音の高低を表わすイントネーション(抑揚)と、音の強弱を表わすアクセント(厳密には、強弱以外でも例えば抑揚自体も「アクセント」と呼ばれることもありますが、ここでは、そのように分けてみます)とは、それぞれの言語で重要な役割を担います。

日本語はおおざっぱに、京阪式(いわゆる「関西弁」)とそれ以外に分けられます。

私は「関西」という言葉を使いたくありません。いわゆる「関西」は大好きですし、大阪はとても自由な空気があり、京都は自然と歴史とアカデミックな空気があって好きです。また、神戸はとてもモダンで魅力的です。

なぜ、「関西」という言葉を使いたくないかというと、「関東」という言葉に対抗して使われるようになっているということ以外にあまりその意味がないように感じるからです。「畿内」「畿央」「近畿」という言葉が、旧来から地理的な位置を表わしていた表現でしょう。しかし、東京がある地域を「関東」と呼んでいるので、それに対抗して近畿を「関西」と呼ぶ、というのは、全く合点できないのです。

もちろん、「皇室が東京へ移動してしまっているので、東京が中心であり、近畿は関西」だ、という人もいるでしょう。でも、それを関東の人が呼ぶのならわかるのですが、近畿の人がそう呼ぶのはどうかな、と思っているのです。

おおざっぱに京阪式とそれ以外に分けられる、ということがわかったのは、明治以降の話です(金田一春彦先生の論文を読みました)。東北は東北の言葉があり、中部の言葉も、中国、四国、九州の言葉もみな違いますので、調査ののち、なんと「東京」地区の抑揚と、たとえば「広島」地区の抑揚とはほとんど同じということが明らかになったのです。逆に言うと、近畿の言葉以外のアクセント(抑揚と強弱アクセントを含む)は、だいたい同じだったのです。その意味でも、私は長い年月、日本の中心だった京阪地域を「関西」と呼ぶのは奇異に感じるのです。

日本語は全般に(厳密には京阪式は従わないことも)、単語の発音では、最初が低い音の場合、次が必ず高くなります。このイントネーションの上下変動で、「単語だよ」という信号を相手に送ります。

わたし 低高高 ・・・「わ」が低いと「た」を高くする

あなた 低高低 ・・・「あ」が低いと「な」を高くする

とうきょう 低高高 ・・・「と」が低いと「う(=お)」を高くする

きょうと 高低低 ・・・「きょ」が高いと「う(=お)」を低くする

というように、かならず第1音と第2音とで高低変動をします。

アフリカで広く話されているスワヒリ語だと、ある意味逆になります。最後の音の一つ前が高くなります。

タンザニア 「ニ」が高い

ようになります。音節としては、

Ta Nza Ny-a

のように分かれます。音が高いところは強く「タタタータ」のように伸ばしたりもします。また、アフリカの言葉の場合「ン」ではじまる「ンザ」などが発音されるので、日本語とかなり違いますね。スワヒリ語では「ン」で終わる言葉はありません(全く日本語の逆)。

このように、スワヒリ語は単語の終わりに抑揚変動の印を入れることで、単語の区切りを示し、日本語は単語のはじめに抑揚変動の印を入れることで単語の区切りを示していることがわかります。

英語はアクセントと抑揚とがほぼ一致しています。つまり、ストレスが置かれるところは、原則音が高くなります。ですから、いわゆる外人がしゃべる日本語のまねをしようとすると、

わたしは 低高低低

のように、高い抑揚のところ「わたしは」の「た」を強く、高く発音すると外人(アメリカ人?)らしくなります。

京阪アクセントもこの英語とかなり近いです。原則、イントネーションに合わせてアクセントをつけます。その反対に、関東の発音では、音は高いのにアクセントを入れないような発音をする場合が多々あります。

そう-なん-です 高低低

のような発音でも、音程が低くなった「です」にストレスを置く(アクセントを入れる)ことができます。このような発音はロシア語にも非常に似ています。(関東式だと「です」の「す」はほとんど「s」として子音化しますが、京阪式だと「su」と「う」音がはっきり残ったりします)

日本人にとって四季はとても重要です。この四季を表わす四つの言葉は、京阪式と関東を含むそれ以外で正反対になります。

春 はる 京阪(低高) それ以外(高低)

夏 なつ 京阪(高低) それ以外(低高)

秋 あき 京阪(低高) それ以外(高低)

冬 ふゆ 京阪(高低) それ以外(低高)

日本語は抑揚(イントネーション)で単語を表わすため、非常に大切だと申し上げました。しかし、京阪式とそれ以外では、その抑揚が正反対なのです。たとえば、イギリス英語とアメリカ英語で違いはたくさんありますが、アクセントが反対などはあり得ません。まったく伝わらなくなってしまうからです。それくらい、英語ではアクセントが大切です。

基本単語の抑揚がすべて正反対なのは不思議ではありませんか? さらに、京阪式以外はアクセントとイントネーションを使い分けているのに、京阪式は一緒が原則なのです(細かい点では非常にデリケートな発音を含みますが)。

これほど情報化が進み、テレビやラジオなどで音声情報が交錯しているので、いっきに言葉の抑揚、強弱などが混ざってしまってもよさそうなのに、不思議と保守的ですよね。

しかし、ここ何十年かは、

渋谷 しぶや 高低低 → 低高高

ドラマ どらま 高低低 → 低高高

バイク ばいく 高低低 → 低高高

のように、平板型のイントネーションが優勢になっているのは、気になります。(関東の若者はどうして?と思うところでしょう)

純子 じゅんこ 高低低 → 低高高

という発音を電車で聞いたとき、びっくりしました。女子高校生の間ではあまり変じゃないのでしょうか?

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2 Responses to “アクセントとイントネーション”

  1. SALTY-SALTY Says:

    「関西」の語源についてこんなサイトを見つけました。

    http://ku0811.hp.infoseek.co.jp/newpage-kansai.html

    「日本地理おもしろゼミナール」というサイトなのですが、真偽のほどはわかりませんが、この方によると関東と関西という言葉は別々に成立したということらしいですが。。。

    そうそう。ソバシマさまのこの記事を読んで私はアクセントとイントネーションを何だかごちゃ混ぜにしていたことに気づきました。
    でも、私にとってハードルが高いのはリズムです。神戸弁でも大阪弁でも京都弁でも、その違いはわかりますがでも、そのリズムに乗れないというのが私です。したがって英語も話しにくいのです。
    とはいえ、私の変な「関西弁」もそれ以外の地域の方が聴くと立派な「関西弁」らしいです。関西地区の方に言わせると「関西弁をしゃべられへんかったなぁ。。。」となりますが。。。私には、英語ははるかに遠い位置にあります。(あえて「関西」という言葉を使いました。慣れているので。)

  2. SALTY-SALTY Says:

    追>
    そうそう。お伝えしておかなければ。。。と思いました。友人のK&M夫妻が新婚旅行でアメリカに行ったときのことです。Mさんは中学英語教師をしておられたのですが、アメリカで困ったときに言葉が通じたのは、英語の成績は今一つだったご主人の方だったそうです。
    身振り手振りを交えたBroken Englishだったそうですが。。。(思いは伝えようという願いが強いと伝わるものなのですね。)

    我が家もおそらく、夫のほうがよく通じると思います。
    さて、息子には同じ思いをさせたくないと思い、生まれてすぐから、よく英語の歌や物語をCDで聞かせていました。わかってもわからなくても、このリズムと発音になれるように。。という願いをこめてのことです。英語には日本語にはない音があります。小さな時に聞かせていると発声しやすいように思いました。息子は文法はともかく「発音がGood!!」とほめられています。「リズムに乗れない」というコンプレックスを持たずに育ちほっとしています。(本当はリズム云々が大切なのではなく、伝えたいという気持ちが大切なのだと思います。)

    ところで、このブログ、「発話は力なり」という言葉が
    私にはとっても印象的です。ソバシマさまのお話には、結構、力というかエネルギーというか。。を感じます。

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