青年海外協力隊でマラウイにいたとき、赴任地カロンガ(南緯10度)は、マラウイ湖のほとりで、年中暑く、マラリアも多発するところで大変でした。チャミナデ・セカンダリー・スクールというミッション系の男子校(日本でいったら中学3年から高校3年)で物理、化学、そして数学(算数・幾何・代数)を教えていました。

一年間が乾期(5月~11月)と雨期(12月~4月)とに分かれ、特に雨期の時期には、野菜がほとんど手に入らないこともあり、とても苦労しました。畑を作って、毎日水やりをしたりしても、半年かかって人参は小指の太さ。がっかりですね。

そんなとき、台湾の農耕隊(協力隊のような組織で、農業指導を行う)の方たちと交流でき、いろいろな野菜をいただくこともありました。普通、町(といっても片道10キロも離れている)のマーケットには、小さな玉ネギとトマトくらいしか手に入らないのですが、「側嶋さん、大根ありますよ!」とうれしいお知らせをくださり、持ってきていただいた曽(ツエン)さん。生まれて初めてほっぺたが落ちそうな感覚を経験できました。

飢えたものと言えば情報です。新聞もない土地ですから、ラジオ、特に短波などで世界のニュースを得ていたのですが、日本から届いた新聞、実際には、1か月以上前のものですが、これをずっと読んできました。求人広告すら、丸暗記できるくらいに。

食べるものと同じくらい、情報は、人間がほしくなるものなんですね。

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