2013年度から、高校の英語は、英語で授業をすることになったようです。大変いいことだと思います。

大変になるのはどちらかと言うと英語教師の方で、生徒は早く慣れていくのではないでしょうか。

私も英語で授業をすることになったとき、わりと得意で好きな教科でもありましたが、それでもとても大変でした。

中学・高校・大学と10年間も学んできていながら、また、物理を専門で学んでいながら、基本的な図形について、たとえば四角形(quadrilateral)とか対頂角(vertical angle)といった用語をまったくと言ってよいほど知らずに過ごしてきていました。

会話をする、買い物をするなどの生活のための英語ではなく、中高生に授業をしなければならなかったので、適当は許されません。

もちろん、知らない単語は覚えるしかありません。

明治時代以来、教養として外国語を学ぶ方式が定着してきましたので、日本では、辞書を引きながら高度な論評や随筆などを読んだりしているのに、基本的な単語や基本的な言い回しを知らないまま、あるいは話せないまま、大学は卒業できてしまいます。

人と対面して話をするのでなく、単語を多く覚えたり、文法問題を多く解いておいて、紙に書かれた問題を解ければ、試験で高い得点が得られますので、日本では「英語ができる」と評価されます。

英語が公用語の途上国で育った人たちとは、まったく違います。アメリカの大学でも同様です。

本や新聞が読め、資料を調べ、レポートを作成し、プレゼンテーションができて、相手に納得させる力が求められます。早さと量と正確さと内容を求めるのです。

次は簡単な言い回しの問題です。

「高度1000メートルを飛んでいる飛行機」

という表現は英語で何と言うでしょうか。

an airplane flying at a height of 1,000 meters

が答えです。

私たち日本人にとってむずかしいのは、

「高さ」を「at a height of」のように表現するということです。aをつけることを知らなかったり、atという前置詞になることが分からないこともあるでしょう。

また、話していてついうっかりしてしまうのが、

「1000メートル」をちゃんと「One thousand meters」と複数形で言うことです。

また、発音は「メーターズ」ではなく「ミーターズ」です。

(私の場合)英語で話していて、名詞の単複や、動詞の時制(現在・過去・完了)がすごく気になります。

気になりすぎて、力みすぎて

<誤>Did you went there?
(行きましたか?)

のように言ってしまったこともありました(頭の中で「過去形!」「過去形!」と強く思っていたからです)。

たとえば、時制については、主部の動詞と述部の節の中の動詞も一致させなければなりません。

<正>I thought that he would come.(彼は来ると思った)

<誤>I thought that he will come.(同)

このような、日本語にない語法的な制約(一致:agreementといいます)は意識していないと、すぐにくずれてしまいます。くずれたまましゃべるスキルを身につけていく人がいますが、できるだけ気をつけたいものです。(発音だけでなく、文法がブロークンとなるのです)

言葉はもちろんコミュニケーション、伝達の手段でありますが、私は、論理や思考の道具としての側面もすごくあるように思われます。

日本語のように、目上の人かどうか、自分はどのような態度にするか、などにより語尾の口調、言葉づかいがかなり変わってくる言語は、使っていてとても疲れることがあります。

仕事、とくに人間関係に疲れているときなど、英語で話すのは日本語を話すのの数分の一程度の負荷に感じることもありました。

もちろん、日本語には、むずかしい漢字があり、小学校の高学年以上になると、覚えさせるのにとても大変ですが、きっと私たちもかなり苦労して言葉を覚えたはずです。

ですから、そのころ海外で過ごせたらいいだろう、などと思いがちですけれども、海外にいて、あまり漢字や社会科を学ばずに帰国すると、日本のレベルとは大きな開きができているのではないでしょうか。

結論的に言うと、どっちも大変だと思います。

私は日本へ戻ってきて、1週間くらいまで、英語で夢を見ていました。でも、それ以来一度も見なくなりました。

私の周囲にいた人は皆英語を話していたので、夢に登場している友人とも英語で話さざるを得なかったからです。

もちろん、英語はネイティブではないので、慣れてくるまでに時間がかかりますが、ある程度慣れてきたら不思議なことがよく起こりました。

英語で話している相手に日本語で話してしまうのです。

「あ、そう。よかったね」とか。

言われた人はもちろん、びっくり!

意識して英語を話しているときは、そんなことは起こりません。

頭の中はどうなっているのでしょうか。不思議なことです。

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One Response to “英語の授業を英語ですること”

  1. SALTY-SALTY Says:

    英語でお話ができるというのはいいですね!
    私は英語はスピーキングが苦手でした。でも受験の英語は本当に得意でした。

    日本語でいうと1人称は、「わたし・わたくし・あたし・あたい・ぼく・おれ・おい・てまえ・・・」などたくさんありますが、英語はIだけですんでしまうというのは、大きな驚きでした。2人称のYOUについても同じです。なんて合理的な言語なんだ!!すごい!!こんな合理的な言葉を考え出す英語圏の人はどんな人たちなのだろうか!というのが、中学校で初めて英語に接した私の感想です。自分が使っている日本語のほうがずっと難しい言語だなんて!!日本人の方が感情の幅が広くて言い表す言葉も多いような気がしていました。(実際はどうだかわかりません。)

    高校のとき、カナダ人の先生に英会話を習ったことがあります。食卓でモノを渡すときに、Here you are.というのは、日本語で「どうぞ。」という意味だということ、お箸のことをchopsticksと複数形でいうことなど
    新鮮な驚きがありました。そんなことは覚えているのですね。でも、このカナダ人の先生に英会話を教わったのはほんの数時間だけでしたので、

    I studied English, but I didn’t learn it.

    という結果に終わりました。

    益川先生が、英語のことで近頃よくTVに出ておられますが、きっと「英語がしゃべれるともっと世界が広がっただろう!!」ということに異論はないでしょう。

    高校の授業がすべて英語で行われる。。。ちょっと遅すぎのような気がしないでもありません。生活のすべてを英語で行うようになると英語はすぐに身につく。。。とはよく言われてきたことですから。。

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