仁、礼、忠、孝
2008 年 12 月 3 日
孔子は君主から臣下に対して「礼」を心がけるようにと、また臣下から君主に対して「忠」を心がけるようにと言われました。また、周知のことですが、とくに親など尊敬すべき親族などへの「孝」を心がけるようにも言われています。
もちろん、論語の中で一番大切な概念は「仁」です。「仁」とは何か、「仁」を持った人とはどういう人か、どう心がけるべきかが中心課題だとしてもいいと思います。また、「徳」という概念がありますが、「仁」も「徳」のひとつとされ、さまざまレベルの心の格のようなものをそう呼んでいるように感じます。
これら、「仁」「礼」「忠」「孝」の違いはなんでしょうか?
あるいは、共通点はあるのでしょうか?
ここで考えられたと思います。定義をやってみようとしませんでしたか?
見たこともない、触ったこともない概念について、いろいろと思いをめぐらしたり、定義を試みたり、例をあげて考えたりできることは、とてもすばらしいことです。
私は、一般的な西欧の見方とは異なり、人以外の動物にも感情があると思っています。「笑顔」は人間だけのものだ、と言われていますが、動物を飼った人は動物たちが喜んでいるさまを知っていることでしょう。体の動きを見れば明らかです。また、きっとみずみずしく元気な、うれしそうな植物のさまも感じることができるでしょう。
ただし、おそらく人以外の生き物は、「仁」「礼」「忠」「孝」の違いを考えたりはしないと思います。
なぜ、私たちはこのような能力を持ったのでしょうか。
理由はどうであれ、せっかくこのような能力を持ったのですから、生きている間、抽象思考能力を存分に活用したいと思います。
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12 月 3rd, 2008 at 11:01 AM
「理由はどうであれ、せっかくこのような能力を持ったのですから、生きている間、抽象思考能力を存分に活用したいと思います。」
本当ですね。
子どものころ、「概念」という言葉の意味がわからなくて、調べました。やっとわかってその言葉を使えるようになったとき、ずいぶんと大人になったような気がしま
した。
西洋の概念で日本にない言葉が日本に入ってきたとき、
日本人はたくさんの抽象的な言葉を漢字にしたのですよね。大変だったと思います。
これは「わかりにくい言葉」も存在を認められて市民権を得ている例ですね。