儒教の五常と呼ばれる「仁義礼智信」について、戦国の武将、伊達政宗がコメントを与えた壁書(へきしょ:家法のようなもので壁に掲げたもの)をご紹介します。

仁に過ぎれば弱くなる。

義に過ぎれば固くなる。

礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。

智に過ぎれば嘘をつく。

信に過ぎれば損をする。

じっくり読むと、「あ、そうか」とも思われますし、「ちょっと待って!これは儒教への批判?」ともとれるでしょう。私は、この両面を狙ったのではないかと思っています。中庸の大切さを伝えているというのが一般的な考え方ですが、私はつい、

過ぎれば弱くなるようなものは、本当に「仁」だろうか

過ぎれば硬くなるようなものは、本当に「義」だろうか

へつらうようなものは、本当に「礼」だろうか

嘘をつくものは、本当に「智」だろうか

損をすることになるのは、本当に「信」だろうか

と思ってしまいます。しかしおそらく、そのような反応を起こさせることすら、私は伊達政宗の流儀のような気がします。また、「仁義礼智信」を絶対的にみようとする、自分の心に対して伝えられる「警鐘」にも感じられます。

彼は、文武両方、そして戦略に秀でた人です。熟慮しないこと、テキトーがいいといっているのではないと考えたいと思っています。(しかし、テキトーを推奨する響きすらも感じませんか?)

きっと「仁義礼智信」について、よくわからない、考えてこなかった人に対しては、伊達政宗の壁書により、「仁義礼智信」の概念はは非常にわかりやすくなるかも知れません。また、行動するより考えることが好きな人には、この言葉が行動せよとの促しになるかも知れません。その意味で、いろいろな効果をねらった表現だと考えることができるのではないでしょうか。

もし、勉強している時、誰かから

「勉強ばっかりしてると頭が固くなるぞ!」

と言われたとして、どのように受け止めたらいいのか、どう反応したらいいのか、とっさには迷ってしまいますね。

「バランス!バランス!」という伊達政宗の声が聞こえるようです。

中庸は、いつも意識していたいと思います。

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One Response to “伊達政宗の壁書(へきしょ)”

  1. SALTY-SALTY Says:

    先日の「中庸」についての記事で胃が痛くなっておりましたので、今日のこの記事にほっとしています。

    本来、アバウトな性格なので
    突き詰めたことや厳密さなどを過度に要求されると
    すぐに胃潰瘍になりそうです。

    ちょっと安心!!
    いいかげんでよいということではないにしろ
    考えるより先に行動していたり、
    考えすぎて行動できなくなったりする
    私としては、
    生きやすくなる壁書だとわかりました。

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