文明落差は羨望と卑下を生むが、希望も
2008 年 10 月 16 日
相手を思いやり、これまで続いてきた生命を尊ぶことは、一番大切なことです。マザーテレサはそのことを実践されてきたから、本当にすばらしいのです。
でも、一般に、植民地支配を受けたアフリカ、アジアの国々は、文明(思想も科学も含まれます)の落差を押しつけられてしまいます。西欧の文明の強さは、精神的にはキリスト教、物質的には科学とがセットになっていることです。西欧文明に接した子供が靴を履いていない自分の父や母をみて、どう感じるでしょうか。ザイールのテレビと同じことです。
高い文明が、それを知らない集落に接するとき、直接的であれ間接的であれ、自分たちの文化は恥ずかしいものだと感じさせることになります。それは、結果的に、「文明を謳歌している相手に羨望を持ち、劣った自分の方を卑下することを導くこと」になります。
もちろん、このようなマイナス面ばかりでもありません。希望を与えることもあります。
私は、この話をすると、自慢話のようになってしまいそうで、とても気になります。マラウイというアフリカの国で1981年から1983年まで青年海外協力隊で理数科の教師をしていました。イギリスから独立してわずか十数年しかたっていない頃です。マラウイ人、イギリス人、アメリカ人、台湾からの人、日本人など多くの人と接する機会を得ましたが、地域の方々からとても温かく受け入れていただいていたと思います。
マラウイ北部のカロンガ(南緯10度)の空港を離れるとき、二百人以上いた、空港の見送りの方の半数以上は、私を見送りに来てくれた方々でした。それは支配した立場でない国・日本からのお客さん、しかも若い教師であった私に、将来の自分たちの発展の姿も重ねていた人たちが多くいたからだと思います。「ジャパン」「ジャパニーズ」「ソバシーマ」と、バイクを走らせる自分に声をかける子供たち、招待していないのに私主催の謝恩会にぞくぞくと集まる大人たち。車、バイク、ラジカセなど、素敵な品々をぞくぞくと開発して富を世界にばらまく、サンタクロースのような日本・日本人! 日本に学びたい、日本人から学びたい、こんな気持ちがビンビン伝わってきます。
小学校の運動会で、近所の子供がすごい走りをしてたとき、他人の子供であっても「あの子、やるなー」と思い応援しませんか? 北島康介選手への応援も、運動会での応援と違いないと思います。同様のような情景として、マラウイ人たちは、日本へも声援を送っていましたよ、そして私を温かく受け入れてくれましたよ。
悲しいお話の後でしたので、このお話もしなければ、と思い、記事に書かせていただきました。
追って、二十年以上前に書いた私の自伝著書「サバンナに生きた二年間」をすべて、このブログでご案内したいとも考えていますので、アフリカの話はあまり重複せず、エッセンスだけを紹介させていただきたいと思います。
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