日本の軽快な文化の魅力
2008 年 11 月 12 日
ブログの内容がかなり硬派に偏ってしまっていますが、実は、私は日本の軽快な大衆文化が大好きです。
確かに国土が狭いこともあり、居住空間は一般に狭いため、なかなか居心地のいい環境を整えるのはコストがかかりますが、「衣」や「食」に関しては、明らかに世界トップクラスでしょう。
たとえば、テレビなどで料理番組がさかんに放映されます。タレントたちが食べ歩いたり、大食いの競争があったりと、きっとピューリタンやイスラム教徒には信じられないくらい、欲を刺激する放送を流し続けます。大麻問題が大きく報じられていますが、何の何の、日本では、テレビで平気でお酒を飲むのです! また、電車の中でビールを飲んでも逮捕されません。「食」に関して言えば、中国人やフランス人、イタリア人も食がとても好きですし高い食文化がありますが、基本的には「食」は個人なり家族、せいぜい友人までの範囲の交流イベントだと考えられますが、日本では、タレントなどの芸能人を中心にして、テレビ自体が全国民共通の食卓のようになっています。
おそらくほとんどの家庭で、ラーメンやチャーハン、餃子などの中華料理を食べ、焼き肉やチヂミ、冷麺などの韓国料理を食べ、カレーなどのインド料理を食べ、スパゲティーやなどのイタリアンを食べ、場合によってはフレンチを食べ、そろそろ胃がつかれたので和食にする、そんな食生活をしていないでしょうか? 調べたことはないのですが、日本人の食生活はものすごいバリエーションです。
「『食』は本来母親から与えられるものなので『衣』よりも保守的です。着るものは割合簡単に外の文化から与えられたものに移行してしまいますが、『食』はなかなか変わらないものです」と民族学博物館の助教授の先生から教えていただきましたが、どうやら日本民族はかなり特殊な民族であるようです。『食』も『美容』も『ダイエット』も『音楽』も何でもOK、のような日本人はどうしてなったのでしょうか? また、この柔軟性はどこから来ているのでしょうか? (もちろん、経済的な余裕あってのことですが)
ツンク・プロデュースのモー娘に限らず、かなりの割合で、(成人女性ではなく少女として)カワイイ系の女の子たちが幅を利かせています。男性だけでなく女性もそのファッションや身のこなし方、文化を気にしています。私は、番組や出演者・出演内容を見ながら「まさにお遊戯だな」と内心思いながら、こんなことを昼間からあるいはゴールデンタイムに流し、多くの視聴者を集めるこの国のメディアについて、文化についてつくづく考えてしまいます。
そう、政治や宗教、紛争や経済などの問題なんか全く無関係な竜宮城なのです。国自体が大人になることを拒否した「モラトリアム」のようにも見えますが、このようなものも、ひとつの大きな社会文化を形成しているのです。
前のブログにも書きましたが、決して最近の日本の特徴だと言うのは間違っている気が以前からしています。
マッカーサー元帥が日本へ来て「日本人12歳説」を話しました(これについては、ここでは述べません)。
また、北海道大学を離れるとき、クラーク博士は「少年よ、大志を抱け」と言ったという話があります。小さいことを考えているのではなく、大きな夢を描け、と教えてくれたと思っている人が大多数です。しかし、実際には、クラーク博士は、日本と日本の青年を嘆いてこのような発言をしたのです。
日本の将来を作っていく青年たちが、自分を慕って追いかけてきます。
口々に「先生ー、本当に帰ってしまうのですか?帰らないでー」と。
「Boys!」
そして「Be ambitious!」と。きっと内心「なんてこった!めそめそと。これじゃ将来が思いやられたものだ! しっかりせよ」と考えて、続けて「野心を持ちなさい!」と述べたのです。ひょっとして「Boys」ではなく「Boy!」(あらまあ、なんてこった)だったのでは、とされ思われます。これは、日本文化ではありえるシーンです。
礼節があって、まじめで、優秀で、いつでも周囲と協調することができて、おちゃめで、純粋。少なくとも、アクを持たず、つい合いやすいスタンスを持つというのが、これまでの日本の美徳ではないでしょうか。都会はだいぶ変わってきましたが、基本的には外からのお客様にはとてもやさしく、寛大です。リーダーシップをとるのは苦手ですが、何か皆でやろう、ということになったら、あれよあれよという間に分担を始めます。これはすごい!
一億総中流と言われた時代から経済的にはだいぶ様相が変わってきました。皆と同じことをやるだけでは、なかなかうまくいかないような時代になってきたと思います。しかし、経済、そして国外のグローバル化の時代になってきていますが、日本独自の軽快文化、カワイイ文化、群れて情報を共有する文化は、職人気質、助け合い文化とともに、今後とも繁栄を続けてほしいと思います。
それは、いい面、あるいは楽な面(たとえば、私のような硬派な思考、推論、検討、試行をしなくても、適応力があれば生きていけること)もあります。また、無用な対立は生みにくい風土も完備しています。なによりも、宗教対立やイデオロギー、宗派対立、貧困や性的虐待などで苦しんできた地域、国々と比較すれば、天国のような世界なのです。もちろ、日本文化が完全だとは言いません。しかし、この大衆文化の中に、将来の平和と繁栄の基礎がいくつもあるようと私は感じています。
日本を離れたくない、といった某アジア出身の人がいます。別のアジア国の出身者で、オーストラリアの大学で学んだ若者と先日会ったのですが、この活き活きとした日本文化の洗礼を受け、うれしいショックを受けたと言っていました。関西の落語やお笑い文化にも、ノーベル平和賞を与えてもいいのではと思うことがあります。マンガだけでなく、日本のお笑いにも深いものがあると思います。
この日本の繁栄が続くよう、ちょうど子供が家の中で楽しく遊んでいられるように、経済や防衛、外交といったものは外でしっかりとが守り確立しなければならないことは言うまでもありません。
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11 月 12th, 2008 at 11:52 PM
そういえば、日本の文化っていっていいのか、進化し続けて行くスピードが速いんですよね。どうでもいいような流行にものすごく敏感な人が多いですし、携帯の進化の仕方なんかすごいですね。携帯の待ち受けやデコなどのサイトを作ることを仕事にしている人や、ゲームのテスターもいるんですよね。
そういう新しいものの出現種類と数が多いために
ほとんど理解できていないものもたくさんあります。
銀行が合併したりして名前が変わっていくのにも、保険の種類や会社名などが変わっていくことにも、ほとんど付いていけていないと自分で思っています。
知らなくても生きていけるからですね。きっと。。。
11 月 13th, 2008 at 9:18 AM
携帯電話が出始めたとき、あんな小さいキーボドでメールを打つなんて、と思いましたが、いったん情報伝達ツールと位置づけられれば、マーケットで確固とした地位を築きましたね。
携帯電話については、日本はガラパゴスと呼ばれているらしいです。まったく独自の進化をとげているらしいです。