地名が消えるのは残念です。
2008 年 12 月 18 日
平成の大合併で、古い市町村の名前が統合されたり、新しい名前が付けられたりすることは、ある意味、仕方ない面もあるでしょう。
でも、古くからある名前を無くすのは、とても残念なことです。
もちろん、古いものだけがいい、とは言い切れませんし、「はてしない物語」の中の話のように、ずっと名前を付けられ続けて、命を保つようなこともあるかも知れません。
前の記事でご紹介した安本氏の著書によると、古地名は、ざっと1000年で90%、2000年で80%も残っているとのことでした。
地名に限らず、言葉も残したい文化のひとつです。
日本の文化の特徴は、新しいもの、外からのものも、違和感なく、積極的に取り入れていくことです。柔軟性は世界トップだと思います。
カタカナ語が氾濫するのも、ある意味、少しでも意味の範囲が違うと、これまでのものではなく、新しいものを取り入れるという、日本人の新しいもの好きで寛容の文化の表れではないかと思います。
一神教文化同士の衝突と比べれば、生き残りのため、また、頑健な価値観創造のため、それはいいことだと思います。
しかし、残せるものは残したいとは誰もが思うことではないでしょうか。
たとえば学校の名前。
私の住んでいる周囲を見渡すと、東京都立第○高等学校、□市立第○小学校(○は数字)と、数字で表しているものがたくさんあります。開拓地だったため、古地名がない可能性もありますが、きっと地名があったのでしょうがそれは使わず、長く大切にしたい施設・組織を一律、数字で命名するようなことを、とても残念に思います。
言葉を考えたり調べていくと、いくつもの仮説を立てたくなってしまいます。
たとえば、「ひと」という「人」を表わす言葉は、「ひ」と「と」からなっているのではないか、とか。
もちろん、ちゃんと調べればかなり学術的な内容を知ることはできるでしょう。でも、自分なりに、仮説を立てて、仮説の正当性を検証してみること、それから、それは仮説であると認識することなどが、科学的な態度であり、持ち続けることにより、ある程度たまって、ドカンと成果が得られたりします(仮説を仮説でなく思い込んでしまうと、これは科学ではなくなってしまいます)。
「ひ」は、日本語で「1」を表わします。であれば、「と」が単体で「人」を表わすのではないか、と考えるのです。つまり、「ひと」は一人(person)を表わしているのではないかと推察します。
すると、たとえば「やまと」は「やま」+「と」であり、「山の人」というオリジナルな意味があったのではないかとの仮説を立てたりできるわけです。
そんなことを考えを持っていると、「ともだち」という言葉に突き当たったりします。すると、この「と」も、やっぱり人のことを意味しているのではないか、などと考えることもできます。
私たちが使う日本語には、大量の漢語が入ってきていますので、「和語」かどうかを感じることも大切です。
ところで、コンピュータで日本語を解析していて、不思議なことにぶつかります。
文を細かく区切っていくのですが(これを形態素解析と言います)、日本語の言葉の破片は、魚介類と同じものがたくさん出てきます。
「考えたことがなかった」=「考え」「たこ」「と」「が」・・・
このように、「たこ」とか「いか」とか「たい」がわんさと出てきて、びっくりします。
さすが、海洋国家ですね!
カタカナ語は極力抑え、できるだけ旧来の日本語で話そう、というような話もよく聞きますが、私は、極力、和語だけで話してみるととても面白いと思います。
たしか、和語だけで日記をつけられていた方がいらっしゃったような気がします。
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12 月 18th, 2008 at 11:38 AM
おそらくソバシマさんの頭の中は、現実の世界よりも
ものすごく広くて容量が大きいのでしょうね!
そうでないとそんなことを深く考えたりはしません。
地名が消えていくことはとっても残念だということには
心から同意できます。
自分が卒業した小学校や中学校が統合されたり、ダムの底になったりしてなくなることを考えてみるといたたまれなくなります。幸いにも私が出た学校は全部存在していますので嬉しく思います。
移転したりして、学校の名前が変わることも残念ですよね。平成の大合併で漢字ではなくひらがなで都市名を表すことも何だか違和感があります。
団地の名前などもそうですね。○○団地・○○台など新興住宅地につけられる名前は、よく似ています。歴史が寸断される様な気になるものですね。
高校の地理の先生に受験の地理でなく、学校所在地のあたりの歴史のお話をずっとしてくださった先生がおられました。私の知る限り、その先生の授業で得た知識は、試験には一問も出題されなかった記憶があります。でも、自分が住んでいる地域にまつわるお話やその地域の歴史を知るということは、本当に大切なことだと思います。自分の住んでいる土地の歴史を大切にできると他の土地の歴史やそこに住んでいる人のことも大切にできるように思います。