中庸について

2008 年 11 月 27 日

孔子が「論語」で述べている重要な考えが「中庸」です。これは、儒教の柱とされる「仁義礼智信」と並ぶ概念ではないでしょうか。

実は、この「中庸」が、分かったようでちゃんと分かっていないことが多いと思います。

カウントしたわけではありませんが、「論語」の中で「中庸」について述べている箇所が非常にたくさんあります。その中で3つほどご紹介します。

まず1つ目です。

「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。「やりすぎと不足のどっちが良いか」と聞かれたときの孔子の回答です。そこで、両者とも中庸でないという点でダメだとの評価を得ています。きっとそうでしょう。すんなりわかる例です。

次の2番目のものは、はじめはよく分からなかったものです。

「良いことを思いついたとき、すぐにすべきかどうか」と尋ねられたとき、孔子は、人によって異なる答えをします。

Aさんには「あなたには父兄がいらっしゃるのに、尋ねずに行動すべきでない」と答え、Bさんには「すぐにやりなさい」と答えます。

「え? 不統一じゃないか!」と思いませんか?

実は、これが中庸だったのです!

思考が浅くすぐに行動に移すAさんには父兄に相談することを、また思慮が深く、いつも他を気遣っているBさんには迷わず行動することを勧めているのです。

私たちはとかく絶対的な答えを求めますが、短絡的な行動となっていることがあるようなのです。判断、行動する前に、一歩立ち止まって、状況や立場、関係、などをちゃんと考える、判断する、その上で行動すべきなのでしょう。ですから「中庸」は実は難しいのです。

現代社会は高度に工業生産や情報伝達が進んだ時代です。ここで、ちゃんと状況や立場、関係などを考えて判断し、行動することから逃げていないでしょうか?

たしかに、ズバ、ズバと言う人の言葉が(短期的には)強く感じます。最近は有言実行の風潮があります。しかし、発言が配慮を欠如していたり、妥当でないと後でわかったときは、言葉の価値が地に落ちてしまいます。

さて、3番目の例です。

これも、それを読んだとき、すぐには意味、意義がぴんと来なかったものです。

世の中が安定している時には、正しい意見は大きい声を出して伝えてよいが、世の中が混乱している時には、正しい意見であれ自嘲しなければならない、というものです(意訳しています)。

これも、ある意味、「中庸」の概念に基づくものだと考えていいと思います。よってたかって混乱を大きくしてはならないという意図だと思われます。

さて、意見を述べる場面だけでなく、コマーシャルの表現を伝える場面でも、この「中庸」はとても重要です。しかしながら、私たちはつい「効果」を重視して、このことを忘れがちです。

しかし、対立するもの、対比するものとの比較や、状況や場面についての判断はとても大切ですし、「中庸」を心がけることによって「品格」が作りだされていくことを私たちは実は体験的に知っていないでしょうか。

発言する前に頭の中で「中庸」と言ってみる
行動する前に頭の中で「中庸」と言ってみる
表現をリリースする前に「中庸」と言ってみる

このようにして、最低限の品格は確保したいものです。

現代の社会状況(犯罪など)にしても、経済、政治の閉塞状況の原因にも「中庸」の欠如があるように私は感じています。

短絡的な思考、短絡的な行動、成果や効果という1尺度だけに基づく宣伝や経済活動は、短期的に効果はあっても、実は長期的にはマイナス資産をため込むことになっているのではないでしょうか。そしてそれが突然破裂する!

男性(ばかりではありません)が短絡的に暴力に走ったり、
女性(ばかりではありません)が運命や占いに走るのは、

思考や判断することから逃げていることです。

ぜひ「中庸!」と心に言える余裕を持ちたいものです。

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One Response to “中庸について”

  1. SALTY-SALTY Says:

    いろいろと考えさせられてしまいました。
    一般論として読んでいる分には
    簡単にうなずけます。

    今の政治に対してであっても
    そのように感じます。

    学級担任であってもそうだと思えます。

    ただ、これが自分のこととなると
    読んでいて、きりきりと胃が痛くなります。
    別に私は運命や占いに走りませんし、
    暴力的でもありませんが。。。
    短絡的な行動は大いにありそうです。
    ありそうどころか、短絡的な行動が
    すべてかもしれません。

    思慮が浅い。分別がない。軽率だ。
    どれも自分を形容する言葉のようにも感じられます。

    ただ、あんまり考えすぎていると
    何もできなくなってしまうなので
    反動で、考えずに行動してしまうことに
    なっているのかもしれないですね。

    よいこととは思いませんが。。。

    一度よく振り返ってみて
    「中庸」の意味と意義をじっくり考えてみたいですね。

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