なぜ日本国憲法は美しいのか
2008 年 10 月 20 日
賛否両論ある問題をまた扱います。
私自身美しいと思うから「なぜ日本国憲法は美しいか」という題を書かせていただきました。
日本国民は正当に選挙された・・・諸国民との協和による・・・
特に前文は美しいです。どうしてか。憲法をつくるにいたった背景と、憲法を作る意義が書かれているからです(理由その1)。残念ながら目的はあまり明確には書かれていないように感じますが、憲法を作る必要性を明確にうたっています。
二三年前に、自民党が初めて憲法改正案を出しました。もともと自然を尊ぶ日本人の情緒性を記述した前文案があったのですが、議論の末それが削除されて出てきました。まさに不格好! 学者も多く支援してもらっていたでしょうに、まったく美しくありません。背景がなく、したがって新しい憲法を定める意義もまったく無し!
現在の日本国憲法の美しさの一つは、思想です。明らかにこの美しさには、ルソーやモンテスキュー、あるいは欧米で次々と起こった市民革命(フランス革命、アメリカ独立)の思想があり、いわゆる「ヒューマニズム」が存在しています(理由その2)。
日本人は、「国際連合」と「ヒューマニズム」に対しては、非常に好意的な民族だと思っています。無条件で「すばらしい」と思っている人がかなりいるのではないでしょうか。ナイチンゲール、博愛主義に対してもほぼ同様です。大方(完全にキリスト教とは切り離せない、という意味で少し関係があるのですが、全般的には)非宗教のこのような思想は、私も、今後の世界平和のためには、かなり有効なものだと考えています。これは、ほとんどが、アメリカ合衆国をはじめ、フランス共和国、そのほかの欧米諸国の精神的な基盤となっています。このヒューマニズムは、大体においては世界的な共通の価値観の形成に役立ちますが、私にはときに牧畜文化が強く感じられることがあります。
2年ほど前、世界銀行が主催する国際会議が初めて日本であり、その会議を運営するディレクターの仕事をしました。
そのときに見た世銀のポスターにびっくり!
「世銀の成功事例は日本です!」
半分うれしいですが、半分変な気持がします。「日本を育てたのは世銀だぞ!」という自負が感じられます。いえ「あの日本を育てたのは世銀ですよ、世銀ってすごいでしょ!」と。
戦後、日本は世界銀行からもたくさんの復興支援のお金が与えられ、1991年か1992年ころでしょうか、戦後復興の借金を払い終わったのが。結構、このことを国民は知りません。日本のODAが海外で知られていないとよく話がありますが、日本人も支援を受けたことをあまり気にしていません。
アメリカ、そして世界銀行の支援を受け、素直に復興を遂げた日本。成長途上では(戦前・戦中)、ぐれてかなり悪さをしましたが、いい子に成長したわけです。うがった説明をしてしまいます。すみません。
さて、実際、日本のように心を入れ替えていい子になるようなことは、国際的にはほとんど皆無なのではと悲しくなります。パレスチナ問題も、イラン・イラクの問題も、何世紀も続きかねない根深さです。ナショナリズムと宗教がからむと本当に根が深いです。根深く考えない日本人の国民性は、実は長く生き残るための技術のようにも感じられます。
話を戻します。仮に、兵力を保持するように明文化することができるにしても、私は美しい憲法が必要だと思います。できたら、ヒューマニズムを包含するほどの思想を持って。当然、平和主義も保持されなければなりません。(先の自民党案は、背景・意義説明なし、目的なし、平和主義は少々、でも美しさ無しなので、私の採点ではひどいものになります。もちろん、いくつか細かい改善点はありましたが・・・)
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10 月 20th, 2008 at 11:46 AM
公務員の試験(教員も含め)を受験した・する人なら必ず勉強するであろう日本国憲法前文ですね。はい。私も美しいと思います。ソバシマさまとは別の理由からです。敗戦国・日本が新しく生まれ変わろうとする決意と方向性が感じられるからです。その後の憲法改正の動機に比べると圧倒的な強さがありますから。。。
ソバシマ様の美的感覚というのは、文学的にではなく学術的に美しい。。。「十進数はすうが美しい」
10 月 20th, 2008 at 11:50 AM
(続き)「十進数が数学的に美しい」というような美しさなのですよね。「美しい」という言葉にも背景がありますね。近頃ちょっと忘れましたが、日本国憲法前文は丸暗記しておりましたよ。美しいと思います。日本人が外国に行く前に日本についてもう少し勉強していくとよいですよね。(自分のことはちょっと棚に上げていますけど。。。)
10 月 20th, 2008 at 12:52 PM
はい、私も丸暗記しました。翻訳とされているのに音楽のように流れる言葉の美しさを感じました。年齢とともに読み返すと、社会事象を人間が、思想を持って眺めているのですね、それに気が付きました。
10 月 21st, 2008 at 10:11 AM
小説でも若いときと年齢を経てからとでは感想が違ってきます。それと同じですね。外国の宗教や文化に生活の中で触れてこられたソバシマさまなので、日本国憲法の中に、それまでの日本にはない、外国から持ち込まれた概念をより多く感じるということなのでしょうね。規模としては違いますが、社会保険庁などの過ちを正すために外部の人間の考えでチェックを入れるというような、
そんなものでしょうね。憲法を改正するに当たって、それまでの日本に決別するには、欧米の思想は不可欠であったということなのですよね。
10 月 21st, 2008 at 11:04 AM
本当に強くなるためにはバージョンアップが必要で、それにはハイブリッドが一番だと思います。動物文化と植物文化、日本(非西洋:東洋・アフリカ)と西洋などもその例です。動物も父と母から資質を受け継ぐように、日本の本当の良さと改善すべきものをしっかりと認識せねばと思います。「化粧」の例のように、いいところと悪いところが同居しているようなものもたくさんあります。この対立するものをそのまま扱えるのが、日本文化のすばらしさだと思います。西欧文化的には同時に相反するようなものを考えることは非常に難しいです。
また、足す、合わすだけでなく、無くなりつつあるものにも最大限気を使いたいと思います。特に言葉。これは文化ですから。たとえば、消えつつある言葉はたくさんあります。「よそゆき」なんかはそのようなものです。ただ、「なつかしい」とか「よかった」だけでは、若い方には支持されず、いずれ死に絶えてしまうでしょう。でも、温かい、伝えたいものも、僕らは覚えているけど、次の世代には伝えられていないものがいくつもあるのではないでしょうか。そして、お年寄りから聞いておくことも大切でしょう。
いいものを高次元で作り上げ、捨てられそうなもの、価値を失いそうなものにも吟味して生き残ってもらうことで、このグローバル化の激しい時代に対応できるのではと思います。
日本の節度がないくらいの柔軟さ(たとえば、本来最も保守的な「食」をこんなに自由に操るのは文化人類学的に特殊だと、民族学博物館の助教授がおっしゃっていました)は、きっと最近のものだけでなく、私はある意味伝統ではないか、と思うようになりました。ですから、ブログの最初のころ、世界一古い会社の話などをしたわけです。きっと元禄文化だって、平成文化と通じるものが多くあるのではないでしょうか。これは永遠の繁栄のための本能のような強さだと思っています。
でも、一番悪かったものは何でしょうか。先の戦争です。「日本」「日本人」の恥をさらし、日本人と周囲に恐怖と与え、犠牲を与え、アイデンティティを喪失させました。国土を焦土と化し、勢力圏をほとんど失いました。300万人が戦死し、国・民族の最大の危機を招いたこの失敗はなぜ起こったか、どうすべきだったのか、という問いが問われなければなりませんし、国・政府は国民に謝罪すべきだと思っています。国会の開会はお詫びから開始してもいいと思います。これだけの大失敗をして、国民と周囲の人々を苦しめることになった(国家存続の危機をあおったため)にもかかわらず、国民に謝罪せず、国民は謝罪を求めないのです。悪いのは皆だ、といわんばかりの「一億総懺悔」という言葉すらあります。昭和20年8月14日には内閣が総辞職し、陸軍大将が切腹し、まったく責任を放棄した形で終戦を迎えました。天皇の放送に収束と未来を託して・・・。あんまりです。こんなひどい話はないでしょう。