江戸時代、福岡に亀井南冥という儒学者がいました
2008 年 10 月 17 日
江戸時代、黒田52万石の福岡藩おかかえ儒学者、亀井南冥という方がいらっしゃいました。
亀井南冥は、福岡県の志賀島で見つかった「漢委奴國王(かんのわのなのこくおう)」と刻まれた金印を鑑定した学者です。この印は『後漢書』「東夷伝」に書かれている、建武中元二年(五七年)に、後漢の光武帝が「倭奴国」に与えたものに間違いない、と判断しました。中学校くらいの社会科の教科書に書かれているので、「福岡県の志賀島」「漢委奴國王」「金印」で有名ですよね。
私自身、亀井南冥という儒学者が鑑定したことは知りませんでした。ですから、この話もつい最近知ったことなんですが、調べていけばいろいろと新しい発見がありました。
インターネットで調べてみれば、いろいろな話がでてきますので、大方は省略させていただきますが、当時、福岡藩の藩校には、東と西の学問所があり、南冥は西学問所の教授(トップ)でした。長崎で医学も修め、大阪や京都にもいたことがある南冥ですが、金印の鑑定を頼まれたとき、彼が学んで知っていること、つまり『後漢書』「東夷伝」に光武帝から送られた金印に違いないと推論します。そして、京都や東京(江戸)にもこの金印の印影や経緯について、多くの手紙を送っています。学者なので、なぜ、そう推論するかなどの学問的な手続きが重要だったのでしょう。最終的には、残念なことに、南冥は明るい晩年を迎えることができず、藩校でも冷遇され、ついに焼身自殺し、西学問所はなくなったとされています。ちなみに、東学問所の流れをくむのが修猷館高等学校という有名な高校です。
孔子没後かなりたってできた朱子学が全盛の江戸時代、南冥は、今で言う原典主義の立場を貫きました。「論語に書かれていることを、ただ文字面だけ追っても意味がない」「当時の背景を知らなければならない」というのが彼の持論だったようです。江戸時代に「論語」の解説書全20巻まで著したそうです。年をとって暇になれば、ぜひ読んでみたいものです。
最近、某千葉大学教授が、「金印は偽物であり、それは南冥がでっちあげたもの」という趣旨の新書「金印偽造事件」を出されました。内容にはがっかりすることが多々あるのですが、それは置いておいて、不遇の最期を迎えたことは確かです。
実は、この亀井南冥は、直系ではないのですが私の先祖にあたります。祖父(側嶋レ一)の祖父(側嶋多一郎)の祖母が南冥の娘なのです。家系図まであったのですが、血のつながりのない母から言われても何も気にしていなかったのですが、あるきっかけで、南冥の周辺についての文献を一気に読みあさることになりました。
そのようなことがあったおかげで、儒教という教えは宗教とは異なる「思想」(ルソーやモンテスキューの思想などに通じるもの)であること、君主が国家を治めるためのルールを示しているものだとわかりました。また、孔子が母を亡くしたとき、母の最愛の夫、つまり孔子の父の墓を探し続け、ついに、母を父の隣に葬ることができた話など、感激する話も多く知ることができました。
男子の直系であれ、女子が間にはいろうと、動物、植物、すべての生命はみなつながった樹木のようなものです。私たちは末端の葉であり、「生きとし生けるもの」をひとつの系ととらえることができるのです。ちなみに、欧米は「ヒューマニズム」とか「人類愛」などど、人を他の動物や植物とは分離して特別視します。また、動物の中でもオスかメスかが非常に重要です。言語でも、その区別なしには話せないのが(英語は除いて)印欧語族の大多数です。アラビア語も面白い言語特徴がありますが、言葉についての話はこれまた深いので、別の機会とさせていただきます。
↓リンクをクリックしてください。1票が投じられます。↓
人気ブログランキングへ
10 月 17th, 2008 at 2:08 PM
はぁ。。。
ソバシマさまは由緒あるお家柄だと常々思っておりましたが、やはり。。。
そうですか。家系図をご覧になったのですか。。。
志賀島の金印の話は小学校の教科書にも出ておりますよ。私は金印が発見されたとされる志賀島にもいってみましたが。。。
御先祖様が不遇の最後を遂げられたこと、本当に残念なお気持ちでいっぱいになられたのでしょうね。。。
生命が脈々と続いているということ、深いです。
10 月 17th, 2008 at 3:03 PM
由緒はあまり関係ないと思います。今、計算してみたのですが、血の濃さで言うと0.5の7乗、つまり0.0078125だけです。自分の99.21875%が南冥と無関係の因子だともいえます(親からそれぞれ0.5ずつ因子を受けたとして計算しました)。この話は、たまたま儒教の本を読むきっかけになったから述べただけです。生きている私たちは皆、良いことも、悪いこともすべて引き受けているのではないでしょうか。
10 月 18th, 2008 at 12:04 PM
0.5の7乗ですか。。。
何だかソバシマさまの物事を深く突き詰めて考えるその深さを示しているようですね。
宗教的にも言語的にもそのほかいろいろ的にものほほんと過ごしている我々にとって、あんまり突き詰めて考えていると生きにくくなるような気もしてアバウトにしてしまっていることが多いです。
10 月 20th, 2008 at 9:35 AM
突き詰めて考えること。
突き詰めて考えることは非常にしんどいです。ハイ。実は、これは動物文化(一神教文化)です。最終的には、統合(ハイブリッド)がベストだと思いますが、一神教文化・牧畜文化に負けないよう、かなり意識的に理詰めをする癖がありまし、今は意識的に行っています。
理詰めは、科学(研究)でもビジネスでも必要な要件ですが、人との協調の面でマイナスに見られることも、特に日本では多々あります。
日本人社会にあっては「欧米!」と思われ、欧米からは、それでも「大和魂!」と思われるポジションが一番強いのではと思います。
今後、ハイブリッドなアプローチをいくつも提案していきたいと思います。強く、しなやかな。