文明が文化を破壊した
2008 年 10 月 16 日
悲しい出来事ですが、事実です。これは避けられない面もあります。
アフリカ、ザイール(現在はコンゴ)から日本へ留学されていた方から聞いた話です。
ザイールはベルギーから独立した国ですが、国名だけでなく紙幣の単位もザイールにして、「国」という概念、存在を国民にアピールすることに全力をあげていました。
赤道直下でジャングルにおおわれた、非常に自然豊かな国ですが、集落もまばらに存在しています。昔から、集落は夜、皆が集まって、長老の前で、さまざまな踊りを踊ったり、長老の昔話を聞いたりして夜長を過ごしていました。本当に楽しいひとときだったそうです。長老も、母も、友人も、自分とともに存在していることが実感できます。星を眺め、音を聞き、お話に耳を傾け、昔々どんなことがあったのか、などなど知ることもできます。永遠の時間と広がる空間、自分と親族そして仲間たち。
文化はこのような中で培われていきます。アフリカでは、老人が亡くなったとき、このことを「図書館が焼けてしまった」と表現したりします。いろいろなことを知り、伝えてくれる大切な、大切な宝なのです。席を譲るなどは、当然のことです。お金持ちだろうが、貧乏だろうが関係ありません。若い金持ちも、召使の老人に接するとき、人の道をはずれた接し方をすると、地域社会では生きていけないくらい恥ずかしい思いをします。老人を敬うことは、自分を存在させている先祖を敬うことと等しいのです。
ザイールという国は、先ほどお話ししたように、「国」という新しい概念を津津浦浦まで知らしめるため、テレビを使いました。集落が集まる場所のど真ん中に「テレビ」という近代機器を設置しました。
これが悲劇の始まりでした。老人も、若者も、食い入って見ます。子供には、長老以上に「偉い」人がこの国にいることを教えます。そうです、大統領という国家元首がいること、国家の名前はザイールであること、だから、紙幣の単位もザイールだということを。
二度と、あの楽しい夜長を過ごす機会はなくなったそうです。ザイール全土で。
こんなとても悲しいことを伝えたくはありません。涙が止まりません。でも真実です。グローバル化はこのような破壊をいとも簡単に、赤子をつねるように行っていきます。何万年も続いてきた文化が、簡単に崩壊してしまいます。
私がセリ君から聞いた話でうれしかったのは、実は、この事実にも関係しています。文化や文明であれ、生命の本性、活動により生まれたものが滅びていくことは、とても悲しいことです。でも反対に、命の価値を認めたり、命が復活することは、どうしてこんなにも感動を与えてくれるのでしょうか。
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10 月 16th, 2008 at 3:29 PM
昭和30年代、白黒TVが日本に普及し始めたとき、たぶん、村で数件しかTVはなかったのです。夕方、晩御飯の準備で忙しい家の茶の間の白黒TVに子ども達が群がっていたり、力道山のプロレスやボクシングの世界タイトルマッチの放映時間には町の電気屋さんのTVの前に
人だかりがしていたんですよね。日本も。。。
ザイールで文明が破壊し、ザイールの人たちが失い二度と手に入れることができない文化は、本当に尊いものだったのだと後になって気づくのですね。
10 月 16th, 2008 at 3:47 PM
日本もかなり破壊されたところがあるでしょう。でも柔軟に受け止めていますよね。縄文時代・弥生時代といったら失礼ですが、土壁・裸足の生活から一気に飛行機・テレビ・ラジカセの時代ですから。
お年寄りたちは、ご先祖様たちに申し訳ないような思いだったことでしょう。