私とカトリック教会

2008 年 10 月 17 日

キリスト教を筆頭に宗教について批判的な発言をしているところもあるので、少し断りをさせていただきたいと思います。

私はカトリック教会の運営する幼稚園に通いました。また、大学時代、山口大学混声合唱団の指揮者として、聖ザビエル教会の指揮者も務め、死者のためのミサ、クリスマスミサなども行いましたし、自分自身も歌を歌っていました。合唱コンクールで県代表、中国地区代表になり、全国大会に出場となったとき、お金のない私たちに旅費を工面してくださったのは、ザビエル教会の信者の方々でした。

また、中学校時代に一番感銘を受けた図書は、イエスキリストの伝記でした。どんなに感動し、どんなに尊敬したかは説明が難しいほどです。何度も何度も読み返し、イエスのように苦しみながら死ぬのがすばらしいことだと信じていました。

マラウイのチャミナデ・セカンダリースクールは、カトリックのミッションスクールです。教会が学校と並んで立っているようなもので、生徒たちの寮、そして教職員達の家も敷地内にありました。朝はミサで始まり、職員会議もお祈りから始まります。米国から来られたブラザーたちには、遠く日本からやってきた私たち日本人教師を温かく迎え、毎週金曜日にディナーにご招待くださっていました。

カトリック、あるいは宗教に限らず、コミュニティーの温かさは私たちは感じることができますし、このように温かく迎えてくださることを心から感謝しなければならないと思います。

しかし一方、信じる、信じないは別にして、宗教の差異は別に置いておいて、仲良くできなければならないのが、現代社会に生きる私たちの置かれた立場だと思います。また、マザーテレサの例でもわかるように、宗教心から生まれたものと思われたものも、実は人類愛のようなものではないかと考えられることもあります(側嶋流にいえば「生命愛?」)。私がなぜ、ここまでこだわるのかと言いますと、宗教の違いによる摩擦や殺し合いが多すぎることからなのです。「神様、あんまりです」と言いたくなる光景をマザーも私も経験しました。

私が初めて教壇に立った時の生徒からの質問は「先生は神様の存在を信じてきますか?」でした。もちろん、嘘はつきたくないので、「私にはわからない」と答えました。今の私だったら、「Aの神様を信じていてもBの神様を信じていても、神様を信じていなくても、私たちは仲良くやっていくことのほうが大切」とすぐに言えるのに、そのときは、口ごもるだけでした。

謙虚になることはとても大切なことだと思います。また、日本のように、無宗教が支配的なのに、安定している社会が理想的なものだと思います。でも、はっきりした考え方を失ったため、社会の規範や目指す方向が見えていないのも事実でしょう。それは認めた上で、その改善の必要性は認めた上で、「日本はかなりいい線いっている」と私は信じています。いくつかきっちりと改善をつづけていけば、本当に竜宮城のような国になりうると思います。

100年以上続く会社が数万社と世界でダントツの伝統社会である日本。でも、何でも吸収し新しいものを貪欲に取り入れる、ほとんど無宗教の社会。ほぼ無宗教であっても秩序が壊れず、信頼や尊敬が壊れないような社会が理想だと思います。もちろん、人間は「絶対」を求めがちですが、「絶対」とするものに危うさすら感じられること、多少の距離を置くことはとても大切です。(オーム真理教のようなものに引き付けられない、という意味です。また対称性の破れを見抜くような力も) そんな社会を、本当は世界が求めているのだと私は思います。でも、私たちはそれが何なのかわからないから、絶対的な力に頼ってしまうのです。排他的、選民的な一神教文化よりパワーのある庶民の自由な文化を開花させたいのです。(若い女性たちを見ていると、彼らは自由に生きているように思えるのですがどうでしょうか?)

活き活きとした化粧品なんかのコマーシャルは大好きです。美しい人が上から見下ろすような欧米の化粧品ではなく、「日本の女性は美しい」ようなもの。その差にすら、二分法・絶対主義的な欧米文化から、日本の「カワイイ」庶民文化への繁栄の推移を私は感じます。そして、それがいま、世界に発信されているのです。おいしい料理、いきいきした女性。外から日本をみると天国のように見えます。お金がなくてもケータイやプリクラを楽しみ、毎日をイキイキとしているさまなど、(子供をたくさん生むせいでしょうか)寿命が男より短いマラウイでは、想像すらできない「天国」なのです。

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One Response to “私とカトリック教会”

  1. SALTY-SALTY Says:

    そうとは思っておりましたが、マルチな方ですね。
    世界は、科学と芸術と宗教のバランスだとどなたかから聴いたような。。。
    私は宗教的には実に日本的な人間ですのでお正月には必ず初詣に行き、お盆にはご先祖様をお迎えします。それと何の矛盾もなくプロテスタントの学校に通い、チャペルアワーには讃美歌も歌っておりました。よいですね。讃美歌は。。
    宗教というのは、いかに生きるべきか、何のために生きるのかというような問いに答えるものですね。
    ソバシマさまのように突き詰めて考えるということをしなくなってずいぶん長くなるような気がします。

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