日本の古代史に関して多くを著わしている安本美典氏の「大和朝廷の起源」(副題:邪馬台国の東遷と神武東征伝承、勉誠出版)の内容をご紹介します。

この本では、地名、文献中の言葉や登場人物などの統計分析など数学を駆使して仮説の検証を行っています。

特に、記紀(古事記、日本書紀)に登場する人物や、場所、物語の検証を行ったり、中国の古文書に記述がある日本の地名と日本の地名との関連性を数値化するなどの方法(数理文献学)により、天皇の在位年数の仮説を立てながら矛盾あるいは相違との比較検討を行い、また、諸学説とも比較検討されています。その科学的態度と真実に迫る迫力に、何度もうなりました。

ここでは、そのエッセンスだけお伝えします。もし、ご興味がある方は、実際に、読まれてみるのがいいと思います。

・邪馬台国は北九州に存在した

・卑弥呼は天照大神(あまてらすおおみかみ)と同一人物だろう

・天照大神の子孫である神武天皇の東遷時期は3世紀の末頃

・記紀の東遷記述、天皇系譜も大筋で事実(神話性が少ない)

・北九州と大和の地名との一致も東遷の証拠である

・近畿の銅鐸文化は、北九州の銅剣文化とも、記紀古伝承と無縁

地点 (1) 福岡県 (2) 奈良県
A 三輪町 大三輪町(三輪山)
B 朝倉町 朝倉
C 鷹取町 高取山(高取町)
D 星野 吉野町
E 浮羽町 音羽町
F 杷木町 榛原町
G 鳥屋山 鳥見山
H 山田市 山田(上山田)
I 田川市 田原*
J 笠置山 笠置山(笠置町)
K 御笠 三笠山
L 御井町(三井郡) 三井*
M 小田* 織田
N 池田 池田*
O 夜須町 大和

*:地図中で位置がプロットできていない地名
※平成の大合併で市町村名などの変更があります。

著書中の安本氏による補足説明と地図へのリンク

(1) 福岡県夜須町の南の三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図
(2) 大和の南の大三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図

安本氏は、地名の合致の度合いを相関係数の一種である相伴指標によって計測し、『魏志倭人伝』の地名と九州地方の地名との相伴指標を0.31、さらに『魏志倭人伝』の地名と近畿地方(畿内)との相伴指標を0.10と得て、このことも、『魏志倭人伝』の記述が大和ではなく北九州についてなされていた可能が高いことを示しています。

上の、福岡県内の地名と奈良県内の地名との対応も非常に興味をひかれましたので、地図上にプロットしてみました。

それぞれ、上記の「地図」をクリックすると表示されます。

このプロットはあくまで、私の作業です。いくつかプロットできていないところがあることをご容赦ください(注:リンクで示す地図の縮尺は、福岡県のものと、奈良県のものとは全く同一です)。

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One Response to “邪馬台国はどこにあったか(2)”

  1. SALTY-SALTY Says:

    なんと懐かしい地名がたくさんです。
    福岡県も奈良県も。。。
    私が遷都したわけでもないのに、そんな気になりました。ですが、ソバシマさんは、何事も本当に突き詰めて
    (追究)行く方なのですね。すばらしい。。。
    そのエネルギーの半分でいいから、たくさんの人に分けてほしいものです。地図は、びっくりです。そういう技術(地図へのリンク)もなるほど。。。ソバシマさんですね。。。

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