしょうか? ストレートすぎるかもしれませんが、「駅前放置自転車 *月*日~*日撤去(一掃)します」のような言葉のほうがずばり内容を伝えられます。放置自転車のことを表わしていることが明示されているのであれば、大きく「駅前放置自転車」と表示しなくてもいいでしょう。

「駅前クリーン」にご協力ください

というようなコピーを使うこともできるでしょう。このようにポジティブに書くこともできますし、プンカンしている人を描く、あるいは山のような自転車の写真を入れるように、ネガティブで表現することもできます(以前、「不機嫌を伝える」のは「よくないデンタツ」という話をしました)。

基本的には、ポジティブの方が印象がいいですが、目的(つまり、撤去をよびかけることが一番なのか、撤去することの正当性をアピールすることが一番なのか)により、表現方法は変わります。少なくとも、日付はもう少し大きくした方が、ポスターの効果は高くなるのではないでしょうか。

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本当に強くなるためにはバージョンアップが必要で、それにはハイブリッドが一番だと思います。動物文化と植物文化、日本(非西洋:東洋・アフリカ)と西洋 などもその例です。動物も父と母から資質を受け継ぐように、日本の本当の良さと改善すべきものをしっかりと認識せねばと思います。「化粧」の例のように、 いいところと悪いところが同居しているようなものもたくさんあります。この対立するものをそのまま扱えるのが、日本文化のすばらしさだと思います。西欧文化的には同時に相反するようなものを考えることは非常に難しいです。

また、足す、合わすだけでなく、無くなりつつあるものにも最大限気を使いたいと思います。特に言葉。これは文化ですから。たとえば、消えつつある言葉はた くさんあります。「よそゆき」なんかはそのようなものです。ただ、「なつかしい」とか「よかった」だけでは、若い方には支持されず、いずれ死に絶えてしま うでしょう。でも、温かい、伝えたいものも、僕らは覚えているけど、次の世代には伝えられていないものがいくつもあるのではないでしょうか。そして、お年 寄りから聞いておくことも大切でしょう。いいものを高次元で作り上げ、捨てられそうなもの、価値を失いそうなものにも吟味して生き残ってもらうことで、このグローバル化の激しい時代に対応できるのではと思います。

日本の節度がないくらいの柔軟さ(たとえば、本来最も保守的な「食」をこんなに自由に操るのは文化人類学的に特殊だと、民族学博物館の助教授がおっしゃっ ていました)は、きっと最近のものだけでなく、私はある意味伝統ではないか、と思うようになりました。ですから、ブログの最初のころ、世界一古い会社の話 などをしたわけです。きっと元禄文化だって、平成文化と通じるものが多くあるのではないでしょうか。これは永遠の繁栄のための本能のような強さだと思って います。

でも、一番悪かったものは何でしょうか。先の戦争です。「日本」「日本人」の恥をさらし、日本人と周囲に恐怖と与え、犠牲を与え、アイデンティティを喪失 させました。国土を焦土と化し、勢力圏をほとんど失いました。300万人が戦死し、国・民族の最大の危機を招いたこの失敗はなぜ起こったか、どうすべき だったのか、という問いが問われなければなりませんし、国・政府は国民に謝罪すべきだと思っています。国会の開会はお詫びから開始してもいいと思います。 これだけの大失敗をして、国民と周囲の人々を苦しめることになった(国家存続の危機をあおったため)にもかかわらず、国民に謝罪せず、国民は謝罪を求めな いのです。悪いのは皆だ、といわんばかりの「一億総懺悔」という言葉すらあります。昭和20年8月14日には内閣が総辞職し、陸軍大将が切腹し、まったく 責任を放棄した形で終戦を迎えました。天皇の放送に収束と未来を託して・・・。あんまりです。こんなひどい話はないでしょう。

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賛否両論ある問題をまた扱います。

私自身美しいと思うから「なぜ日本国憲法は美しいか」という題を書かせていただきました。

日本国民は正当に選挙された・・・諸国民との協和による・・・

特に前文は美しいです。どうしてか。憲法をつくるにいたった背景と、憲法を作る意義が書かれているからです(理由その1)。残念ながら目的はあまり明確には書かれていないように感じますが、憲法を作る必要性を明確にうたっています。

二三年前に、自民党が初めて憲法改正案を出しました。もともと自然を尊ぶ日本人の情緒性を記述した前文案があったのですが、議論の末それが削除されて出てきました。まさに不格好! 学者も多く支援してもらっていたでしょうに、まったく美しくありません。背景がなく、したがって新しい憲法を定める意義もまったく無し!

現在の日本国憲法の美しさの一つは、思想です。明らかにこの美しさには、ルソーやモンテスキュー、あるいは欧米で次々と起こった市民革命(フランス革命、アメリカ独立)の思想があり、いわゆる「ヒューマニズム」が存在しています(理由その2)。

日本人は、「国際連合」と「ヒューマニズム」に対しては、非常に好意的な民族だと思っています。無条件で「すばらしい」と思っている人がかなりいるのではないでしょうか。ナイチンゲール、博愛主義に対してもほぼ同様です。大方(完全にキリスト教とは切り離せない、という意味で少し関係があるのですが、全般的には)非宗教のこのような思想は、私も、今後の世界平和のためには、かなり有効なものだと考えています。これは、ほとんどが、アメリカ合衆国をはじめ、フランス共和国、そのほかの欧米諸国の精神的な基盤となっています。このヒューマニズムは、大体においては世界的な共通の価値観の形成に役立ちますが、私にはときに牧畜文化が強く感じられることがあります。

2年ほど前、世界銀行が主催する国際会議が初めて日本であり、その会議を運営するディレクターの仕事をしました。

そのときに見た世銀のポスターにびっくり!

「世銀の成功事例は日本です!」

半分うれしいですが、半分変な気持がします。「日本を育てたのは世銀だぞ!」という自負が感じられます。いえ「あの日本を育てたのは世銀ですよ、世銀ってすごいでしょ!」と。

戦後、日本は世界銀行からもたくさんの復興支援のお金が与えられ、1991年か1992年ころでしょうか、戦後復興の借金を払い終わったのが。結構、このことを国民は知りません。日本のODAが海外で知られていないとよく話がありますが、日本人も支援を受けたことをあまり気にしていません。

アメリカ、そして世界銀行の支援を受け、素直に復興を遂げた日本。成長途上では(戦前・戦中)、ぐれてかなり悪さをしましたが、いい子に成長したわけです。うがった説明をしてしまいます。すみません。

さて、実際、日本のように心を入れ替えていい子になるようなことは、国際的にはほとんど皆無なのではと悲しくなります。パレスチナ問題も、イラン・イラクの問題も、何世紀も続きかねない根深さです。ナショナリズムと宗教がからむと本当に根が深いです。根深く考えない日本人の国民性は、実は長く生き残るための技術のようにも感じられます。

話を戻します。仮に、兵力を保持するように明文化することができるにしても、私は美しい憲法が必要だと思います。できたら、ヒューマニズムを包含するほどの思想を持って。当然、平和主義も保持されなければなりません。(先の自民党案は、背景・意義説明なし、目的なし、平和主義は少々、でも美しさ無しなので、私の採点ではひどいものになります。もちろん、いくつか細かい改善点はありましたが・・・)

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ベータラボの中心課題はデンタツです。また、デンタツは礼というお話をしました。

趣味でホームページを作られている方も、仕事でネットビジネスをされている方も、情報伝達をいかに効果的に行い、オーディエンスにインパクトを与えるか、ということはとても重要です。

映画やドラマなどで、視聴覚をすべて駆使して時代や背景を描写し、主人公の気持ちや主人公が出会う出来事を伝えていく方法は、リアルに情報伝達できるものです。しかし、長い時間じっとしてストーリーを聞いていただける、見ていただけるようなものをつくるのは大きなコスト、手間を要しますので現実的でない場面が多くあるでしょう。

一般の人からはあまりなじみがないものですが、ジャーナル(科学雑誌)などに掲載される論文のようなものが、最も丁寧に記述された「デンタツ」ではないか、と思っています。

論文は、通常、以下のような構成で書かれています。

  1. 背景
  2. 目的
  3. 方法
  4. (実験や調査内容)
  5. 結論
  6. 考察
  7. 将来の課題または仕事

まず、背景(経緯)などを記述し、研究する目的の位置づけをはっきりさせます。絵で言えばまさに「背景」です。その絵が存在する意義に直結します。次に、何をしようとしたのか、つまり意図を明確に「目的」で提示します。さらに、その目的を得るために採用した「方法」です。これは、戦略や戦術にも通じます。4または5はいっしょの場合がありますが、何がどれだけ行われ、どういった「結論」が得られたかを記述します。振り返って、当初の目的の中で何が達成でき、既知あるいは未知だった何らかの問題・課題などが得られた場合の論述である「考察」を行います。できれば、7の将来の課題または仕事「Future Work」を入れることで、残された課題や研究の方向性を示します。

細かい説明はここでは行いません。ここでは、2点だけお伝えしたいと思います。

まず、意味あるデンタツにおいては、背景と目的の記述が必須だということです。それにより、情報の意義が伝えられます。つぎに、この一連のデンタツセットにより、どういう状況で何が問題だったと認識したものについて、誰がどういう方法で何を行い、何を得たか、何を得なかったか、今後どうしたらいいか、という情報群をまとめて伝えることになります。もちろん、論理の飛躍がないか、調査したものの量や質に信頼性があるか、何に活かせるかなどが点検されていくことになります。

たとえば、商品の宣伝「こんな・・・がほしかった」という短いコピーで、端的に以下のような内容を伝えることができます。

  • (背景)これまで・・・がなかった。そのため私たちは不便だった
  • (目的)明示されていないが上記不便を解決する
  • (結論)提供できます
  • (考察)便利、うれしいなどの成果あり

短い言葉に、これだけのデンタツ内容、あるいはデンタツ力があります。さらに、ビジュアルなどを合わせて強力なインパクトを作り出していきます。上記の論文の構成をチェックリストのように持っておくのは、とても便利です。

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動物文化と植物文化

2008 年 10 月 17 日

あまり文化の根底の話をするとタブーにぶつかります。ですが、海外などで仲間を作ったり活動したりするとかならずやってくる壁ですので、あえてここで続けさせていただきたいと思います。

アフリカから戻ってきてから数年たつうちに、ひとつのことに気が付きました。オス・メスを大切にする印欧語族の話もしましたが、牧畜民系の文化(一神教)か、農耕系文化(多神教または非一神教)かの違いをはっきりと感じることが何度かありました。別の言い方をすると動物文化か植物文化か、とも言えるかもしれません。

動物文化ではオス・メスが重要です。男性の田中さんと女性の田中さんがいて、男性か女性かわからない表現「田中さんがさあ」のような表現は英語ではないのです。日本語ではそれが可能です。

最近、「スポーツマン」とは呼ばず、「アスリート」と呼ぶようになったのは、この「マン」が問題だったからなのでしょうか? 私は、水泳選手やアイススケート選手のことを「アスリート」(狭義の「陸上選手」)と呼ぶことに非常に抵抗がありました。「アスリートが泳いでいる!」といって笑っていましたが、誰が定義したのかわからないまま、日本社会はすんなりと受け入れていますね。これもすごい。

マラウイでは、たいてい農業と牧畜の両方をやっています。もちろん、欧米も牧畜だけ、のようなことはほとんどないでしょう。産業的には、狩猟採集より農業の方が近代産業ですので進んだものと見ることも可能でしょう。しかし、キリスト教、イスラム教と支配的な宗教は明らかに一神教であり、牧畜文化に依存した思想であると感じます。

迷える子羊、牧師、などの表現からわかるように、上に統率する主がいらっしゃり、私たちは、家畜の群のひとつと表現されたりするわけです。イスラム教も明らかに牧畜文化に依存しています。

牧畜文化の場合、リーダーシップが非常に大切です。マラウイの子供(男の子)ですら、牛を追う場合、追う牛の生命と家族の繁栄のすべてを握ります。ちゃんと牛が食べる植物を与えられない、あるいは水を与えられないと、大変なことになってしまいます。そうなんです。動物界の掟を知り、見事にコントロールすることが鞭を握るものに与えられます。まさに、生存競争を身をもって学ぶというわけなんです。

ですから、極論かも知れませんが、ダーウィンの説は、動物文化的には当然の説明方法なんです。もちろん、欧米でも農耕の文化が根底にあったりしますし、ピタッと2つに分けられるわけではありません。

それに対して植物文化、農耕文化は調和の文化です。個とその周囲とを規定する文化でもあります。隣が田植えをする頃に、いっしょに田植えをした方が間違いがありません。波風は立てず、リーダーシップはなくとも環境に適応することで生きていけるのです。

あれだけ熾烈な戦いを行ったベトナムでも、日本と同じく、大好きな国の一番はアメリカだそうです。一神教文化の国々からは考えられない、日本人と似た非常に柔軟な考え方があるのではないかと思ってしまいます。

もちろん、やや極論をしています。わかりやすいために、それこそ欧米的な説明をしています。これから、上手に融和させた説明にしていきたいと思います。

また、広告の仕方で、どうしても動物文化的(他よりダントツ優位)な手法もあれば、ほのぼの植物文化的なアピール法がありますが、短期的なインパクトは当然、動物文化的なものになってしまいます。

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キリスト教を筆頭に宗教について批判的な発言をしているところもあるので、少し断りをさせていただきたいと思います。

私はカトリック教会の運営する幼稚園に通いました。また、大学時代、山口大学混声合唱団の指揮者として、聖ザビエル教会の指揮者も務め、死者のためのミサ、クリスマスミサなども行いましたし、自分自身も歌を歌っていました。合唱コンクールで県代表、中国地区代表になり、全国大会に出場となったとき、お金のない私たちに旅費を工面してくださったのは、ザビエル教会の信者の方々でした。

また、中学校時代に一番感銘を受けた図書は、イエスキリストの伝記でした。どんなに感動し、どんなに尊敬したかは説明が難しいほどです。何度も何度も読み返し、イエスのように苦しみながら死ぬのがすばらしいことだと信じていました。

マラウイのチャミナデ・セカンダリースクールは、カトリックのミッションスクールです。教会が学校と並んで立っているようなもので、生徒たちの寮、そして教職員達の家も敷地内にありました。朝はミサで始まり、職員会議もお祈りから始まります。米国から来られたブラザーたちには、遠く日本からやってきた私たち日本人教師を温かく迎え、毎週金曜日にディナーにご招待くださっていました。

カトリック、あるいは宗教に限らず、コミュニティーの温かさは私たちは感じることができますし、このように温かく迎えてくださることを心から感謝しなければならないと思います。

しかし一方、信じる、信じないは別にして、宗教の差異は別に置いておいて、仲良くできなければならないのが、現代社会に生きる私たちの置かれた立場だと思います。また、マザーテレサの例でもわかるように、宗教心から生まれたものと思われたものも、実は人類愛のようなものではないかと考えられることもあります(側嶋流にいえば「生命愛?」)。私がなぜ、ここまでこだわるのかと言いますと、宗教の違いによる摩擦や殺し合いが多すぎることからなのです。「神様、あんまりです」と言いたくなる光景をマザーも私も経験しました。

私が初めて教壇に立った時の生徒からの質問は「先生は神様の存在を信じてきますか?」でした。もちろん、嘘はつきたくないので、「私にはわからない」と答えました。今の私だったら、「Aの神様を信じていてもBの神様を信じていても、神様を信じていなくても、私たちは仲良くやっていくことのほうが大切」とすぐに言えるのに、そのときは、口ごもるだけでした。

謙虚になることはとても大切なことだと思います。また、日本のように、無宗教が支配的なのに、安定している社会が理想的なものだと思います。でも、はっきりした考え方を失ったため、社会の規範や目指す方向が見えていないのも事実でしょう。それは認めた上で、その改善の必要性は認めた上で、「日本はかなりいい線いっている」と私は信じています。いくつかきっちりと改善をつづけていけば、本当に竜宮城のような国になりうると思います。

100年以上続く会社が数万社と世界でダントツの伝統社会である日本。でも、何でも吸収し新しいものを貪欲に取り入れる、ほとんど無宗教の社会。ほぼ無宗教であっても秩序が壊れず、信頼や尊敬が壊れないような社会が理想だと思います。もちろん、人間は「絶対」を求めがちですが、「絶対」とするものに危うさすら感じられること、多少の距離を置くことはとても大切です。(オーム真理教のようなものに引き付けられない、という意味です。また対称性の破れを見抜くような力も) そんな社会を、本当は世界が求めているのだと私は思います。でも、私たちはそれが何なのかわからないから、絶対的な力に頼ってしまうのです。排他的、選民的な一神教文化よりパワーのある庶民の自由な文化を開花させたいのです。(若い女性たちを見ていると、彼らは自由に生きているように思えるのですがどうでしょうか?)

活き活きとした化粧品なんかのコマーシャルは大好きです。美しい人が上から見下ろすような欧米の化粧品ではなく、「日本の女性は美しい」ようなもの。その差にすら、二分法・絶対主義的な欧米文化から、日本の「カワイイ」庶民文化への繁栄の推移を私は感じます。そして、それがいま、世界に発信されているのです。おいしい料理、いきいきした女性。外から日本をみると天国のように見えます。お金がなくてもケータイやプリクラを楽しみ、毎日をイキイキとしているさまなど、(子供をたくさん生むせいでしょうか)寿命が男より短いマラウイでは、想像すらできない「天国」なのです。

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江戸時代、黒田52万石の福岡藩おかかえ儒学者、亀井南冥という方がいらっしゃいました。

亀井南冥は、福岡県の志賀島で見つかった「漢委奴國王(かんのわのなのこくおう)」と刻まれた金印を鑑定した学者です。この印は『後漢書』「東夷伝」に書かれている、建武中元二年(五七年)に、後漢の光武帝が「倭奴国」に与えたものに間違いない、と判断しました。中学校くらいの社会科の教科書に書かれているので、「福岡県の志賀島」「漢委奴國王」「金印」で有名ですよね。

私自身、亀井南冥という儒学者が鑑定したことは知りませんでした。ですから、この話もつい最近知ったことなんですが、調べていけばいろいろと新しい発見がありました。

インターネットで調べてみれば、いろいろな話がでてきますので、大方は省略させていただきますが、当時、福岡藩の藩校には、東と西の学問所があり、南冥は西学問所の教授(トップ)でした。長崎で医学も修め、大阪や京都にもいたことがある南冥ですが、金印の鑑定を頼まれたとき、彼が学んで知っていること、つまり『後漢書』「東夷伝」に光武帝から送られた金印に違いないと推論します。そして、京都や東京(江戸)にもこの金印の印影や経緯について、多くの手紙を送っています。学者なので、なぜ、そう推論するかなどの学問的な手続きが重要だったのでしょう。最終的には、残念なことに、南冥は明るい晩年を迎えることができず、藩校でも冷遇され、ついに焼身自殺し、西学問所はなくなったとされています。ちなみに、東学問所の流れをくむのが修猷館高等学校という有名な高校です。

孔子没後かなりたってできた朱子学が全盛の江戸時代、南冥は、今で言う原典主義の立場を貫きました。「論語に書かれていることを、ただ文字面だけ追っても意味がない」「当時の背景を知らなければならない」というのが彼の持論だったようです。江戸時代に「論語」の解説書全20巻まで著したそうです。年をとって暇になれば、ぜひ読んでみたいものです。

最近、某千葉大学教授が、「金印は偽物であり、それは南冥がでっちあげたもの」という趣旨の新書「金印偽造事件」を出されました。内容にはがっかりすることが多々あるのですが、それは置いておいて、不遇の最期を迎えたことは確かです。

実は、この亀井南冥は、直系ではないのですが私の先祖にあたります。祖父(側嶋レ一)の祖父(側嶋多一郎)の祖母が南冥の娘なのです。家系図まであったのですが、血のつながりのない母から言われても何も気にしていなかったのですが、あるきっかけで、南冥の周辺についての文献を一気に読みあさることになりました。

そのようなことがあったおかげで、儒教という教えは宗教とは異なる「思想」(ルソーやモンテスキューの思想などに通じるもの)であること、君主が国家を治めるためのルールを示しているものだとわかりました。また、孔子が母を亡くしたとき、母の最愛の夫、つまり孔子の父の墓を探し続け、ついに、母を父の隣に葬ることができた話など、感激する話も多く知ることができました。

男子の直系であれ、女子が間にはいろうと、動物、植物、すべての生命はみなつながった樹木のようなものです。私たちは末端の葉であり、「生きとし生けるもの」をひとつの系ととらえることができるのです。ちなみに、欧米は「ヒューマニズム」とか「人類愛」などど、人を他の動物や植物とは分離して特別視します。また、動物の中でもオスかメスかが非常に重要です。言語でも、その区別なしには話せないのが(英語は除いて)印欧語族の大多数です。アラビア語も面白い言語特徴がありますが、言葉についての話はこれまた深いので、別の機会とさせていただきます。

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イギリスの植民地だった、アフリカのマラウイ共和国(独立は1964年)の公用語は英語です。小学校(プライマリースクール)1年生から英語を学んでいます。小学校は8年生まであって、9年生がセカンダリースクール1年生です。もちろん、かなり厳しいテストで振るわれて進学してきます。セカンダリースクールは4年制ですので、合計12年課程の後、大学受験ができます。日本の6+3+3制度と合計の数では合いますね。

セカンダリースクールの2年生から3年生になる時に、国家試験(Junior Certificate of Education)があって、そこでいったん振るわれます。日本でいえば高校1年生から2年生に進学するときにあるテストのようなものです。そのときの英語のテストの問題を見て驚きました。と申しましょうか、深く感心しました。

あなた(=生徒のこと)は、おじさんから自転車を借りたと想像してください。そして、その自転車を使って町の市場へ出かけました。自転車から離れて、しばらくして戻ってみると、借りていた自転車が見当たりません。おそらく盗まれたのでしょう。これからが問題です。おじさんへあてて、どのような状況で自転車をなくしたのか、どう償うのかについて伝える手紙を書きなさい

このような問題だったと思います。日本では大学入試ですら出そうにない実用的な問題です。もちろん、公用語が英語で、小学校1年生から英語を学んでいる国だから、むずかしい問題が出ている、と言いたいのではありません。

英語の力を試すのに、単語の知識を試したり、文法の知識を試すのではないのです。英語が使えるかどうかを調べているのです。もちろん、英語以外の知識や能力が試されている面もあります。また、評価がむずかいしからいい設問ではない、と日本では排除される可能性が高い問題です。

皆さんはいかが考えられますか?

自転車=bicycleのスペルが書けるかどうかが一番の問題ではないのです。仮に「bicikle」と書いてあっても伝わるのであれば重大な問題ではありません。おじさんに「よしわかった」と思ってもらえるかどうかが、コミュニケーションツールである英語の試験問題なのです(英語の試験時間は、丸一日くらいあったと思います)。

4択問題だけで選抜する日本の大学共通の試験など、とても恥ずかしいと私は思っています。日本では1日か2日ですべての教科のテストを行います。もちろん1次試験の一部としてマークシート方式の問題をすることはありえます。なんと、私が教えたマラウイですら二十数年前に、知識を確認するためにマークシートのテストを行っていました。でも、日本ではそれで大学へ進学できたりするのです。

マラウイの大学進学の試験は、なんと1か月かけて行います。物理化学のテストは、マークシート、一般のペーパーテスト、そして実験まで合わせて9時間です。これは Malawi Certificate of Education といって、イギリスの試験制度(General Certificate of Education)がほとんどそのまま導入されたために、レベルはもちろん多少劣るものの、しっかりした評価・選抜の制度となっています。

何が大変か。もちろん、生徒も大変ですが、当然、その採点が大変になります。教職員が年度末の休みの期間(7月から8月にかけての10日間くらい)、マラウイ大学に泊まり込みで試験採点をするのです。採点基準はあらかじめ作られています。しかし、採点者が納得いくまで、さまざまな回答への配点についてとことん議論します。出題者が試験採点を行う部屋の真ん中にいて、配点で悩んだ場合、その人に集中して配点決定するようになっています。それを2度、行います。つまり、別の採点者が再度採点をチェックした上で、高い得点を与えた方に決定されるのです。

1980年代に、イギリスの経済的な低迷を「英国病」と呼び、割合順調なアメリカや急速に伸びてきた日本などと比較されていました。「ジャパンアズナンバーワン」などの著作も世界で売れた時代です。そのころ、イギリス経済の低迷の理由を、レベルが高すぎる教育にある、と説明する話を聞きました。私はそうかも知れない、とも考えました。

教育に徹底的に力をかけた結果、非常に優秀な人材が大学(アカデミックな世界)から出てこないことが、大卒を大量生産する日本と比較されていました。確かに東大出を頂点とする日本の役人・サラリーマン養成機関では、ものごとを深く考えるためではなく、一定水準の知識をもった組織が必要だったと思いたくなるばかりの、試験制度や採点・評価制度のように感じてしまいます。

教育において、知識を与えることと妥当な評価をすることはもちろん無視できません。しかし、考えさせること、解決のために努力する方策を求めることこそが一番大切なのではないでしょうか。そのため、大学入試でむずかしいエッセイの問題を4択問題で解くことはできても、わび状すら書くことができないのです。

会話ができないのは、「話す機会がなかったから」と、英会話学校などがはやっています。しかし、国際社会で通用する人を作るのは、小学校、中学校からすでにスタートしています。私たちは「点数で評価しなければならない」ことを悩むより、評点をつけなくても、さまざまな話をしてあげること(子供はお話が大好きです)だけでも、大きな学習効果があると思います。また、解くために、調べたり、聞いたりすることも大切な学習です。仮に問題が解決できなくても、どのように取り組むか、段取りをどう進めるか、どう問題を共有するか、一連のアクションをどう発表するか、これらすべてが評価対象なのではないでしょうか。

私の場合、だいたい

  • Excellent(秀/クラスで一人もないことも)
  • Very good(優)
  • Good(良)
  • Satisfactory(可)
  • Poor(不可)

のような採点を行っていました。特別なことはありません。もちろん、素点を出したうえで、丁寧に評価を書いてあげました。必要によりコメントをつけて。この、先生からもらった評価は、子どもたちの宝物です。学期末に帰省して親に見せることが、学んでいること、成長していることを親に伝えることができる、彼らの親孝行なのです。そしてこれは、親も、子どもも、教師も、地域も喜ぶことができるものなのです。

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青年海外協力隊でマラウイにいたとき、赴任地カロンガ(南緯10度)は、マラウイ湖のほとりで、年中暑く、マラリアも多発するところで大変でした。チャミナデ・セカンダリー・スクールというミッション系の男子校(日本でいったら中学3年から高校3年)で物理、化学、そして数学(算数・幾何・代数)を教えていました。

一年間が乾期(5月~11月)と雨期(12月~4月)とに分かれ、特に雨期の時期には、野菜がほとんど手に入らないこともあり、とても苦労しました。畑を作って、毎日水やりをしたりしても、半年かかって人参は小指の太さ。がっかりですね。

そんなとき、台湾の農耕隊(協力隊のような組織で、農業指導を行う)の方たちと交流でき、いろいろな野菜をいただくこともありました。普通、町(といっても片道10キロも離れている)のマーケットには、小さな玉ネギとトマトくらいしか手に入らないのですが、「側嶋さん、大根ありますよ!」とうれしいお知らせをくださり、持ってきていただいた曽(ツエン)さん。生まれて初めてほっぺたが落ちそうな感覚を経験できました。

飢えたものと言えば情報です。新聞もない土地ですから、ラジオ、特に短波などで世界のニュースを得ていたのですが、日本から届いた新聞、実際には、1か月以上前のものですが、これをずっと読んできました。求人広告すら、丸暗記できるくらいに。

食べるものと同じくらい、情報は、人間がほしくなるものなんですね。

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相手を思いやり、これまで続いてきた生命を尊ぶことは、一番大切なことです。マザーテレサはそのことを実践されてきたから、本当にすばらしいのです。

でも、一般に、植民地支配を受けたアフリカ、アジアの国々は、文明(思想も科学も含まれます)の落差を押しつけられてしまいます。西欧の文明の強さは、精神的にはキリスト教、物質的には科学とがセットになっていることです。西欧文明に接した子供が靴を履いていない自分の父や母をみて、どう感じるでしょうか。ザイールのテレビと同じことです。

高い文明が、それを知らない集落に接するとき、直接的であれ間接的であれ、自分たちの文化は恥ずかしいものだと感じさせることになります。それは、結果的に、「文明を謳歌している相手に羨望を持ち、劣った自分の方を卑下することを導くこと」になります。

もちろん、このようなマイナス面ばかりでもありません。希望を与えることもあります。

私は、この話をすると、自慢話のようになってしまいそうで、とても気になります。マラウイというアフリカの国で1981年から1983年まで青年海外協力隊で理数科の教師をしていました。イギリスから独立してわずか十数年しかたっていない頃です。マラウイ人、イギリス人、アメリカ人、台湾からの人、日本人など多くの人と接する機会を得ましたが、地域の方々からとても温かく受け入れていただいていたと思います。

マラウイ北部のカロンガ(南緯10度)の空港を離れるとき、二百人以上いた、空港の見送りの方の半数以上は、私を見送りに来てくれた方々でした。それは支配した立場でない国・日本からのお客さん、しかも若い教師であった私に、将来の自分たちの発展の姿も重ねていた人たちが多くいたからだと思います。「ジャパン」「ジャパニーズ」「ソバシーマ」と、バイクを走らせる自分に声をかける子供たち、招待していないのに私主催の謝恩会にぞくぞくと集まる大人たち。車、バイク、ラジカセなど、素敵な品々をぞくぞくと開発して富を世界にばらまく、サンタクロースのような日本・日本人! 日本に学びたい、日本人から学びたい、こんな気持ちがビンビン伝わってきます。

小学校の運動会で、近所の子供がすごい走りをしてたとき、他人の子供であっても「あの子、やるなー」と思い応援しませんか? 北島康介選手への応援も、運動会での応援と違いないと思います。同様のような情景として、マラウイ人たちは、日本へも声援を送っていましたよ、そして私を温かく受け入れてくれましたよ。

悲しいお話の後でしたので、このお話もしなければ、と思い、記事に書かせていただきました。

追って、二十年以上前に書いた私の自伝著書「サバンナに生きた二年間」をすべて、このブログでご案内したいとも考えていますので、アフリカの話はあまり重複せず、エッセンスだけを紹介させていただきたいと思います。

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悲しい出来事ですが、事実です。これは避けられない面もあります。

アフリカ、ザイール(現在はコンゴ)から日本へ留学されていた方から聞いた話です。

ザイールはベルギーから独立した国ですが、国名だけでなく紙幣の単位もザイールにして、「国」という概念、存在を国民にアピールすることに全力をあげていました。

赤道直下でジャングルにおおわれた、非常に自然豊かな国ですが、集落もまばらに存在しています。昔から、集落は夜、皆が集まって、長老の前で、さまざまな踊りを踊ったり、長老の昔話を聞いたりして夜長を過ごしていました。本当に楽しいひとときだったそうです。長老も、母も、友人も、自分とともに存在していることが実感できます。星を眺め、音を聞き、お話に耳を傾け、昔々どんなことがあったのか、などなど知ることもできます。永遠の時間と広がる空間、自分と親族そして仲間たち。

文化はこのような中で培われていきます。アフリカでは、老人が亡くなったとき、このことを「図書館が焼けてしまった」と表現したりします。いろいろなことを知り、伝えてくれる大切な、大切な宝なのです。席を譲るなどは、当然のことです。お金持ちだろうが、貧乏だろうが関係ありません。若い金持ちも、召使の老人に接するとき、人の道をはずれた接し方をすると、地域社会では生きていけないくらい恥ずかしい思いをします。老人を敬うことは、自分を存在させている先祖を敬うことと等しいのです。

ザイールという国は、先ほどお話ししたように、「国」という新しい概念を津津浦浦まで知らしめるため、テレビを使いました。集落が集まる場所のど真ん中に「テレビ」という近代機器を設置しました。

これが悲劇の始まりでした。老人も、若者も、食い入って見ます。子供には、長老以上に「偉い」人がこの国にいることを教えます。そうです、大統領という国家元首がいること、国家の名前はザイールであること、だから、紙幣の単位もザイールだということを。

二度と、あの楽しい夜長を過ごす機会はなくなったそうです。ザイール全土で。

こんなとても悲しいことを伝えたくはありません。涙が止まりません。でも真実です。グローバル化はこのような破壊をいとも簡単に、赤子をつねるように行っていきます。何万年も続いてきた文化が、簡単に崩壊してしまいます。

私がセリ君から聞いた話でうれしかったのは、実は、この事実にも関係しています。文化や文明であれ、生命の本性、活動により生まれたものが滅びていくことは、とても悲しいことです。でも反対に、命の価値を認めたり、命が復活することは、どうしてこんなにも感動を与えてくれるのでしょうか。

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KYを嫌う日本人なのに

2008 年 10 月 15 日

「空気が読めない(KY)」を日本人は嫌います。場にそぐわないものを不快と感じます。日本人の美意識として、場に馴染んでいることがいいわけです。

場面が異なれば問題ないことも、ある場面での発言や行動が大問題になることがあります。セクハラがいい例でしょう。相応しいか相応しくないか、大の大人が判断できるかどうかが、社会生活を送る上で最も大切なことだと私は思います。

さて、今日、中央線の電車で通勤途中に見た広告。徳間書店のアサヒ芸能の吊革広告。あんなコピーをぶら下げていることを何十万人の乗客は文句を言いません。JR東日本も商売なので、また、違反がおそらくなかったのでOKにしています。がしかし、とても、とても、オフィスにおけないようなものをぶら下げているのです。これがKYでなくて何でしょうか? 内容が問題だと言っているのではありません。広告をする場所と広告内容が不適切なのです。

お願いです、週刊誌を販売される会社の方! 会社の玄関におけないようなコピーを何十万人が利用する通勤列車に車内吊り広告にしないでください。JR東日本の方、お願いです。規定ではなく、常識で「これはちょっと」と返せないのでしょうか。これまでやってきた広告なので、今回もまったく問題なしだったのでしょうか?

検閲すべし、と言っているのではありません。場にふさわしい広告をしましょう! 世界の笑い物です。

以前のブログで、アメリカではとうの昔にアルコール飲料の広告は禁止されていることを書いた気がします。これは、アルコール中毒者への配慮だと聞きました。もちろん、個人の判断で飲酒する、しないはあるわけですが、公的な場で、なんでも垂れ流しする日本は、たしかに自由ではありますが、不適切だったり、不快だったりすることを知らなければならないと思います。

広告を測る尺度として、「快」「不快」は重要な要素です。

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昼間がやっとお天気になったので、新宿中央公園にお弁当をもって行ってそこで食事を始めました。

すると、かわいい子猫がやってきました。かわいいけれどもノラです。私の右側から入って後ろの藪に身を隠しました。その動きから野性的な面が見え隠れします。もちろん、「おいしそうなお弁当、少し分けて!」というような目線もあります。二度ほど近付いたり、離れたりしました。

そこへ、宙を舞ってカラスがやってきました。

私のすぐ左に着地。こちらへ視線を当てながら、隣のベンチの上にあったプラスチック容器をひっくり返して、こぼれたものをつついています。もちろん、ちらちらとこちらを見ているのは、私のお弁当が目当てなのか、私に邪魔されないか気をつけているからでしょう。

野良(野生)であろうがなかろうが、動物であっても、「食べたい」とか「でも、これ以上近づいたら怒られるかも」のように考えて行動していることは、誰の目にも明らかです。イソップ物語の吠えて骨を落とした犬も、きっと落胆したことでしょう。

以前、道を歩いていたら、回収される前の生ゴミをめぐって、猫とカラスが喧嘩をしているのを見たことがあります。人間の食べ物をめぐってはよく争うライバルなのかもしれませんね。

一度なんか、空を飛んでいたカラスが私の前方から急降下してきて、私の頭を足でバシンと叩いたことがあります。もちろん、痛かったですが、いったい今何が起こったのかわからないくらい、びっくりしました。早朝、会社で会議をするために、足早にオフィスへ向かっていたときのことです。

別の部署の方にこのことを話したら、自分も同じような目にあったとのこと。彼の話だと、きっとカラスにとって、いやな思いがある人(例えば、石を投げられたとか)に(眼鏡をかけていたなど)よく似ていたのでは、と。

鳥ですら、覚えていたり、食べたかったりで、記憶や感情があることは確かでしょう。しかし、欧米の著書を読んでいると、ときどき、「・・・このような知的な判断ができるのは人間だけである」とか「・・・動物は反射をしているだけである」など、パブロフの鐘と犬の唾液のような話がたくさんあります。自動的、機械的に犬が唾液を出しているのではなく、おいしい食事を頭で思い出しているのではないでしょうか? しかしそれは、動物なので「音という刺激による条件反射している」と言い方で規定するわけです。あんなに身近に動物と戯れたりする西欧人が、「ヒトは動物と違うのだ」と選民的な思想を放棄できないことが、私には残念でなりません。

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「種の起源」の著書で進化論を提唱したダーウィンはあまりにも有名です。適者生存、あるいは自然淘汰で勝ったものが生き残り、負けたものが絶えていく。そして、何世代もののち、元の種が進化した種になっていると説明するダーウィン式進化論が、ある意味、学校でも教えられ(先進国アメリカなどでもこの思想を排除しているところもあるが)、いわば常識のようになっています。

「そうなのかな」と半信半疑だったり、学校の先生から教えられているからそれが正しいと思った人が大多数でしょう。

日本の霊長類研究の創始者の今西錦司先生(1902~1992)は、ダーウィンとは異なり、オリジナルな進化論を展開したことをご存じの方も割合多くいらっしゃるのではないでしょうか。今西錦司の進化論は「棲み分け理論」と呼ばれています。もともと、京都の加茂川のヒラタカゲロウの生態を調査していて着想を得たものだそうです。

進化の原因を個体同士の生存競争に求めるのでなく、単純に言うと、競争を避けて自分の持ち場(環境)に適応していくことでなされている、と見る味方です。極端な言い方をすると、水辺や地面近くの低い場所はこわい動物がいっぱいいるのなら、木の上など、他の動物が来ないところに逃げて、環境適応できたものが、進化していく、といった考え方です。

少し厳密な言い方をしてみましょう。

ダーウィンは、個体同士の関係を進化の最も重要な問題と考えましたが、今西錦司は、個体(実際には大きな役割はその群)とその環境との関係を進化を起こす重要な問題と考えました。つまり、競争原理ではなく共存原理です。生存競争ではなく環境適応です。個と個ではなく、個&群と環境です。今西流にいえば、個体Aと個体Bとの生存競争も、いわば個体Aの環境問題の1つと位置づけられるわけです。

この考えを知ったとき、私自身うなりました。「すごい、これだ」と。戦わずして逃げたものは、敗者であり、敗れたはずです。ダーウィン流には、本来淘汰されたはずですが、今西流にいえば、別の場所で適応しているのです。環境適応の方が進化の重要な因子だと指摘しているのです。

生物学にノーベル賞があるのなら、ぜひ今西先生に受けていただきたいと考えますが、ここで、西欧流儀について、述べておきたいと思います。

西欧文明の特徴は、徹底した分析です。分けて、分けて、分けて、突き詰めていきます。2分法的な分析手法は、YesかNoかを突き付けます。この方法は、明らかに科学技術の進展に力を発揮します。西欧文明は、軍隊を世界に派遣し、教会を建て、学校を建ていき、自らの文明の正しさ、合理性を強くアピールし、制圧します。

東洋文化の考えでは、徹底して分析しないことがよくあります。たとえば、漢方。「陰と陽」の説明もありますが、非常にアバウトです。しかし、ある人が病気でAという状態だったとき、Bという漢方を処方すればCという望ましい状態になる、などの数千年の知識があるわけです。インプットとアウトプットの間の状態や作用については、あえて問わずとも「体質改善」という言葉だけで、経験に裏打ちされた処方がなされたりするわけです。西欧文明的には非科学ともされうるものもあります(現在、統合医療という分野があって、あまりにも全体を見ず、分析的な手法に頼る西欧式の医療とは異なったアプローチもされています)。

私には、ダーウィンの説明より、今西錦司の説明の方が、より包括的で科学的な説明になっていると思いますし、今西説がアバウトだとは決して思いません。ただ、いずれも西欧式、(全体をそのままとらえようとする)東洋式の特徴があることをお伝えしたかったから、ここで書かせていただきました。

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今年の一番明るい話題は、日本人が4人もノーベル賞を受賞したことでしょう。

ノーベル物理学賞を受賞する、南部、小林、益川各氏の研究は「対称性の破れ」というものです。この現象は、決して最近発見されたものでもなく、今や常識になっている発見ですが、とかく絶対主義的な考えに傾きがちな権威が、あまり認めたくない(どちらかと言うと美しくない)「対称性の破れ」について、自然界を支配する法則として認めたことは、大きなパラダイムシフトであると思います。

そうです。天動説から地動説へ、絶対系から相対系へ、絶対の存在から確率的存在へと進む、物理学のパラダイムの変遷です。

南部先生をはじめ、小林、益川両先生もとても優秀な先生方だと思いますが、「対称性の破れ」を認めうる「日本人」としての特質もあったのではないか、と思っています。先生方の考えを受け入れなければならない、とは思いつつ、その考えを素直に受け入れたくない絶対的な考えを柱にしている文明が数多くあるのです。

私は常々、日本人の柔軟な思考、先入観のない推察について感心しています。理論物理などをやる場合には、当然、先入観などは排除した方がいいわけですが、一神教文化的には、「対称性が破れている」などとは、宇宙の法則として仮定したくないことなのです(一神教文化はすべてそうだ、と言うものでありませんが、「唯一絶対」を柱とする考えの中に、本質的に不確定だとか、ほころびがあるなどのアイデアは入れにくい、という意味です)。本質を見抜く洞察力を鈍らせるもの、それは先入観でしょう。しかし、ゆるぎない安心を与えるような基盤を否定するようなものすら、仮定できるということは、本当に自由な発想を行っていると考えることができます。

欧米のアカデミックな世界は、もうすでに、パラダイム変更を受け入れている、と感じられる、ノーベル物理学賞受賞を大変うれしく思います。このことをお知らせしたくて、ニュートンの話と世界観変遷4つの記事となりました。ご了承ください。

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日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士。日本に勇気と誇りを与えてくださいました。続く、朝永、江崎各氏も、量子力学の研究と応用についてすばらしい実績を残され、ノーベル賞を受賞されました。

湯川(中間子の予言)、朝永(量子電気力学)、江崎(固体のトンネル効果)と、私たちが見ることもできない、ミクロの世界の成り立ちや現象を量子力学という新しいパラダイムで推進されました。

ちなみに、私の大学の研究室の教授は、湯川秀樹先生に京都大学で学んだ弟子だった西岡先生です。西岡先生は、湯川先生にズボンを買うときの保証人にもなっていただいたそうです。私は、湯川先生の中間子予言の論文も読みましたし、自分で実際に博士と同じように計算してみましたが、(失礼ですが学生の私でもできるさほど難しくない数行の)計算よりも、それを見て、「中間子だ!」と見抜く力の素晴らしさを感じました。

アフリカのチャミナデ・セカンダリー・スクールで物理や化学、数学を今から25年ほど前に教えていたのですが、「核」の話のとき、皆さんの先生(すなわち私)の先生の先生は、ノーベル物理学賞の湯川博士ですよ! みんなもしっかり勉強しようね、と話したら、とてもうれしそうにしていました。蛇足でした。

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むずかしいことの代名詞のように言われる「アインシュタイン」と「相対性理論」。私は、高校・大学と、わからないものへの魅力に引き付けられ、大学で理論物理を学ぶことになりました。(ちなみに卒論はクォークの非相対論的な運動についてです)

ガリレオの教会への異論、そして信心深いニュートンの力学の誕生とその全盛ののち、1905年に発表されるアインシュタインの特殊相対性理論、それから約10年後の一般相対性理論および量子力学の誕生により、これまでの宇宙を説明する物理的な法則(力学)を変更せねばならないようになりました。

量子力学の概念も説明する対象も、一般に生活する私たちには、非常にわかりにくいものです。しかし、アインシュタインの相対性理論は、確かに光を伝搬するエーテルという物質によって満たされているとする「絶対系」を規定すること自体無意味であることを示して「絶対系」を否定しましたが、新たな概念である「相対系」を導入することにより、真理の美しさを保存しようとしたように思われます。

その意味で、特殊・一般の相対性理論は古典力学の最後だと位置づけることもできます。ちょうど、ベートーベンが、古典派の最後であり、ロマン派の最初のように・・・。ニュートン力学と並び、アインシュタインの相対性理論もとても美しいパラダイムです。(ニュートンはバッハみたいに数学的に完璧なまで美しい?)

ちなみに、アインシュタインは時々「神」という言葉を使います。たとえば、「神はサイコロを振らない」と、確率的な振る舞いとして素粒子の運動を規定する量子力学に、異を唱えます。アインシュタイン自身、光量子仮説(1905年)を提唱し、量子力学を作り上げていった科学者でありながら。もちろん、この神はキリスト教の神ではないでしょう。絶対的な真理をさしているのかも知れません。絶対性を否定し相対性を導入したアインシュタインですら、アドホックなものに対する違和感を覚え、ある意味絶対的な概念・真理を求めていることがうかがえます。

ガリレオは中世のイタリアの科学者で、キリスト教会の絶対的な世界観(天動説)に異論(地動説)を唱え、「それでも地球は回る」と言ったことであまりにも有名です。ガリレオは、物体の落下する速さが重さによらないことを発見しました。

5グラムの玉でも10グラムの玉でも、自由落下したときに着地するまでの時間は全く同じことを示しました。ちなみに、当時は、重いものは早く落下し、軽いものは遅く落下することが常識でした。言い換えると、地球が軽いものには小さい力で、重いものには大きい力で引っ張っていることを発見したわけです。もちろん、ニュートンの万有引力の法則や運動の法則と全く重複する事象です。追って、ニュートンがこの2つの法則で厳密に物体の落下運動を説明することができました。

自己(地球)中心的であったり、絶対的に考えていた考えが打ち砕かれるとき、私たちは狼狽します。もちろん、地球が永遠に平らであると信じていた人は少なかったことでしょう。ギリシャ時代にエラトステネスという人が、夏至の太陽の高さ(角度)を2点で計測して、2点の距離と角度の違いから、地球のサイズを導き出しているのです。そのサイズとは、円周4万メートル。

すばらしい! ほとんど正確な地球サイズの導出に、ギリシャ時代に成功していたのです。

でも、教会全盛の中世には、再び、自由闊達な宇宙観を形成することができず、絶対的な宇宙、自己中心的な考えを擁護するようになります。

ガリレオは教会に異を唱えたかったからではなく、真剣に科学を探求して得たことを伝えたかったからでしょう。おそらく現在、天動説が正しいと考えている宗派はないと思いますが、「信仰の現場」すら、あるいは「信仰の現場」こそ、このようなパラダイムシフトを受け入れなければならないのです。

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