放送業界の不振
2008 年 12 月 30 日
放送業界(民放各局)は、その収入源が広告にあるため、景気の影響を受けやすいという特徴があります。現在の不景気の状況で、目に見えない、あるいは明確な成果を与えていることが疑わしいCMへの支出が、急激に抑えられてきています。
最近出された地上波民放各局の中間決算は惨憺たるものでした。
日テレは半期ベースで37年ぶりに赤字転落し、テレビ東京も初めて赤字の中間決算となりました。視聴率最大のフジテレビは、制作費を60億円圧縮し、通販で黒字を維持したものの前年同期より46%も減益となっています。また、一番傷が浅いとされるTBSでも32%減益という状況ですが、これも放送外収益(赤坂サカス)に下支えされたものです。
このような状況を知ると、「テレビ局の倒産もある」という意見も、あながち嘘ではないかも知れない、と思わざるを得ません。
短期的な経済の影響だけでなく、若者のメディア離れが進んでいることも報告されています。
あるいはまた、民放各局も、タレントを集めただけという、内容の浅い番組制作に集中してきたため、質の低下を起こしてきていることも指摘されています。
つまり、参加するタレントの数を増やして視聴率を増加させようとする、「思考も制作も欠落した、タレント依存の短絡的な方法」が破綻してきている、という意見です。
「最近、テレビ局で出るお弁当の中身が悪くなった」
と番組で発言しているタレントがいました。身近な話題に、注目を集めようとしているのかも知れませんが、周囲の一般社会はそれどころではないのです。
スポンサーのトップであるトヨタ自動車の奥田碩相談役が、首相官邸の懇談会の席上、厚労省批判に偏る放送内容についての不満から「マスコミに対して報復でもしてやろうかと。 スポンサー引くとか」との発言も流れてきます。
これまで順風満帆だったテレビ業界の人たちが、初めて「不況」を実感しはじめているのではないでしょうか。
テレビ業界は、金融業界と並んで、サラリーマンの収入が群を抜いて高い業界です。
両者に共通するのは、生産をしたり、流通などの実業の企業から収益を得てきたことです。
これまで、実際の価値以上に価値が与えられていたところからは、お金が急速に流出していく可能性があります。すぐに対処しなければなりません!
「大丈夫」と高をくくっているところから浸水は始まるでしょう。
困難な事態になってきているときにすべきことは、何でしょうか?
(1)的確に状況を把握する
(2)原因を洗い出す
(3)対策を講じる
(4)1~3を伝達し、認識を共有することで協力体制を作り上げる
当たり前のことを、きっちりをやっていく以外にないでしょう。また、隠し立てせず、ちゃんと横の連絡を行うことだと思います。
社会的な単位(官庁、業界、会社、地域)のそれぞれが、きっちりと
「状況は・・・です。原因は・・・と考えられる。対策として・・・を行いたい」
と調査・熟考・検討を行い、的確に伝達することで、事態の状況認識を共有し、協力をしていくことだけが、唯一、最大の方法ではないでしょうか。
これは、災害が起こったときと同じですね!
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「夢」を実現へと導く「設計」
2008 年 12 月 28 日
夢やビジョンを実現したいと思うのは、当然のことです。
でも、「夢はなかなか実現できないものだから、やぶれるのがいや。だから、夢はみない」という方もいらっしゃるかも知れません。
今は、負の連鎖のように、悪いニュースばかりです。
このときとばかりに、悲観的な意見やネガティブな発言にも注目が集まります。調子がいいときには、あまり注目を集めなかった意見にも、関心が寄せられるときでもあります(いやだから、目を向けな人もいます)。
しかし、残念なるかな、少し良くなると、パタっと態度を変えるのが、「喉元過ぎて熱さ忘れる」ヒトの習性です。
つらい時につらい原因にしっかり向き合うことが必要です。
逆に、つらい時でも明るい夢を持ちづづけることも必要です。
つらい時に、原因に向き合わず、夢を失う行動をするとどうなるでしょうか?
一喜一憂。非常に不安定な動きを起こしてしまいます。
さて、「夢」を実現へと導く方法とはどういったものでしょうか。
ビジネスの場合、次のようなトップダウンの分解作業により夢を現実のものへと進めていきます。
夢→ビジョン→戦略→戦術
また、計画・実行・評価
PLAN→DO→SEE
を日々続けることです。
さらにまた、デンタツ(内外への情報・価値の伝達)を行うことも大切です。
これらの枠組みの中で、最も大切なことは、「企画」または「設計」と呼ばれるものです。
ひょっとして「失敗したくないから、夢をみない」、「設計や計画立てはしない」という方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、これはとても重要な作業です。ワクワクする気持ち(情熱)と冷徹な気持ちの両方をもって、企画・設計にのぞむのがいいです。
そうです。対立するように見える、2つが必要なのです。
あまりに事務的に仕事を行うことも、私は仕事を失敗させる原因になる可能性が高いと思います。もちろん、情熱だけでもうまくいかないことも多いでしょう。
管理主義だけでもダメ。情熱主義だけでもダメ。
人の心を動かすのは情熱です。しかし、人の知性を動かすのは成果や実績です。
夢やビジョンを実質的な設計図にする作業が、「企画」あるいは「設計」というものです。
事業やイベント、キャンペーンなどの企画も、建築物やソフトウェアなどの設計にも、共通するものがあります。
(1)コンセプト
(2)要件
この2つをもたなければなりません。
コンセプトとは、共通認識を意味しますが、広い意味では、企画のオリジナリティー(独自性)であり、この企画の存在意義です。
研究などの場合には、「目的」がそれに対応します。
次の要件とは、ゴールイメージの要素を描写することです。
たとえば、「結婚」というものを想像してみましょう。
結婚によって、どのような家庭を作るか、日常生活を送るか、といったものがコンセプトになります。これは、一般的な事象ではありますが、個人にとって「未婚」から「結婚」状態へと変わる場合、自分にとっての独自性、意義をとらえるべきでしょう。
要件とはどういったものでしょうか。
たとえば相手について。年齢、収入、性格、身体条件・・・。
私たちが、実際に夢を描くとき、実は、要件をひとつひとつ検討していないでしょうか?
式場、住居、仕事、分担・・・。
夢は思ったとおりにはなりません。でも、思わないことには実現できません。
どういうように思うか・・・。
それが、企画であり設計であるわけです。コンセプト作りをし、要件定義をするというのがその真髄です。
要件定義の中には、必須度を入れるのが通常です。
たとえば、年収800万円以上というのは必須ではなく、「できたら」程度である、とか。
夢がちゃんと描けていない、ということは、課題をちゃんと把握できていない、ということと同じくらい問題です。
夢をしっかり描くことを練習してみませんか?
情熱の心と冷徹な心の2つを同居させ、持ちづづけること。
そして、ゴールをイメージして、コンセプトをクリアにし、要件を定義すること。
たったそれだけです。
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会議やイベントの企画・運営という仕事
2008 年 12 月 26 日
なかなか書き出せなかったコンベンションの仕事の話題です。単に内容的に重いから、というのが理由です。
会議(政府系会議、学術会議)やセミナー・展示会など、業界ではコンベンションと呼んでいますが、そのようなコンベンションを企画・準備・運営する仕事があります。
プロデューサー、ディレクター、プランナー、あるいはコーディネーターと呼ばれる職種です。
仕事の内容、段取り、手配、そして管理の中身(仕事内容の管理、予算の管理、リスクの管理)から考えると、マスコミ、あるいは広告代理店の仕事にも似ています。
まず、参加してもらう人たちに会・イベントの意義や価値を伝え、参加してもらいます。単に広報・広告だけでなく、もちろん、人づての営業や、委員など立場を作ることで、動員などの役割を分担します。当日の運営は、ある意味、業務です。
私は、プロデューサー、事務局あるいは学術分野のディレクター、プランナーなどの仕事を数年間行いました。たくさんの企画書も書きました。
研究以外で、ビジネスらしいビジネスをやっていたのは、実はこの分野です。
その影響か、段取りを4つのステップで考えるくせがあります。つまり、以下の4つのフェーズです。
1)企画・・・プランニング(コンセプトとイベントの中身)
2)広報・・・Web、チラシ、関連団体など経由でのデンタツ
3)営業・・・参加者の動員と展示などコマーシャルアイテムの販売
4)業務・・・準備からの事務局業務と当日運営の業務
また、イベントの種類は、会議が中心ですが、以下の3通りの場合が多かったです。
A)政府系の会議・・・主催は日本の省庁が大多数(国連の会議でも省庁が担当)
B)学術系の会議・・・主催は学会または担当大学か病院などの施設
C)企業系の会議・・・主催は私企業(IT系、医薬系が多い)
Aでは、紛争や和平などの関わる事案もあります。大臣や政府高官が出席することもあり、またテロの標的になりやすい場合もあるので、警察や機動隊と連携することもあります。
Bの学術会議でも、皇室のご臨席をいただくこともあるので、運営のマニュアルの作成・検討は丁寧に行わなければなりません。
一番規模が大きいものでは、世界から数千人規模の参加者を受け入れ、皇太子殿下妃殿下のご臨席をいただき、記念切手を発行し、自民党本部で衆参議員20名くらい向けに進捗報告と対策の会議を開く、ということもありました。
この会議クラスになると予算も大きいので、会議の会計資料だけでダンボール何箱にもなり、終了後、公認会計士の検査を通すのも大変なものでした。
大きな学術会議になると、IOCのオリンピックやFIFAのワールドカップと同じく、国際組織委員会の力が強く、開催する日本の委員会と国際組織ならびにそのトップの会長らとの連携が、事務方である私たち運営事務局の大切な仕事です。円滑に準備を進めるため、ヨーロッパやアメリカでの打ち合わせ、準備作業などが何度も発生しました。
この学術会議は2002年だったので数名のトップ会議は電話会議(ヨーロッパ2か所と東京あるいは地方が加わることも)で行いましたが、後の世界銀行の会議の準備などは、テレビ電話を使って、(ヨーロッパ、ワシントン、東京などで)会議の準備のための会議を頻繁に開きました。
進捗報告、問題点の共有など、会議の目的と内容は日本人同士であれ、国際メンバーであれ違いはありません。
先ほど述べました数千人の会議を開催するためには、20ほどの委員会(財務、スポンサー、宿泊、学術プログラム、等々)が組織されました。それぞれが予算を持ち、準備をすすめるのですが、なんと、会議当日は、同時に35ものセッションが開かれるほどの大イベントです。
たしかに大きなイベントは大変ですが、ちいさなイベントでも、進め方や注意点などは、本質的には違いはありません。
会の進行をしっかりと管理する統括ディレクターの力量に成功のカギがあります。
ステージだけでなく、映像や音声、同時通訳、受付・・・と数限りない機能を分担するチームがいて、皆が協調的に仕事を進めます。
このような仕事をしてきた経験があるため、たとえば、テレビの放映中に大きな事件があったりして、番組の進行がうまくいかなくなったり、時間変更が起こったりする場面を見ると、私はディレクターや番組制作スタッフの側の気持ちになってしまい、どうしても見ていてドキドキ、ハラハラしてしまいます。
私たちはとかく、映像に出ている役者(俳優や女優)や司会者に目が行きますが、映像を撮っているカメラマン、音をとっている音響さん、カメラを切り替える人、その人に指示する映像ディレクター、美術面の効果に責任を持った人といった専門スタッフ、そしてパートパートのディレクターや全体を統括するディレクターたちがたくさんいて、有機的に動いていること、作品が作られていることを忘れがちです。
異なる仕事の人たちがバラバラにいながら協調することは、とても難しい仕事です。ですから、横に連絡をしながらやっていきます。あまり、横の連絡が多すぎたり、プロの専門の仕事に素人の横やりが入るのは問題ですが、プロ根性を刺激するメッセージは時にとても役立つこともあります。
主なスタッフはトランシーバを耳につけ、いろんな指示や状況報告が飛び交うのを聞いています。
コンベンションが始まる直前に緊張がピークに達します。
ある国連の会議の例です(厚労省と農水省が担当のWHOとFAOの合同部会でした)。
「ボンジュール、マダーム、ボンジュール、ムッシュー。ジュマペール・・・」
なんと、日本人の議長がフランス語で開会のメッセージを言い始めました。
「えー??? フランス語だ! どうしよう!」
でも、予定外の出来事に同時通訳がたじろいだのは1秒足らず。
すぐに、会はうまく進行していきました。
・・・
思い出すのも、心臓に悪い気がします。
このような場面の話を読んでいただいて、申し訳ないです。
でも、人は、実にいろいろな仕事を行いますね。
協調したり、リーダーシップを発揮したり。
うまく進めるために、コンセプトや企画書を作ったり、スケジュールや予算を立てたり、分担をしたり、仕事リストをチェックしたり・・・。
でも、一番大切なのは、全スタッフ(ポジションの人たち)が元気で、持てる力をすべて出せることだと思います。疲れてくると実力は全部出せません。
そして、しっかりと目標を見定めること。
責任をもつポジションを的確に定め、それぞれを尊重しながら、問題を発見した人が他へ横の連絡や要求をしたりします。
そこでは、情報だけでなく、評価(「すごい」「すばらしい」など)や感謝、気持ちを伝達したりしながら、仕事を分担して進めていきます。
そして、成果は皆で分け合います。
ちょうどハンターがハンティングをするように、農耕民がみなで収穫を楽しむように。
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英語の授業を英語ですること
2008 年 12 月 23 日
2013年度から、高校の英語は、英語で授業をすることになったようです。大変いいことだと思います。
大変になるのはどちらかと言うと英語教師の方で、生徒は早く慣れていくのではないでしょうか。
私も英語で授業をすることになったとき、わりと得意で好きな教科でもありましたが、それでもとても大変でした。
中学・高校・大学と10年間も学んできていながら、また、物理を専門で学んでいながら、基本的な図形について、たとえば四角形(quadrilateral)とか対頂角(vertical angle)といった用語をまったくと言ってよいほど知らずに過ごしてきていました。
会話をする、買い物をするなどの生活のための英語ではなく、中高生に授業をしなければならなかったので、適当は許されません。
もちろん、知らない単語は覚えるしかありません。
明治時代以来、教養として外国語を学ぶ方式が定着してきましたので、日本では、辞書を引きながら高度な論評や随筆などを読んだりしているのに、基本的な単語や基本的な言い回しを知らないまま、あるいは話せないまま、大学は卒業できてしまいます。
人と対面して話をするのでなく、単語を多く覚えたり、文法問題を多く解いておいて、紙に書かれた問題を解ければ、試験で高い得点が得られますので、日本では「英語ができる」と評価されます。
英語が公用語の途上国で育った人たちとは、まったく違います。アメリカの大学でも同様です。
本や新聞が読め、資料を調べ、レポートを作成し、プレゼンテーションができて、相手に納得させる力が求められます。早さと量と正確さと内容を求めるのです。
次は簡単な言い回しの問題です。
「高度1000メートルを飛んでいる飛行機」
という表現は英語で何と言うでしょうか。
an airplane flying at a height of 1,000 meters
が答えです。
私たち日本人にとってむずかしいのは、
「高さ」を「at a height of」のように表現するということです。aをつけることを知らなかったり、atという前置詞になることが分からないこともあるでしょう。
また、話していてついうっかりしてしまうのが、
「1000メートル」をちゃんと「One thousand meters」と複数形で言うことです。
また、発音は「メーターズ」ではなく「ミーターズ」です。
(私の場合)英語で話していて、名詞の単複や、動詞の時制(現在・過去・完了)がすごく気になります。
気になりすぎて、力みすぎて
<誤>Did you went there?
(行きましたか?)
のように言ってしまったこともありました(頭の中で「過去形!」「過去形!」と強く思っていたからです)。
たとえば、時制については、主部の動詞と述部の節の中の動詞も一致させなければなりません。
<正>I thought that he would come.(彼は来ると思った)
<誤>I thought that he will come.(同)
このような、日本語にない語法的な制約(一致:agreementといいます)は意識していないと、すぐにくずれてしまいます。くずれたまましゃべるスキルを身につけていく人がいますが、できるだけ気をつけたいものです。(発音だけでなく、文法がブロークンとなるのです)
言葉はもちろんコミュニケーション、伝達の手段でありますが、私は、論理や思考の道具としての側面もすごくあるように思われます。
日本語のように、目上の人かどうか、自分はどのような態度にするか、などにより語尾の口調、言葉づかいがかなり変わってくる言語は、使っていてとても疲れることがあります。
仕事、とくに人間関係に疲れているときなど、英語で話すのは日本語を話すのの数分の一程度の負荷に感じることもありました。
もちろん、日本語には、むずかしい漢字があり、小学校の高学年以上になると、覚えさせるのにとても大変ですが、きっと私たちもかなり苦労して言葉を覚えたはずです。
ですから、そのころ海外で過ごせたらいいだろう、などと思いがちですけれども、海外にいて、あまり漢字や社会科を学ばずに帰国すると、日本のレベルとは大きな開きができているのではないでしょうか。
結論的に言うと、どっちも大変だと思います。
私は日本へ戻ってきて、1週間くらいまで、英語で夢を見ていました。でも、それ以来一度も見なくなりました。
私の周囲にいた人は皆英語を話していたので、夢に登場している友人とも英語で話さざるを得なかったからです。
もちろん、英語はネイティブではないので、慣れてくるまでに時間がかかりますが、ある程度慣れてきたら不思議なことがよく起こりました。
英語で話している相手に日本語で話してしまうのです。
「あ、そう。よかったね」とか。
言われた人はもちろん、びっくり!
意識して英語を話しているときは、そんなことは起こりません。
頭の中はどうなっているのでしょうか。不思議なことです。
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背水の陣
2008 年 12 月 22 日
一生懸命
ひたすら
背水の陣
などは、日本人が好む表現ではないでしょうか。それとは反対に、策略のようなものは嫌われます。
「ひたすらがんばったけど、だめでした」でも、大方の日本人からは受け入れてくれます。
「ひたすらがんばった」ことが重要であり、「かわいそうに」と思ってもらえます。情緒という「共感」文化があるからです。
最近でこそ、「経営責任」という言葉が使われますし、政治家は「結果責任」をとるなどと言いますが、あまりしっかりした意味合いで認識されていないのではないでしょうか。
「ひたすら」な情緒は、ドライな欧米人には理解しにくいものの一つですが、日本人には結構分かりやすいと思います。
さて、この記事を書こうかどうしようか、今度も悩みました。
精神論に触れる部分は、タブーです。タブーに触れると想定以上、必要以上の反発を受けてしまうからです。
タイトルと、ここまでの説明を読んで、私が伝えたいことがピンとわかった方もいると思います。
「背水の陣」は、背中を水辺に向け、退路がなくなったかのように見せつつも、実は、別軍を回り込ませ、弱い背後から攻める戦法です。もちろん、背中を川に向けた兵隊には、退路がないので必死で戦うことを仕向けます。また、相手には「しめしめ」と思わせて油断させることになりますが、別軍を忍ばせて、攻めてきている軍の後方の弱い兵へ背後から襲いかかるのです。
この方法は、日本人的には嫌われる策略、卑怯な戦法ではないでしょうか? 是非についてはここでは論評しません。
この話をご存じなかった方もいらっしゃるでしょう。
でも、このような戦法であることを知っていて、あえて伝えないのか、知らずに
一歩も退くことのできない絶体絶命の立場。
失敗すれば再起はできないことを覚悟して
全力を尽して事に当ること。「背水の陣を敷く」(広辞苑)
という語義を作り、育て、伝えているのでしょうか?
《参考》 Yahoo!の知恵袋
きっと「この話はするな」とおっしゃる声があるのではないかと思います。あまり感心する話ではないからです。
日本では、親心として、あまり苦労は子どもには知らせないようにします。汚いものは見せないようにします。親ではなく、教師であっても同じです。
戦々恐々とした状況や気分を伝えたり、人を欺くようなことを考えることは、教育的な配慮からしたくないことです。
でも、本当に悲惨なことや事実を伝えるためには、隠さない勇気も時に必要だと思います。(飛行機のパイロットなど)冷静な分析力を持つことも大切です。
そして、社会へ飛び出るときまで、年齢ととも、苦労や現実世界について知る割合は高めていかなければならないと思います。
しかし、日本では、社会に出るまで、親も、教育機関を含む社会も、ほとんどそのようなことは行いません。
サバイバルの心構えを教えられたこともなければ、親も教師も、自らそのようなことは伝えたくないのです。
本来は、この社会性に関する教育は、男性(父親)が果たさなければならない大切な仕事ではないでしょうか?
さまざまな困難にぶつかり、それを理解し、対処していく。
いろんな教科を通して子供を教育しているようでいて、また、過去の歴史や過去から得られた叡智を教えているようでいて、実は、それ以上に、どのように困難に対処していくかの底力をつけることが、一番必要で大切なことだと思っています。
私が青年海外協力隊に応募したとき(1980年の夏)の試験問題を今でも覚えています。
「あたたがいままで遭遇した一番の困難について記しなさい。そして、それをどう克服してきたかについても」
はじめてこのような試験問題を見ました。問題解決能力と表現力を求める、いい問題だと思いました。
日本の今の教育システムでは、社会に出るまで社会の荒波をしっかりとガードしてあげて、社会に出る瞬間に「社会人になってね」とポンと突き放していないでしょうか。
内定取り消し問題についても、従業員カットの問題についても、社会はもっと真剣に考え、対処しなければなりませんが、むずかしいことは考えない、議論しない、対処しない、あるいは言いっぱなし。情緒的なものは感じる、わかるということでは、どうにも対処できなくなってしまいます。
さて、オバマさんは、「共感」を伝え、「変化」を約束する方法でデンタツを進めてきました。
私たちは彼の改革に期待しています。でも、彼は言いました「It is your victory」。
彼は、ケネディーが言った言葉と同じ内容を伝えてくることでしょう。つまり、「国家に求めず自分に求めよ」「変えるのはあなただ」と。そのときに、そのとおりだと思う人と、期待はずれだったと思う人の2通りに分かれるかも知れません。
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創造性と生産性
2008 年 12 月 21 日
ものごとの本質を考えたり、抜本的な改善を考えたりするときには、たいてい、対立する考えの両方を同時に扱わなければらないことに遭遇します。
たとえば、「創造性」と「生産性」。
生産性を高めようとすると、効率重視の考え方になります。
悩まないことが大切です。
悩むのは、フィードバックといって、結果が原因に作用を与えてしまうので、デッドロックといって、動きをストップさせることになります。
体験的にわかるように、「イケイケ」でやっているときに、「ちょっと・・・」という人がいると、ブレーキがかかってしまいます。
個人の思考でも同じことが言えます。
悩まなければならないときに悩まず、悩まなくていいときに悩んだりすると、スムーズにものごとを進めることができなくなってしまいます。
そうです。暴走したりデッドロックを起こしたりしてしまいます。
どうすればいいのでしょうか?
ものごとへの取り組みには3つの進め方が必要ではないかと思います。
つまり、1つは緻密で、しっかりフィードバックをかけて、念入りに考える姿勢。創造性に通じるものです。
もう1つは、その逆に、悩むことを全く排除して、行動を突き進める姿勢。生産性に通じるものです。
いずれだけでもだめだと思います。
それを客観的に眺める姿勢。
そうですね、傍観者のような達観した立場が必要です。
たとえば、創造性とか熟慮のようなものを「左」として、生産性とか効率のようなものを「右」とした場合に、今、右に傾きすぎているときには、「生産性さん、ちょっとヒートアップ気味だから、力を緩めて」と伝えて、「左」に重心を置いてみたりするコントロールが必要だと思います。
このコントロールの位置をとりあえず、「上」と呼びましょう。
あらかじめ、計画により、フェーズ立てをしておいて、その左右のウエートを変えていくようなことも戦略的には有効な方法です。
そうすることにより、「上」(管理、コントロール)の仕事量を少なくすることができます。
人間は、残念ながら、たいていどちらかに偏っているのが一般的だと思います。
沈思黙考型の人、考えるより行動する方が得意の人、自分はやらないが、傍観したり、批評したりするのが得意な人。
一番いいのは、一見バラバラに見えて、実は協力や調整ができているような動きだと思います。
つまり、どうしたらうまくいくか悩んでくれている人がいて、明るく元気に手や体を動かす人がいて、その両者にも「お疲れさま!もうお休みなさい」と声をかけてくれるような。
そして、お互いがお互いのメリットとデメリットを知り、お互いを尊重できるような社会が理想でしょう。
でも、お互いを知るためにも、私は、左も、右も、上も、すべて多少は分担すべきではないかと思います。
西欧の合理主義では、基本的にはYESかNOかの二分法が基本になります。
その対立の力関係を解くことが問題解決であるとの認識をもちます。
ニュートン力学でも、二体問題は解けるのですが、三体問題になったとたんに(条件を定めない限り)解けなくなってしまいます。
個人の問題も、日本の問題も、そして世界経済の問題も、この3つの立場をちゃんと定め、理解し、協調させていくことにより、改善できていくのではないかと思います。
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studyとlearnの違い
2008 年 12 月 19 日
青年海外協力隊でマラウイ共和国へ派遣される前に約4か月間、派遣前訓練として、さまざまな講座を受講したり、調査をしたりしました。
もちろん、メインは、語学研修でした。英語クラスで、原則日本語が禁止でした。
その期間、女性のフィリッパ・ラッセルさんからいろいろと教えてもらいました。
その中で、よく覚えているものが、さまざまな語義や語感です。
たとえば、studyは学ぶ、learnは習う、というように私たち日本人は覚えています。
フィリッパ先生とは日本語では一切話していないのですが、日本人が得ている誤った英語の語感をいくつも訂正された覚えがあります。
studyは「自主的に学ぶ」という意味です。
でも、learnは「教えてもらう」ではなく、「身につける」という意味だそうです。どうやら、日本人は誰かから教えられるのをlearnと覚えているのを、フィリッパ先生から、「そうではなくて、身につけることをlearnという」と言われたように思います。
「learnは言い換えるとmasterです」と。
I studied English, but I didn’t learn it.
(英語を学んだけれども身につけられなかった)
という言い方ができるようです。
また、must と have to の違いについても、イギリス英語だと限定した上で、こう説明を受けました。
「must はプライベート(私的)、have to はオフィシャル(公的)」
たとえば、次のように言えるようです。
I must go home, but I have to stay here.
(家に帰らなければならないことがあるけれど、ここにいなければならない)
こういうように教えてもらうと、「そうか」とわかった気がします。
英語を話しているときに、何と言っていいのかわからないときがあります。
もちろん、日本語では分かっていても、英語では、適切な表現が思い出せないときです。
Well, let’s see.(そうですね、えーっと)
とか言って、時間稼ぎをしたり、
How should (can) I say… (どう言ったらいいのでしょう)
とか
Let me put it this way.(じゃ、言い換えてみましょう)
のような表現をすることもあります。
I mean … (つまり・・・)
とか、考えながら、表現を探しながら話を続けようと、がんばってみます。
それでも、うまく続かないときは、相手にどういったらいいか尋ねてみるのです。
あるとき、マラウイ人に、「キザ」という英語が分からなくて、一生懸命説明してみました。でも、どう聞いたか覚えていません。
そしたら、なんと、こんな回答をくれたのです。
Oh!, British!
(あー、イギリス人みたいってこと)
これは、あくまで冗談ですが、「イギリス人みたい」というのが、「かっこつけて、キザな」という表現に使われたのでした。
どうか、この話でイギリス人の方、気を悪くしないでください(フランクでフレンドリー、やや軽めのアメリカ人とは対照的に旧宗主国のイギリス、イギリス人に対してマラウイ人が持っている印象です)。
ぴったりの言葉が分からなくても、それに代わる表現を使ったり、もし、できなければ、聞いてみるといいと思います。
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地名が消えるのは残念です。
2008 年 12 月 18 日
平成の大合併で、古い市町村の名前が統合されたり、新しい名前が付けられたりすることは、ある意味、仕方ない面もあるでしょう。
でも、古くからある名前を無くすのは、とても残念なことです。
もちろん、古いものだけがいい、とは言い切れませんし、「はてしない物語」の中の話のように、ずっと名前を付けられ続けて、命を保つようなこともあるかも知れません。
前の記事でご紹介した安本氏の著書によると、古地名は、ざっと1000年で90%、2000年で80%も残っているとのことでした。
地名に限らず、言葉も残したい文化のひとつです。
日本の文化の特徴は、新しいもの、外からのものも、違和感なく、積極的に取り入れていくことです。柔軟性は世界トップだと思います。
カタカナ語が氾濫するのも、ある意味、少しでも意味の範囲が違うと、これまでのものではなく、新しいものを取り入れるという、日本人の新しいもの好きで寛容の文化の表れではないかと思います。
一神教文化同士の衝突と比べれば、生き残りのため、また、頑健な価値観創造のため、それはいいことだと思います。
しかし、残せるものは残したいとは誰もが思うことではないでしょうか。
たとえば学校の名前。
私の住んでいる周囲を見渡すと、東京都立第○高等学校、□市立第○小学校(○は数字)と、数字で表しているものがたくさんあります。開拓地だったため、古地名がない可能性もありますが、きっと地名があったのでしょうがそれは使わず、長く大切にしたい施設・組織を一律、数字で命名するようなことを、とても残念に思います。
言葉を考えたり調べていくと、いくつもの仮説を立てたくなってしまいます。
たとえば、「ひと」という「人」を表わす言葉は、「ひ」と「と」からなっているのではないか、とか。
もちろん、ちゃんと調べればかなり学術的な内容を知ることはできるでしょう。でも、自分なりに、仮説を立てて、仮説の正当性を検証してみること、それから、それは仮説であると認識することなどが、科学的な態度であり、持ち続けることにより、ある程度たまって、ドカンと成果が得られたりします(仮説を仮説でなく思い込んでしまうと、これは科学ではなくなってしまいます)。
「ひ」は、日本語で「1」を表わします。であれば、「と」が単体で「人」を表わすのではないか、と考えるのです。つまり、「ひと」は一人(person)を表わしているのではないかと推察します。
すると、たとえば「やまと」は「やま」+「と」であり、「山の人」というオリジナルな意味があったのではないかとの仮説を立てたりできるわけです。
そんなことを考えを持っていると、「ともだち」という言葉に突き当たったりします。すると、この「と」も、やっぱり人のことを意味しているのではないか、などと考えることもできます。
私たちが使う日本語には、大量の漢語が入ってきていますので、「和語」かどうかを感じることも大切です。
ところで、コンピュータで日本語を解析していて、不思議なことにぶつかります。
文を細かく区切っていくのですが(これを形態素解析と言います)、日本語の言葉の破片は、魚介類と同じものがたくさん出てきます。
「考えたことがなかった」=「考え」「たこ」「と」「が」・・・
このように、「たこ」とか「いか」とか「たい」がわんさと出てきて、びっくりします。
さすが、海洋国家ですね!
カタカナ語は極力抑え、できるだけ旧来の日本語で話そう、というような話もよく聞きますが、私は、極力、和語だけで話してみるととても面白いと思います。
たしか、和語だけで日記をつけられていた方がいらっしゃったような気がします。
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邪馬台国はどこにあったか(2)
2008 年 12 月 17 日
日本の古代史に関して多くを著わしている安本美典氏の「大和朝廷の起源」(副題:邪馬台国の東遷と神武東征伝承、勉誠出版)の内容をご紹介します。
この本では、地名、文献中の言葉や登場人物などの統計分析など数学を駆使して仮説の検証を行っています。
特に、記紀(古事記、日本書紀)に登場する人物や、場所、物語の検証を行ったり、中国の古文書に記述がある日本の地名と日本の地名との関連性を数値化するなどの方法(数理文献学)により、天皇の在位年数の仮説を立てながら矛盾あるいは相違との比較検討を行い、また、諸学説とも比較検討されています。その科学的態度と真実に迫る迫力に、何度もうなりました。
ここでは、そのエッセンスだけお伝えします。もし、ご興味がある方は、実際に、読まれてみるのがいいと思います。
・邪馬台国は北九州に存在した
・卑弥呼は天照大神(あまてらすおおみかみ)と同一人物だろう
・天照大神の子孫である神武天皇の東遷時期は3世紀の末頃
・記紀の東遷記述、天皇系譜も大筋で事実(神話性が少ない)
・北九州と大和の地名との一致も東遷の証拠である
・近畿の銅鐸文化は、北九州の銅剣文化とも、記紀古伝承と無縁
| 地点 | (1) 福岡県 | (2) 奈良県 |
| A | 三輪町 | 大三輪町(三輪山) |
| B | 朝倉町 | 朝倉 |
| C | 鷹取町 | 高取山(高取町) |
| D | 星野 | 吉野町 |
| E | 浮羽町 | 音羽町 |
| F | 杷木町 | 榛原町 |
| G | 鳥屋山 | 鳥見山 |
| H | 山田市 | 山田(上山田) |
| I | 田川市 | 田原* |
| J | 笠置山 | 笠置山(笠置町) |
| K | 御笠 | 三笠山 |
| L | 御井町(三井郡) | 三井* |
| M | 小田* | 織田 |
| N | 池田 | 池田* |
| O | 夜須町 | 大和 |
*:地図中で位置がプロットできていない地名
※平成の大合併で市町村名などの変更があります。
著書中の安本氏による補足説明と地図へのリンク
(1) 福岡県夜須町の南の三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図)
(2) 大和の南の大三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図)
安本氏は、地名の合致の度合いを相関係数の一種である相伴指標によって計測し、『魏志倭人伝』の地名と九州地方の地名との相伴指標を0.31、さらに『魏志倭人伝』の地名と近畿地方(畿内)との相伴指標を0.10と得て、このことも、『魏志倭人伝』の記述が大和ではなく北九州についてなされていた可能が高いことを示しています。
上の、福岡県内の地名と奈良県内の地名との対応も非常に興味をひかれましたので、地図上にプロットしてみました。
それぞれ、上記の「地図」をクリックすると表示されます。
このプロットはあくまで、私の作業です。いくつかプロットできていないところがあることをご容赦ください(注:リンクで示す地図の縮尺は、福岡県のものと、奈良県のものとは全く同一です)。
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邪馬台国はどこにあったか
2008 年 12 月 15 日
邪馬台国がどこにあったのかという謎は、日本人の空想をかき立てます。
日本の建国は、神武天皇によってなされたとされていますので、建国以前のことです。
これまで、いろいろな説が出てきました。
近畿地方、特に京都大学は「近畿説」を、そして九州大学は「九州説」をとっている、とよく言われています。
また、古事記と日本書紀という2つの重要な歴史書に、神武天皇がどのようにして近畿へ向かい、その地を治めるようになったのかが書かれているますので、その記述をほぼ正しいものとすれば、九州(宮崎・日向)から東遷した考えられ、この説は東京大学の先生方を中心に主張されています。
弥生時代から日本の建国の頃の話は、とても興味があります。
私の出身の北九州地区は、近畿で強大な大和朝廷が誕生する数十年以上前に、いくつもの小国家があったようです。
たぶん、小学校の時だったと思うのですが、友だちと学校の近くで土いじりをして遊んでいましたら、土器の破片が出てきました。「弥生式土器だ!」といって遊んでいたのですが、本物だったようで、しばらくして、「立ち入り禁止」となり、発掘の後、「・・・古墳公園」という名前が付いたように覚えています。
九州に邪馬台国があったとしても、大和王朝は明らかに近畿で誕生しています。
ただ、魏志倭人伝に書かれている卑弥呼の邪馬台国と、大和王朝とがつながりがあるのかどうかが、1つ大きなポイントとなっています。
近畿説は、当然、一貫性があり、近畿の邪馬台国と近畿の大和王朝とがつながていると考えています。
九州説の場合は、つながっているかどうかは不明です。あるいは、特に言及していません。
東遷説では、九州に邪馬台国があったのですが、移動して近畿に強大な大和王権へと発展していくとの考えです。
佐賀の吉野ケ里古墳の時代は、卑弥呼の時代に近かったので、邪馬台国発見か?というニュースになりました。
いずれにしても、九州にいくつも小国家のようなものがあったことは確かであり、それから数十年ないし百年くらいして、強大な王権が近畿に出現しているのようなのです。
しかも、不思議なことに九州と近畿とは大きな戦をしたようではないのです。そのことが、東遷説を支持しています。
日本の長い歴史の中のわずか数十年が不明なのです。
面白いですね!
ところで、福岡県と大分県の境にある山は「英彦山」(ひこさん)といって、江戸時代までは「彦山」(ひこさん)だったのですが、勅書により名前を変更させられた山があります。
霊峰とも言われるこの山の神社に伝わる話によると、そこで「日本で最初に収穫されたお米を奉納した」とされています。とても興味があって調べていきましたら、「ひこさん」の起源は「日子山」であり、「日」とは「太陽」であり、「天照大神」のことらしいのです。ですから、直訳をすると、「天照大神の子」を祭ったのが「英彦山」なのです(言い伝えとして)。
東遷説を主張されている先生の著書の中には、福岡県の地名10か所程度がそっくり、奈良付近の地名と対応することもまで示されています。そっくり、奈良へと移動しているのです。本当?
別の本で読んだのですが、「西」(にし)とは、「古」(いにしえ)を表わすとの説明がありました。
奈良で都が定まる直前まで、天皇が亡くなると、遷都が行われ、狂いもなく、ぴったりと同一緯度上を東へと移動していたそうなのです。もちろん、近畿での話ですし、これは、神武天皇より後のことです。
自分たちの過去は「古」(いにしえ)=「西」という言葉で残しつつ、東へ東へと都を移していったのでしょうか?
沖縄の人に確かめていないですが、沖縄の言葉で「にし」は北を指す、という話も聞きました。
それは、「北から来た」ということを残しているのでしょうか?
不思議ですね。
いずれにしましても、最近、また近畿で発見された大規模な古代都市の遺跡により、すでに邪馬台国の時代に、近畿に大きな都市国家または大和王朝があったのではないか、という説が有力になりつつあります。そこでもまた、「天照大神」=「卑弥呼」が、通説になりつつあるように思われます。
「奈良」(なら)という地名についても、その古地名は日本語オリジナルではなく、韓国語だという話があります。韓国語では、「国」という意味です。「韓国」(ハンナラ)の「ナラ」です。
「クニ」は日本語で、「ナラ」は韓国語。
いよいよ、不思議ですね。
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超入門.comがオープンしました!
2008 年 12 月 12 日
ノウハウなどのオンラインマニュアルを扱う専門サイト
「超入門.com」をオープンしました。
サイト関連情報は、追ってお伝えします。
日英で語順が逆でも構造が等価であること
2008 年 12 月 11 日
今から15年ほど前、かなりどっぷりと、日本語表現と英語表現の対応について研究をしていました。
まったく違うこともあるし、語順の違い程度のものもあります。
日英で表現がまったく異なっていて、意味的、または文脈的に対応するものとして、「がんばってください」が「Take it easy」と等価だというお話をしました。
しかし、一般論として、日英で、述部の語順が正反対のことがあります。
たとえば、「~させられたくなかった」という日本語の表現は、意味のある塊りにわけてみると、
「~させ られ たく なかっ た」
となります。こんなに分解したことがないでしょうから、意味不明でしょうけれども、もうちょっとお付き合いを。
これをそのまま、英語に対応付けてみると、
「~させ(Ved) られ(be) たく(want to) なかっ(not) た(did)」
のようになります。ここで、Vedとは動詞の過去分詞形のことです。
さて、英文の語順にすると
「(didた) (notなかっ) (want toたく) (beられ) (Ved~させ)」
となります。
手品のようです!鏡に写ったように、日本語とまったく逆さまです。
言葉は、客観的な事実を述べたり、それを否定したり、時制を与えたりしますが、そのような客観表現の外側に、その表現に対する発話者の評価をつけ、最後に、その陳述を伝える人への態度、または働きかけを添えます。
「~さん、昨日はひどい雨でしたねー、そちらは大丈夫でしたか?」
(呼びかけ(評価(客観表現)評価)呼びかけ)
のような構造です。
(呼びかけ=~さん、((客観表現=昨日はひどい雨でした)評価=よ)呼びかけ=ねー)
呼びかけの位置に、気持ちを出してしまうこともあります。
「えー、うそー! それはきっと・・・じゃないかなー、ねえ、~さん!」
どんなにあわてていても、つまったり、順番を間違うことはありますが、人は基本構造を間違えないのが不思議です。きっと、思考と伝達のために働く人間の言語中枢はすばらしいからでしょう。
このように、気持ちとか、働きかけのような、いわば主観的なものが外側なのです。
そして、知的あるいは客観的なものが内側です。これは、英語でも日本語でもいっしょです。
ところで、述部の語順が逆であっても、空間的・幾何学的には対称になっているようなものです。(でも、精神の構造は、外側=大脳新皮質=に客観があり、内側=旧皮質=に心・週刊があるように思いますよね。これは等価とは言えず表裏ではないでしょうか)
もちろん、語と語の構文的なつながり、形態的な変化があるため、まったく正反対というわけではないのですが、正反対ということがあっても、まったく同じあるいは等価と考えた方が、説明が容易になる、理論の見通しがよくなる場合がたくさんあります。
日本語と英語はまったく別の言語です。
アフリカの大地溝帯から人類がスタートしたとして、西のはずれと東のはずれの言語のようなものです。
でも、このような事象を知ると、言葉を作り出す心の営み、活動の共通性を感じてしまいませんか?
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ニールス・ボーア研究所と仁科芳雄博士
2008 年 12 月 10 日
2、3日前の朝日新聞に特集記事に大きく、これまでの日本のノーベル物理学賞受賞者の研究の系譜が書かれていました。
源(みなもと)は仁科芳雄博士(理化学研究所の創始者で日本理論物理学の父とされる)から、湯川秀樹、朝永信一郎の各博士、そして今回の受賞の先生方までの流れが説明されていました。
仁科芳雄先生は、東京帝国大学で電気を学び、ヨーロッパへ留学されていて、当時、量子力学の発見が相次いだ最中、まさにそのメッカであるニールス・ボーア研究所に滞在して研究をされていました。
この研究所の自由さには、かなり感銘を受けられ、日本に戻ってから財閥にかけあって資金を出してもらい、初めて、理化学研究所という基礎的な研究の組織を作られました。
仁科先生は、1931年(昭和6年)わずか1か月間京都大学で量子力学の講義をされたのですが、そのとき学んだ人たちが湯川さん、朝永さんたちです。この1か月の滞在がなかかったら、ひょっとして、日本の物理学は・・・と考えてしまいます。
このときのいきさつは、国立科学博物館の記事に書かれています。
仁科さんは、ニールス・ボーア研究所にいらっしゃったときには、すでに30歳を過ぎ、この分野では高齢(失礼?)でいらして、研究成果を得るのに、とてもプレッシャーがあったのではないか、と思われます(これ以降は私の大学時代に西岡先生からうかがった話です)。
ニールス・ボーア研究所は、いわば量子力学を確立した研究所です。20歳そこそこの若者たちが1年くらい滞在して、成果を出して、自分の国に帰っていく、すごいところでした。仁科さんは、電気といってもエレクトロニクスではなく、大電力の方を学ばれ、年齢も高くなっています。
でも、唯一の日本人として、朝から晩まで研究に格闘されました。
完全自由放任といってもいいかもしれませんが、ニールス・ボーアは本当に研究者を育てる天才のような方でした。
仁科さんはクラインという人と研究を行っていました。朝、研究所に来たときにクラインと顔を合わせて、帰る時に、計算結果を突き合わせる、ということを続けていたそうです。なかなか、二人の計算が合いませんが、ついに二人の計算がぴったり一致するときがきました。
これが、クライン・仁科の式というものです。
これで、仁科さんも日本へ帰ることができたのですが、日本にはこのような自由な研究所はありません。そこで、財閥に頼んで回って、ついに理化学研究所を設立できた、という経緯だったそうです。
その仁科先生ががっくり肩を落とし、英文雑誌の表紙(タイムだったか)を飾ったそうです。
それは、終戦により、日本が行っていた原子物理の実験施設を進駐軍が取り押さえ、核武装できないよう東京湾に沈めていたときのシーンなのです。
このような物理学者たちの裏話を、よく学生時代、西岡先生からうかがいました。
日本の物理学者だけでなく、交通事故にあい、(ソ連の)クレムリンからの連絡で一大脳外科チームが結成されモスクワへ送られることになったランダウ博士の話、女性をめぐる決闘の前日、友人に自分の理論(5次以上の方程式には解の公式は存在しないことを証明するなどの群論のもと)を手紙で書いて送ったが、その決闘のため20歳の若さで亡くなったガロアの話などきりがありません。
私が2年間の青年海外協力隊活動を終えたとき、アフリカからデンマーク経由で帰ることにしました。そのため、公用旅券を一般旅券にするためケニア・ナイロビの日本大使館へ立ち寄ることにしました。理由はもちろん、物理を学んだものとして、ぜひ、一度、ニールス・ボーア研究所を見てきたかったからです。
茶色い建物は、外観だけ眺めるだけでした。そのあたりでは何の変哲もない建物ですが、物理を学ぶ、学んだ者にとっては、自由の城」です。この感触は、お参りしたかった神社かお寺に来たようなものかも知れません。
このように、私たちは、物理も、歴史も、地理も、知ったり、見たり、触れたり、そして思いめぐらしたりできるのです。
今日は、ノーベル賞授賞式の日です。
あらためまして、南部陽一郎先生、益川敏英先生、小林誠先生、下村脩先生、おめでとうございます!!!!
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生命誕生の謎を日本の研究機関が発見か
2008 年 12 月 9 日
物質・材料研究機構と東北大学のグループが生命誕生の謎を実験で発見したとのニュースが、昨日ありました。
これまで、ミラーという米国人が、アンモニアやメタン、水蒸気という原始大気と当時思われた組成のもの(最近ではこのような組成ではなかったと考えられています)に放電を行ってアミノ酸など有機物の生成を示し(1952年)、このような化学反応が生命誕生の起源だったのではないか、とされてきました。
今回の実験で、最近わかってきた原始大気組成(二酸化炭素と窒素、水蒸気)のままでも、隕石の落下により、アミノ酸の一種のグリシンや、脂肪酸、アミンといった、生物の体を構成する基本分子などが生成されることが実験的に示されました。
NK細胞のニュースと並ぶ、画期的な科学的な発見だと思います。
実は、私の出身高校の1学年後輩にこの研究機構の研究センター長がいますので、「物質・材料研究機構」と聞いてびっくりしました。
すばらしい! おめでとうございます!
関連ページのリンク(YOMIURI ONLINE「生命の源・アミノ酸、隕石衝突で簡単に合成」)
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湯川秀樹博士が幼少のころ、正座をしておじい様から教えを受けた「論語」は、今から2500年以上前に、人々が書き記したものです。
「論語」とは、孔子が亡くなってから、「どう言った、どうだった」などと思い出しながら、弟子たちが激論の末にまとめたものだそうです。だから「論」「語」だそうです。
もちろん、孔子の教えも、論語もすばらしいのですが、実は、一番私が言いたいのは、少しポイントがずれたものです。
つまり、2500年前、すでに、このような教えとか考えを大切なものだと考えた人たちがいた、という事実なのです。
2500年前、仁とか礼とかの話をしてわかる弟子たち、人々がいたことが、考えるべきこと、学ぶべきことだと思っています。
孔子が出現したから「仁」という概念が出てきたのでしょうか? 孔子の教えを聞いたから「礼」が大切になったのでしょうか?
そんなことは決してないと思います。
書名は覚えていないのですが、太古の昔、日本がまだ日本でなかったころ(おそらく魏志倭人伝より古かったと思いますが)、日本のことを記述した中国の書籍があって、「日本人たちが、道端で、貴い人の周囲でしきりに拍手をしている」という記述がありました。とてもリアルに感じました。道端の日本人たちは貴い人へ感謝か感激を伝えていたのでしょう。非常にあたたかな交流の場を想像できます。
2500年前の日本はいつの時代でしょうか?
なんと、神武天皇より、天照大神(最近、「あまてらすおおみかみ」がヒミコのことだ、という説がかなり有力になりつつあります)よりも数百年も前のことです!
子供のころ、縄文土器や竪穴式住居などをみて、非常に未開な時代だったという印象をもっていましたが、ちょっと状況は違ったかも知れません。
何十万年も前のネアンデルタール人の骨が出てきたとき、その周囲に、大量の花粉が出てきて「これはたくさんの花で埋葬された後だ」との説明を聞いたときに、非常に強いショックを受けた覚えがあります。彼らの悲しみも死者への愛情も伝わってきました。
孔子に指摘されて「仁義礼智信」が生まれたわけではありません。周囲の人が初めて知ったわけではありません。その言葉を言われて理解できる、弟子たち、人たちがいたという事実が分かります。
ただ、よく分からなかったり、ちゃんと整理できていないから、このような教えを乞うわけです。知ろうとするということは、半分分かっていることであり、知りたいという欲求があるという証しです。
民主主義も、ギリシャ、ローマの時代からありました。
教会絶対の中世を経て、芸術などが復興しました。そして生命のエネルギー(本性)を表現することが容認されるようになりましたが、古代ローマ遺跡で最近見つかるすばらしい芸術作品をみるにつけ、なぜ、この時代のことをルネサンス(文芸復興)と呼んだのか分かりました。私には、ローマ時代とルネサンスとの区別すら、むずかしいぐらい、すばらしい作品群でした。
さて、私がアフリカにいたとき、アフリカの人々から、「礼」も「智」も「信」も感じました。
(日本人はほとんどしないですが)韓国の人であれば、人にものを渡すとき、必ず片手ではなく、もう一つの手を添えて渡すでしょう。マラウイの人も全く同じ仕草をします。
私がアフリカの職員室に一人でいたとき、「職員室の中に入ってよいでしょうか。実は、・・・先生からチョークを取りに行くように言われたので来ました」と説明にひざまずいて尋ねた少年たちは、このような行動をキリスト教で教えられたのでも、仏教で教えられたのでも、儒教で教えられたのでもありません。もちろん、親から教えられたのかも知れませんし、見て聞いて覚えたかも知れません。しかし、理解し、実践するための素地である「心」を持っていたことは確かです。
よく、敬いや思いやりは、何らかの思想とか教育とかが必要だとされていますが、本性として持っている部分がかなりあるように思います。生まれながら持っているのか、育つ中ではぐくまれるのか、おそらくその両方でしょう。この調和と繁栄のための基礎を持っているのです。少なくとも2500年以上前の中国ではそうでしたし、4大文明のような大きな社会システムがあったこと自体、思いやりや尊敬などの基盤があったことを示唆していないでしょうか。
たとえば「十戒」ができたため、初めて人を治める概念ができたわけでも、それを人々が知ったわけでもないでしょう。
メッセージは、受け取る側に、分かる素地、受け取るニーズ、気持がないことには、決して伝わりません。
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心の中心にある本能、欲について
2008 年 12 月 7 日
物事の源泉でありながら、悪者扱いされやすいものが「本能」あるいは「欲」といったものでしょう。これらを突き詰めて考えても、中々区別が難しいと感じています。やや広い意味合いで「本性」という言葉を使う場合もあります。
コマーシャル、販売、営業でも、購入者の欲を刺激します。
また、身勝手な反社会的な行為も、欲が原因であることも多々あるでしょう。
誰もが本質的に持っているものです。
「煩悩」だ「宿罪」だと、ほとんどすべての宗教で、非難される、あるいは持っていること自体を恥に、罪に思わせるところがあります。
世の中は本能、欲があるから問題なのでしょうか?
私はそうでないと思います。
地球温暖化の太陽と二酸化炭素のようなものではないか、と考えています。
中庸なりバランスが問題なのです。
生きるため、生き残るため、さまざまな力を受けて私たちはこの世界に誕生します。
大人に自分の存在、あるいは何らかの不快を伝えるため「オギャー」と泣くことも、備わった本能でしょう。
病気のため、あるいは周囲との関係に疲れ、強く心が傷ついたとき、コントロールがうまくできなかったり、弱くなったりします。
しかし、「仁」という徳と同じく、本能、欲こそが、生命として生まれ、育ち、協調して生き続けていくための源泉だと、私は思います。
欲を消した段階で、生命体としての存在は消えてしまうでしょう。
協調して生き続けていくための源泉だと申し上げましたが、競争原理に基礎を置くダーウィンとは異なり、今西錦司先生の棲み分け理論も、生命が社会性、協調性を本性として持っていることを示していないでしょうか?
宗教はそのほとんどが、死後の世界や神秘性を伝えます。人の弱さ、欲を持つことの過ちや恥を伝えることで、宗教の絶対的な強さと正しさを伝え、人の絶対的な弱さや罪を知らしめます。さらに、信じることにより、救われるというメッセージを伝えます。
私には、弱いものを脅しているように感じてしまいます。
宗教はもちろん、個人の精神的活動そして社会の精神的柱にもなってきました。数々の文化創造の源泉にもなってきた宗教をいちがいに否定する気はありません。しかし、宗教自体が持つ「絶対性」に基づいて宗教対立や宗教戦争を起こしていることも事実なのではないでしょうか?
私自身、儒教に興味を持ったのは、「欲」をどう定義し、どう扱っているか知りたかったのがきっかけでした。このことについては、追ってお伝えすることにします。
儒教は人間関係、社会関係についての提言を行う思想です。神秘性を否定していることも、あるいは孔子個人への礼賛も求めていないさまからも、絶対的な判断や行動を否定していること(中庸)からも、非常に興味を持つことになりました。
しかしながら、「儒教の考え方が最高だ」「孔子は聖人だ」とする「絶対性」の見方は、儒教の考えからすると誤っているのです。
また、今西錦司先生の棲み分け理論(私流に言いかければ「協調的生存本能理論」)の面白さも、お分かりいただけましたでしょうか。
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diggというランキングサイト
2008 年 12 月 6 日
インターネットはどのように使われますか?
はじめてのホームページを訪れるきっかけは、GoogleやYahoo!などの検索エンジンで探すことが大多数かも知れませんが、割と多く利用されているのが、下にクリックがある「人気ブログランキング」のようなランキングサイトです。
たとえば、昔から歌の番組などは、ヒットランキングで番組作りをしたりします。
デコメ絵文字などは、ランキングが高いものはいいものだろう、と人が集まります。
したがって、人が投稿し、そのランキングが付けられるような場合、自動的に大量にアクセスを集めるサイトが作れることになります。
YouTubeなどもそのような例です。
日本ではあまり知られていないのですが、「digg.com」というサイトがあります。
これは、ホームページのランキングサイトです。
アメリカのサイトなど、「digg.com」へ投票してもらうボタン「Digg it!」を付けていて、それを見て、いいなと思った人がクリック投票することで、このdigg.comのページが自動的に変わっていきます。
つまり、投票者がサイトを作っていくわけです。
もちろん、ブログのランキングサイトも同じ仕組みです。
下のクリックをすると、1票だけINという投票が投じられます。
逆に、ランキングサイトからこちらへやってくるとOUTという票が投じられます。
そして、INの数の多さで順位を決める、という仕組みになっています。
ランキングサイトという概念は非常にシンプルですが、マスの動向に大きく影響を与えるものですし、まだまだ、いろいろなランキングが出てくるのではないでしょうか。
ブログでもランキングサイトが山のようにあります。もし、ブログを開く場合、どのランキングサイトがいいのでしょうか?
一番簡単なのは、アクセスの高いランキングサイトを探す方法でしょう。
ミシュランにしても、ランキングです。ギネスにしてもランキングです。オリンピックもランキングです。
ランキングには非常に強い、人をひきつける力がありますね!
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2つのお知らせ
2008 年 12 月 5 日
ページ構成を少々変更しました。
1.ブログロールにリンクが追加されました。
いつもご訪問、コメントをいただいている oisiisio さん(SALTY-SALTYさんの別名)のブログ「明日の風」が開始されました。そちらへリンクをしています。どうぞ、ご訪問、コメントをお願いします。
2.無料ダウンロードページを作りました。
まず、「仕事の心がけABC」のPDF(テキスト)とMP3(音声での解説)を置いています。関連サイトにも置く予定ですが、このサイトのビジターの方は、どうぞこちらをご利用ください。ダウンロードは無料で自由ですが、もし他の人へ伝える、送る場合は、出典:株式会社ベータラボとお知らせください。
儒教の五常と呼ばれる「仁義礼智信」について、戦国の武将、伊達政宗がコメントを与えた壁書(へきしょ:家法のようなもので壁に掲げたもの)をご紹介します。
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。
じっくり読むと、「あ、そうか」とも思われますし、「ちょっと待って!これは儒教への批判?」ともとれるでしょう。私は、この両面を狙ったのではないかと思っています。中庸の大切さを伝えているというのが一般的な考え方ですが、私はつい、
過ぎれば弱くなるようなものは、本当に「仁」だろうか
過ぎれば硬くなるようなものは、本当に「義」だろうか
へつらうようなものは、本当に「礼」だろうか
嘘をつくものは、本当に「智」だろうか
損をすることになるのは、本当に「信」だろうか
と思ってしまいます。しかしおそらく、そのような反応を起こさせることすら、私は伊達政宗の流儀のような気がします。また、「仁義礼智信」を絶対的にみようとする、自分の心に対して伝えられる「警鐘」にも感じられます。
彼は、文武両方、そして戦略に秀でた人です。熟慮しないこと、テキトーがいいといっているのではないと考えたいと思っています。(しかし、テキトーを推奨する響きすらも感じませんか?)
きっと「仁義礼智信」について、よくわからない、考えてこなかった人に対しては、伊達政宗の壁書により、「仁義礼智信」の概念はは非常にわかりやすくなるかも知れません。また、行動するより考えることが好きな人には、この言葉が行動せよとの促しになるかも知れません。その意味で、いろいろな効果をねらった表現だと考えることができるのではないでしょうか。
もし、勉強している時、誰かから
「勉強ばっかりしてると頭が固くなるぞ!」
と言われたとして、どのように受け止めたらいいのか、どう反応したらいいのか、とっさには迷ってしまいますね。
「バランス!バランス!」という伊達政宗の声が聞こえるようです。
中庸は、いつも意識していたいと思います。
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二酸化炭素は地球温暖化の原因?
2008 年 12 月 4 日
さまざまな大きな問題が出てきています。
まずは経済危機。アメリカのサブプライムローン問題から広がりを見せています。アメリカ、そして欧州はかなりのショックが走っています。あんなに調子が良かったトヨタですら大変な状況のようです。
次は環境危機。地球温暖化は着々と進んでいます。本当にCO2など温室効果ガス削減は進むのでしょうか。
さらに健康危機。日本はエイズ感染が1万人を突破しました。最初の患者が出たころは大騒ぎしていながら、1万人でも驚かない時代になったことに驚きます。鳥インフルエンザのパンデミックがいつ来るのか、ときどきテレビでもレポートが始まりました。
すべてK(Keizai, Kankyo, Kenko)です。日本語でも英語でもKの音は非常に強く、心に突き刺さる力があります。
さて、表題「二酸化炭素は地球温暖化の原因?」について、何が言いたかったか申し上げたいと思います。
確かに空気中に二酸化炭素量(パーセンテージ)をはじめ温室効果ガスの量が多くなったため、大気の保温効果が高まり、気温が高くなることにより、気候や生態系へ悪い変化を引き起こしているようです。
でも、何が地球温暖化の原因かと問い詰めると、エネルギーを供給する太陽が一番の原因と言えます。
当然のことながら、太陽がなければ地球は暑くなりません。
太陽は悪者でしょうか?
答えはおそらく、大多数の方が「いいえ」でしょう。
生命をはぐくむエネルギーを与えているからです。
二酸化炭素は、たとえば、エコキュートと言われる給湯器の冷媒として、大気の熱を吸収する働きがあります。大気の熱をエコキュート内の冷媒である二酸化炭素が吸収するため、少ない電気でお湯を作ることができるのです。その結果、お湯をつくるエネルギーを少なくすることで、電気エネルギーを作るために発生させていた二酸化炭素の排出を少なくすることができるのです。
もし、日本の全家庭でエコキュートを使うようにできれば、京都議定書の日本の目標もクリアできるくらいだとまで言われています。
太陽も二酸化炭素も、メリットに働くこともデメリットに働くこともできます。
普通、私たちはメリットとデメリットを正作用、副作用のように異なる2つの作用のように定義したり、考えたりする習慣があります。ある意味、西欧の合理主義的な見方だと私は考えています。二分法、あるいはYesの反対はかならずNoになるような考え方です。
たとえば、上の二酸化炭素の熱吸収(保温)作用は、エコキュートでの機能も、大気の保温効果も、まったく同じ機能なのです。まさに、人間にとって正作用も副作用も両方とも同じ原因(機能)からきているものなのです。
東洋的なとらえ方と、西洋的な合理主義とを合わせて適用すると、このように非常に難しいことを検討しなければならなくなります。きっと頭が混乱されたかと思います。
申し上げたかったのは、単純に二酸化炭素を悪者のように決め込むことなく、このような保温効果を活かして、地球温暖化にブレーキをかける叡智を結集できたらいいということです。
夢のような話に聞こえるかもしれませんが、緑化など自然の力を使うのが一番だと思います。
サミットやオリンピックなどに莫大な資金を使うくらいなら、インターナショナルなプロジェクトを興し、アスワンダム、アスワンハイダムの建設のときのような大型プロジェクトとして、砂漠緑化のようなことに取り組めるような時代にならないかと思います。
その場所で、各民族の文化を紹介したり、青少年が交流したり、4年に一度くらいスポーツ大会をやるのも、とてもいいのではないでしょうか。
大変な時期であるからこそ、グローバルに協力して問題に取り組み、いっしょに解決をしていくという方向性、文化をなんとか根付かせたいと思います。
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シクラメンとパンジーのステージです
2008 年 12 月 3 日
孔子は君主から臣下に対して「礼」を心がけるようにと、また臣下から君主に対して「忠」を心がけるようにと言われました。また、周知のことですが、とくに親など尊敬すべき親族などへの「孝」を心がけるようにも言われています。
もちろん、論語の中で一番大切な概念は「仁」です。「仁」とは何か、「仁」を持った人とはどういう人か、どう心がけるべきかが中心課題だとしてもいいと思います。また、「徳」という概念がありますが、「仁」も「徳」のひとつとされ、さまざまレベルの心の格のようなものをそう呼んでいるように感じます。
これら、「仁」「礼」「忠」「孝」の違いはなんでしょうか?
あるいは、共通点はあるのでしょうか?
ここで考えられたと思います。定義をやってみようとしませんでしたか?
見たこともない、触ったこともない概念について、いろいろと思いをめぐらしたり、定義を試みたり、例をあげて考えたりできることは、とてもすばらしいことです。
私は、一般的な西欧の見方とは異なり、人以外の動物にも感情があると思っています。「笑顔」は人間だけのものだ、と言われていますが、動物を飼った人は動物たちが喜んでいるさまを知っていることでしょう。体の動きを見れば明らかです。また、きっとみずみずしく元気な、うれしそうな植物のさまも感じることができるでしょう。
ただし、おそらく人以外の生き物は、「仁」「礼」「忠」「孝」の違いを考えたりはしないと思います。
なぜ、私たちはこのような能力を持ったのでしょうか。
理由はどうであれ、せっかくこのような能力を持ったのですから、生きている間、抽象思考能力を存分に活用したいと思います。
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フレームワーク力
2008 年 12 月 2 日
今、ベストセラー作家であり売れっ子の勝間和代さん(経済評論家・公認会計士)の「効率が10倍アップする新・知的生産術」(ダイヤモンド社)にも出てくる話です。
彼女が「勝間流1%の本質を見分ける6つの技術」の第1番目にあるのが “「フレームワーク力」をつける” です。
これは、「7つの習慣」とか「3つの法則」のように、箇条書きになるようなポイントを整理して、説明する、すなわち「枠組み=フレームワーク」を作る方法です。
私たちは普段、「フレームワーク」と意識せずに、このよなうものを多く使っていないでしょうか。
できれば、フレームワークは、頭文字をそろえてCCCとか、ABCとか、こじつけてでも覚えやすくしたほうがいいです。
仕事の心がけABCも、実は、かなりごちゃごちゃした仕事をしていたときに、(私が部下への説明のために)必死に整理したものです。
Aはアクティブということで、ある意味メンタルなものです。
本当は夢とか希望とか、そういうものにしたかったのですが、説明しずらいので「能動姿勢」にしています。でも、一番大切なものは、モーティベーションであり、それがなければ物も人もお金も動かないと想像できます。
一方、仕事をするときには、ちゃんと管理することが大切です。しかし、下手をすると、管理ばかりに目がいってしまい、肝心のマインドが欠如したり、非効率になってしまいます。でも、管理はビジネスの観点ではとても大切なものです。
そして、これら2つの安定剤として、3番目のコミュニケーションが重要になってきます。
実はこれに類似する話は、以前のブログでも書いたのですが、読まれた方は気付かれているのではないでしょうか。
「失敗する3つの要因」
- ゴールイメージが不明確
- チェックが不十分
- 伝達が不十分
の話をしました。また、そこでさらに「成功へ導く3大要因」として
- しっかりとゴールイメージを描き、さまざまな場面を想定すること・・・Conceive
- 各ステップや状況を適宜点検しその対処をすること・・・Check
- 必要な情報を関係者で共有しタイムリーに情報伝達を行うこと・・・Communicate
の話もしましたが、実は、「仕事の心がけABC」と本質的に同じことを述べているのです。
- Active(能動的であれ)
- Business(ビジネスとして行動する)
- Clearly(明瞭なコミュニケ―ション)
夢や希望がない「能動的な動き」というものがあったら、それは非常に危険でしょう。したがって、上のAでは暗黙に有意義な夢や希望があることを前提としています。
Businessのパートには、目標管理もありますが、これは基本的に「管理」について述べています。管理によって最低限の成果を保証しようとします。
また、夢・希望のようなマインド、あるいは能動性と異なる軸で管理(これはコツコツと、きっちりとつぶしていく作業です。ですから先ほどの直感的なマインドとは別の尺度です)を定義しましたが、もう一つ、観点の異なるコミュニケーションという軸を定めることで、このフレームワークの座りをよくしています。つまり、抽象・具象(または詳細化)と、さらにその相互関係のようなものを置くことで安定性、完結性の響きを作ってみるわけです。
このような3つの上流(上部)のフレームワークができたら、こんどはそれぞれを分解し、具体的に説明していきます。このような手法はトップダウン(上から下へ、抽象から具象へと進む)と呼ばれています。
このように、思いつきに見えるフレームワークにも、作り方に方法論があります。でも、万人が納得し、しっくりくるものはなかなか得られないのが現実でしょう。
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花壇に並べられるのを待っている花たち
2008 年 12 月 1 日
先週末、雨があがった直後の新宿中央公園に、ちょうど花壇に並べられる前の花たちがいました。
きれいでしたのでご紹介します。

出演前のダンサーたちみたいでしょ?
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