「まじっすか」
2009 年 2 月 26 日
今朝、会社へ向かって足早に歩いていて聞こえた人声。
「まじっすか」
ビジネススーツを着た若者が、もう一人の若者(おそらく会社の先輩)に話した言葉です。
年齢の高い人たちには、話し言葉として納得できない向きも多いでしょう。
しかし、若者同士の会話としては決してブロークンでないことをお伝えしたいと思ってこの記事を書いています。
常識的には、目上の人にこのような言葉づかいはよくないということは、若者もわかっているはずです。
しかし、日本語のむずかしいところは、あまりかたくるしく話したくない間柄がある、ということです。
「そうなんですか」
というと、ちょっと堅苦しくなるから、「まじっすか」になったのだと考えられます。
とくに、東京の言葉の場合、硬い敬語かブロークンな俗語か、二択になってしまうことが多くて悩ましいシーンがあります。
(これが、日本語の一番難しいところです。英語では「I」と「you」だけ!動詞や助動詞を使い分ける必要がないのですごく楽です)
その点、近畿の言葉の場合、やわかい尊敬(・・・してはる、とか)があると、表現にバリエーションが出るのでとても便利です。博多弁の「・・・しとらす」もこれにすごく似ていますが、東京弁・標準語にはそのような表現がないのです。
さて、じつはこの記事で書きたかったのは、もう一つあります。
それは、日本語の「す」についてです。
日本語は重要な言葉を最後にもってくる言語です。
・・・が・・・を・・・しなかった
のように、一番最後に過去を表わす「た」、否定を表わす「ない」そして、「する」があります(末尾から文頭へ)。
対話では、「です」「ます」をつけますが、「です」は「であります」が略されていると考えられます。
この最後の「す」はもともと現代語の「する」と同じ「す」です。
ここで、ちょっと分析的に言葉をみてみましょう。この私のブログの記事、最初からここまで、ほとんど終わりは「す」です。
まだ、日本語がよくわからない人にとっては、対話している日本人は
・・・す
・・・す
・・・す
・・・か
・・・う
・・・す
・・・す
という具合に、「す」の連発、オンパレードです。
たとえば、私はほとんど韓国語を知りませんが、
・・・か
・・・よ
・・・だ
などのように、(文法だけでなく)日本語と非常に似た末尾の助詞が並んでいることに気がづきます。
私たち日本人は韓国語を聞いただけではほとんど意味がわかりませんが、言語学者によると、同一言語の方言程度の違いだ、という方もいらっしゃるくらいです。
さて、日本語の文末の「す」。何も分からない外国人が聞いたなら、「す」が文末(ピリオド)を表わすのではないか、という仮説を立てる人も出てくるかもしれません。
「です」はたいてい英語の「be」に相当し、「ます」は「do」に相当することが多いので、それをさらに分解した末尾の「す」は、英語の「be」も「do」も包含した事象を表わす概念、または伝達を表わすものではないかと考えられます。
たとえば「まじっすか」。
これは、「まじ」「です」「か」を短く言ったものです。
「です」の「で」が「っ」になっても、「す」は消えません。
日本語がどんどんブロークンになっている、という方もいらっしゃいますが、私流に言いますと、少なくとも二千年くらいは、骨格は壊されていないのではないかと思います。きっと、もっと古いのだと思います。
すごく強力な語だと思いませんか?
さて、この「ませんか?」の中に「す」があります。どこでしょうか?
はい。
「ます」「えん(ぬ)」「か」
をつないで話しているだけですから、「せ」の中にいました!
見つけましたね!
こんなことを考えていると日本語もとても楽しいですよ。
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クリティカルエイジと英語脳
2009 年 2 月 25 日
ドクター苫米地によると、動物の器官はそれぞれ遺伝的に決まっている、機能が成長してとまる年齢というものがあって、脳の言語機能については、8歳から13歳だそうです。
これは、小学生高学年くらいまで海外で過ごした人たちはバイリンガルになっても、大人になってから海外留学した日本人がバイリンガルになるのが難しいことを意味しています。
生物の進化と密接な関係がある、このクリティカルエイジというものは、環境に対する最適化を行い、それを維持するようにした仕組みだそうです。そのため、8歳から13歳までに自身の脳が定めた言語を、自分の言語として固定してしまうのだそうです。
では、クリティカルエイジを克服して新しい言語を身につけることはできないのでしょうか?
ご存じの通り、10歳くらいまでに学んだ方法で学べたらいいのですが、苦労を伴うことはありますが、不可能ではありません。
ドクター苫米地は、「新たな言語機能を脳に作ればいい」との意見をお持ちで、彼はそれを「英語脳」と呼び、この言葉は広く使われるようになりました。
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日本人の英語学習法の何が問題だったのか?
2009 年 2 月 19 日
時間をかけたのになぜ、英語が話せない?
日本人はなぜ、何年も英語を学んでも、聞いたり話したりすることが苦手なのでしょうか?
原因として指摘されているものには諸説あります。
「学校の授業が文法や英文解釈中心だから」ということ、つまり「オーラル(ヒアリングとスピーキング)のウエートが低いことが原因」という意見を多く聞きます。それは事実ですし、解決の鍵がそこにあることは確かです。
では、ウエートを逆転すれば話せるようになるのでしょうか? 重きをヒアリングとスピーキングの時間にかければスラスラ話せるようになるのでしょうか?
あるいはまた、考え方が異なる別の意見として、「日本人ははずかしがりやだから」とか、「正しさを求める完璧主義だからなかなか話さない、だから話せない」という意見もあります。それも原因の一端を伝えています。
名詞の単複や動詞の時制など、文法的なことは無視して、ブロークンで話せる人の方が、間違いを気にして話せない人より外国人とコミュニケ―トできることも事実です。そして、軽く言葉が出る人の方が、口が重い人より早く言葉を習得していきます。
しかし、よくしゃべっているのと、うまく伝わっているのは違うことです。
外国人の日本語を聞くときに、分かりやすい人と分かりにくい人がいませんか? 多少のなまりや癖はあっても、聞きとりやすい日本語を話す外国人と、何を言っているのか分からない外国人の日本語がありますよね?
「私のブロークンはよく伝わる」と自慢する人もいますが、実は、聞く方が「外国人」を気遣ってくれて、意識を集中してエネルギーを費やして聞いてくれていることを知っておかなければなりません。
ですから、学ぶときに間違いを恐れないことは大切ですが、国民性が問題で話せないというのは、ポイントがずれていないでしょうか。
日本にいて、英語をしっかり身につけられた方の多くは、長文(文字)を読み、辞書を引き、日本語と英語とを行ったり来たりして、大変な労力、ストレスを脳にかけて勉強されてきています。さらに、英字新聞や英文雑誌を読んだり、映画を観賞したりと、膨大なエネルギーを注いで取り組み、身につけられたことでしょう。そのような方には、本当に頭が下がります。
言葉は、簡単に身に付けられないことは事実ですが、ある程度時間をかければ誰でも身に付けられるのも事実です。つまり、英米人、オーストラリア、ニュージーランド人たちは育ちながら英語を学んだのであって、母国語環境であれば多大な苦労をせずに英語を操ることができるようになる、ということです。もちろん、逆の言い方をすれば、英語を母国語とする人たちは、誰もが完璧で高度な英語を読み書きできているわけではない、ことも真実です。
ここで問題としていることは、私たち日本人が中学校、高校、大学と、かけた時間や労力ほど言語理解と伝達能力が身についていないという事実です。
この、即応できる言語能力を得られていないことが一番問題なのです。
たとえば、端的に言いますと、「非常に平易に話されているオバマ大統領の演説の英語を聞いてわかり、その程度の英語を話せるレベル程度まで、どのようにすればできるか」という問題です。シェークスピアレベルの英語を味わったり表現力を付けようとしているのではなく、普段の会話やスピーチ程度の語学力をどうつけるか、ということです。
これまでの英語学習の中で、スキル習得に役立たなかったり、逆に阻害しているものはなかったのでしょうか?
言葉を音ではなく文字(記号)として扱ってきたことの問題点
漢文手法で中国語を読んで理解してきたように、英語も同じように扱ってきました。日本人にとっては、文字を見て声を出す、あるいは、声を出しているときに文字を見る、というようにしてきていないでしょうか? 英文を声を出して読み、人が読んでいるときに文字を見る、ということです。
ちょうど携帯に依存する人が携帯の画面に釘付けのように、授業中、英文字に依存して発音を聞いたり、英文字を見ながら発音したりしていることです。「顔を見て話そうよ!」とテキストを置いて授業ができていない、という問題を述べているのです。
それこそ、「文字を離れて話すと文法ミスをしそうで心配だ」という方がいらっしゃるかも知れません。このことは、先に指摘した性格の問題にも関わりますが、たとえば、自転車に乗れるようになりたいときに、補助輪は必要ですが、ずっと補助輪を付けつづけても乗れるようになりません。辞書や文字にぴったりくっついていたら、逆にこぎ出すこと、離陸が難しくなるのです。
また、日本の教育課程では、テストで「英文を訳せ」「和文を訳せ」「文法の誤りは何か」「正しいものはどれか」といった問いに答えられること、つまり、設問に答えられるようになることがあたかも教育の目的のような結果を生む仕組みになっています。
すると学ぶ側の心理としては、言葉を習得したいという長期目標は持っていたとしても、得点を取るという短期目標に負けて、訳すテクニックを身につけることになります。
そうです。漢文式の「音声認識」ならぬ「文字(記号)認識」です。それを日本語での思考を使って行うのが最も速く効率的なやり方です。文法問題も、はたまた、発音問題までもパターン化して覚えようとします。教師の側も正当数や正当率で「英語」の力を測っていると思っていますが、実は、「英語」に関わるパターン蓄積と正解解答能力を計測しているだけなのです。
このように、記号、文字に対する反応能力を要請しているわけですから、音に対する能力はなかなか育てられていないのです。実は、このような教育の問題は、英語だけでなく、すべての教科、すべての学問についても言えることなのですが、ここでは、話は広げないことにします。
私たちはこのように、日本語を使って授業を受け、文字を見て理解しようとし、問題を解こうとすることを長年続けていきます。外に出たとき、補助輪(文字)が外されます。それを頼りに学んできたのに、それをはずされたらたまったものではありません。
このような苦労を何年やっても話せるようにはならないのは非常にもったいない、残念なことではないでしょうか?
しかし、海外(英語圏)に身を置き、自由に話せるようになった方々は現在、非常に多くいらっしゃいます。どこが日本での学習と違ったのでしょうか?
当然、日本語がない環境であることが一番大きなポイントです。つまり、日本語を思い浮かべる間を持てない状態にいることです。
辞書をよく引いたから言葉を学んだのでしょうか? そういう方もいらっしゃるかも知れませんが、たいていはその逆だと考えます。音を聞き判断しなければならない状態になっている、ということです。日本語や英単語が入り込まない状態に置かれている、ということが最大の要因でしょう。
もっと自然な学び方がありそうです。そうです。赤ちゃんの言葉の習得方法からおのずと、答えが分かるのではないでしょうか。
理想は赤ちゃんの言語習得
赤ちゃんが言葉を学ぶときに、文字が必要だったでしょうか? 早く字を覚えてほしいとして、話す都度文字を見せることをやっていたらどうなるでしょうか? そのようなことをやり続けたいと思いますか? やるべきだとお考えですか?
ひょっとして、あやまった言葉づかいを習得しないよう、幼年期あるいは学童期に、辞書を引くことをさせ続けるとどのようになるでしょうか? 実際にそのような小学校があることをご存じの方もいらっしゃるでしょうが、私は賛成しません。辞書依存症に育ててしまうことは、誰しもが想像できることです。山のような付箋をつけた辞書を持ち歩く子供たちから、辞書という「補助輪」を取り上げるときのことを考えると、私は心が痛んでしまいます。
私たち日本人が英語という教科を学ぶにあたり、文字に依存した学習を行ってきたことがお分かりいただけたでしょうか? また、母国語でない外国語を学ばせるときには、どれだけ不自然な方法を行っているかおわかりいただけいただけたでしょうか?
では、母国語でない言葉を学ぶには、わかるようになるまで、ただ聞き続けさえすればいいのでしょうか?
理解でき、話せるようになるまで、わからない言葉を聞き続けることが唯一の学習方法でしょうか?
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スライドというプレゼン方法
2009 年 2 月 16 日
パワーポイントを使ったプレゼンは、ビジネス分野でも、また、学界でも最もポピュラーなデンタツの方法です。
アメリカでは、大学・大学院の講義もパワーポイントを使うのが一般化しているようです。
この方式のいいところは、解説という音声に、スライドという準動画を備えたものである点です。
動画のほうが、まさっているのではないか、と思われがちなので、この記事を作成してみました。
確かに動画は魅力的です。総合芸術である映画はまさに動画(もちろん音声付)です。
しかし、ちゃんとした動画を作るためには、かなりの労力、コスト、そして人的なリソースを要します。
言い方を変えると、ちゃんと労力、コスト、人的リソースをかけないといい品質のものはできない、という特徴をもったメディアである、ということです。
いま、まさに私が書いているブログのようなメディアはそれとは反対に、労力、コスト、人的リソースをかけなくてそこそこのものを生産することができます。IT時代のすぐれものだと言えます。
利用していながら、ほとんど意識されていないかたも多いと思いますが、ブログの特徴は、次のようなものです。
1.CMSであること
コンテンツ・マネージメント・システムといって、記事内容さえ登録すれば、自動的にHTMLを生成する、というシステムです。汎用のCMSもぞくぞくと出てきていますが、なかなか一般にははやりません。それは、深くなればなるだけ、機能が増え、直感的に操作することが難しくなるからです。
その点、ブログは、非常に簡単なCMSであり、更新、変更、コメント、そしてトラックバックなどをかけることが可能です。
言い変えると、コラボレーションが可能なメディアである、ということです。
2.RSS配信できる
変更内容をXMLという書式でサーバサイドに置いておくだけで、フィードと呼ばれる更新データを保持し、それを外部の登録した人・パソコンから更新内容のチェックを受ける、という仕組みで最新情報を知りたい人に届けることができます。
3.PINGで通知できる
PINGサーバと呼ばれる、ブログなどの変更情報を保持するところに対して、ブログを更新したときに、「更新しました」という通知を行います。RSS(フィード)の登録は、一般の人が行うものですが、PINGは専門のサーバです。特にランキングサイトのようなところが、このPINGを受けることで、更新されたことをタイムリーに把握するようになっています。
このように、ブログは非常に優れたメディアではありますが、最高のデンタツ力をもっているか、というと多少の難点があります。
書物と同じく、読む側の読む意思と力が必要だからです。
更新したこと、更新内容を通知することはできるものの、読む側、見る側が楽に情報をゲットするまでには至りません。
そこで期待されるのが、動画やスライドプレゼンまたはスライドショーの役割です。
いずれも、扱うデータ量が大きいため、なかなか普及していないのが現状です。
これまで、写真などの画像データすら、遠慮がちにWebに掲載したものでした。しかし、動画やスライドショーになると、10倍あるいは100倍程度のデータ量になってしまいます。
これは、自然に動いているように見せるため、テレビと同じ多くの画像(=フレーム)を表示するためです。11秒間に数十枚の絵を見せているのです。
YouTubeの流行りのように、動画の地位は次第に高くなってくるでしょう。
しかし、先ほど述べたように、動画の制作には多大なコストがかかるため、市場にながれる動画は何らかのコピーでない限り、おそらく、さほど質の高くないものになるのは、ある意味いたしかたない面もあります。
そこで、注目されるのがスライドショー(スライドプレゼン)方式です。
企業内で、企業間で、研究室内で、学術発表の場で、行われるスライドプレゼンは、実は、紙芝居と同じです。絵本の読み聞かせと同じです。
これは、根源的に人を引き付ける力があると思います。
もちろん、上手にスライドプレゼンできる人、できない人の差はありますが、内容さえ魅力的で、読み人の気持ちが入っていれば、魅力あるプレゼンが可能です。
そして、ないよりも、個人または少人数で作成することができるのです。
自動プレゼン(=スライドショー)であっても、絵を作る、ナレーションを入れる、必要により音楽などのBGMを入れる、といったことは、実はたった一人でもできます。
動画は無理です。
画像だけをとってみても、映写する人、照明を適切にする人、1カメだけであれば迫力に欠けます。複数台のカメラにすると、カメラマンだけでなくスイッチャー、映像ディレクターが必要になります。音を収録する人、ミキシングする人、編集する人・・・。
どうしても、コスト、手間、人的リソースを要してしまうのです。
しかも、しっかりしたディレクターや演出家がいないことには、すばらしい作品を作り上げることなどほぼ不可能です。
IT、インターネットの時代とは、コストや労力を押さえながら、いいものが流通する時代だと思います。
その点で、スライドプレゼンの時代が来るのではないか、と私は考えているのです。
駆け出しのミュージシャンたちにとって、プロモーションビデオは高嶺の花です。
しかし、録音といくつかの写真を合わせればプロモーションスライドは簡単に作れるのです。
会社の紹介、商品の紹介、求人、地域の紹介、タレント(人材)の紹介、などなど、コストを極力抑えながら、アピール力あるプレゼンができるのがスライドショーです。さらに、学習教材でも、スライドショーが威力を発揮することになります。
膨大なコストをかけて動画を作成することができない人々、会社が増えながらも、宣伝・広告・PRのニーズは高いままなのです。
私は現在、「ききまね英語」のスライドショーを作成しているのですが、この教材に限らず、私の作成した無料・有料のレポートはすべてスライドプレゼン方式のレポートとなっていることにお気づきになられたことだと思います。
そうです。すべて絵本化しているわけです。
これが、読む側、見る側が一番楽で、情報提供する側としてもコスト最小、効果最大に提供できるメディアだと思っているのです。
近い将来、スライドプレゼンのスキルを競って人々が集うようなサイトを作りたいと考えています。
そのサイトができるまでは、いくつも、ある程度の品質のスライドショーを作っていきたいと考えています。
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「ききまね」で育てる英語脳
2009 年 2 月 5 日
1つ前の記事でも基本的なオーラルの英語力をつける方法についてご説明しました。
同様の意見を言われている方も多くいます。
代表的な方は、「英語は逆から学べ!」の苫米地秀人(とまべち・ひでと)さんです。
ドクター苫米地は、私と同年の生まれですが、実は、私は入れ違いで彼と同じ研究所にいました(私が彼の使っていた机を使ったので覚えています)。彼は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、学会などでいっしょだったこともあります。
脳機能学者・計算言語学者で、エール大学、カーネギーメロン大学(博士)、徳島大学、ジャストシステムの研究所長などを務め、オウム真理教信者の脱洗脳や国松長官狙撃犯の記憶回復を手掛けたりと、本当にいろいろなことに関わり、また、脳機能や学習法などでベストセラー、ミリオンセラーを売りまくる彼が提唱したのが、「文字を見ない」英語脳の育て方です。
実にそのとおりだと思います。
ドクター苫米地は、「ホームドラマなどを聞き流せ」と言っていますが、基礎の基礎部分は、最初は難しいのではないかと思います。
そこで、英語脳の基礎部分を育てるための教材を作ってみようか、と考えました。
現在進行中のプロジェクトを少し早いのですが予告編として公開することにします。
キーワードは「ききまね」「ききまね英語」です。
専用のサイト(http://kikimane.com)を立ち上げる予定です。
今回の記事は、その12カ条からなるキャッチコピーです。
【1】ききまね英語は、聞いて真似するだけの簡単な方法ですが、野球がうまくなるために、キャッチボールや素振りをするようなものです。基礎練習せずにすばらしいプレイをする選手がいるでしょうか?
【2】言葉は音です。日本語も英語も音です。自然な英語を繰り返し聞くことで、着実に英語脳を成長させます。
【3】ききまね英語は、聞いて真似するだけですから、聞くことと、真似することに集中できます。状況、雰囲気、発音やアクセントの違いに気をつけて聞きましょう。
【4】ききまね英語は、長年英語を学んでも話せない主原因の「文字依存症」から脱却させ、英語脳をしっかりと育てることが目的です。
【5】音に集中することで、音声認識の精度を上げ、英語脳の成長を促進できます。
【6】音がしっかりと英語脳に定着するまでは、文字、単語、英文は読まないようにしましょう。読むのは、たっぷりききまねした後です。もちろん、洋画の英語字幕も控えましょう。
【7】スペルを覚えるのは、ちゃんとききまねできるようになってからで遅くありません。正しいスペルを書けなくても、英語圏で難なく話して生活している人もいます。
【8】基礎単語1000語くらいは、しっかりききまねしましょう。日常会話の半分以上はカバーします。
【9】間違うことを恐れる必要はありません。ききまね練習が足りないことを心配しましょう。とくに、英語だけで過ごす時間を持てない人は、自分のプライベートで、ききまね時間を作りましょう。
【10】正しく聞き取れていなくても、正しく発声できていなくても、数をこなせば、自然に正確さが増していきます。味見するように、耳をしっかり澄まして聞き分けてみてください。違いがわかれば、今度は真似してみましょう。
【11】ヒアリングは鑑賞です。スピーキングは演奏です。ききまねは、一人で自転車を運転できるようになるように、補助輪付きで走っているようなものです。この、鑑賞と演奏の基礎練習のおかげで、まもなく自分の言葉が口をついて出てくるでしょう。
【12】あれだけ複雑な自転車の運転も、やっているうちに、考えずにできるようになります。英語も考えずに口をついてでてくるまでは、音、アクセント、スピード、ポーズすべてを吸収しながら何度も真似しましょう。できてから、スペルも覚えましょうか。書けた方がいいですから。
具体的なトピックと内容など完全にフィックスしたわけではありませんが、お試し版と初級版を早急にリリースする準備を進めようと思います。
生徒たちだけでなく、中学や高校の英語の先生方にも役に立てばいいと思います。
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高校英語授業への期待・心配・対策(1)
2009 年 2 月 2 日
2013年から高校の英語の授業が「基本的に英語でされる」ようになる話は、以前お伝えしました。
私はこのプランに大賛成です。
きっと困難や問題は発生するでしょう。けれども、きっと改善努力はなされるでしょうし、それは決して無駄にはならないと思います。そして、多少なりともグローバルな時代の人材育成にプラスになると思います。
それどころか、これまで暗記や穴埋めにかけてきた時間が多少なりとも、思考や伝達の力を高めるために活かされるのではないかと、心から楽しみにしています。
もちろん、心配に思うものもたくさんあります。
ここでは、期待、心配、そしてその対処案も考えていきたいと思います。
【期待1】 英語は書かれた英文を読むものだ、という慣例の打破
私は「書かれた英文を読む」という学習法への偏りにより、本来「人の顔を見て話す」というスキルを育てるのに失敗している、と考えています。
先生が読む、生徒が読む、自分が読む。その間はテキストの字面を目で追いかける。
・・・ これが日本の学校での一般的な英語の接し方です。
音を聞くのは決して問題ではありません。問題は、音を聞いている間、文字を目で追いかけていることです。
その習慣化により、聞いた音を頭で吸収する前に、文字との対応ずけをする思考回路を作り上げていることが問題だと思っています。
発話する人の顔を見ながら、この単語かな、あの単語かな? と考えながら聞く習慣を全く身につけないのです。
本来、言葉は音でしかありません。
記録のために文字というものが発明され、利用されているだけです。相手を見ながら音を聞いて頭で理解する、のが基本です。
スペルを頭で考えている時間はありません。これは別の技術です。この、大人の技術は次の段階で利用するものだと思います。
この基本をやらず、音声・文字対応作業をやってきたため、英語を音として聞き取ることも、音として表現することも、なかなかうまくできないようになってしまったのだと思います。
非常に変わった英語教育を日本では行っていないでしょうか?
「いや、私は、文字を見て、手で書いて、声で出す作業をしてきた」
といわれる方もいるでしょう。たしかに学習効果が高い方法ではあります。
でも、私に言わせていただくと、言葉の習得という本来的な順番は、まったく逆です!
「音を聞いて、音を言ってみて、文字を見せてもらい、文字を書いてみる」
これが言葉を学ぶ自然な流れです。
なぜ、逆の流れをやるのかと言えば、合理性、効率の理由からです。
手渡された教科書や学習資料をもとに、自分で学べるようにすることを求める「日本的合理主義」(要は教える手間を少なくする技術)です。
穴埋め問題をするのも、採点を楽にするためです。
もちろん、漢文として中国語を日本語に置き換える伝統も、このような方式が根付かせた原因だとも思います。
「漢文」の先生は中国語の先生でしょうか?
同様に、これまで教えられてきたのは「英語」ではなく「英文」だったのではないでしょうか?
英語の先生ではなく、「漢文」の先生のように「英文」の先生。
先生も生徒も話せなくて当然なのです。文字として学んでいるのであり、対応付けに終始し、言葉、音として学んでいないからです。
文字と音との関連付け作業をやりすぎたため、英語能力が非常に偏り、音の認識力が極端に低下させているのです。
そのような教育を何十年も行ってきたわけです。
【心配1】 高校では、英語授業がわからない人を増やすのではないか
高校に入って急に英語での授業になったとき、「先生が何を言っているのか分からない」という事態が生じる可能性があります。
とくに中学時代に英語を聞く、真似る時間をしっかりかけていないと、このような事態になってしまうでしょう。
まず、中学英語を変えなければなりません!
【対策1】 中学時代にしっかり聞く、真似る時間を
もちろん、最初の最初のころ(中学1年の1学期?)は、音を重視していたはずです。
意味も分からずに、「リピート・アフター・ミー」と言われて、文字もろくすっぽ見ずに後をつけていた頃は、誰もが英語は楽しい教科だったでしょう。
ものまねするだけでいいのですから、楽しかったはずです。
とことん楽しむべきです。とことん真似するべきです。
この楽しさを少なくとも千単語くらい覚えるまでは持続させるべきだと思います。
・・・
同時通訳を目指す人が最初に徹底して行う訓練は何だと思いますか?
ひたすら、聞こえる英語を(多少の時間的な遅れは生じさせながらも)後をつけて発声するのです。
英語と日本語の同時通訳をするために、英語を聞いて同じ英語を話す練習をするのです。
これは、リピートともパロット(オウム返し)とも言いますが、この鍛錬をとにかく続けます。
そして、少しずつ英語の発声を遅らせてきます。(これは脳にためる練習です)
この練習を続けていくことで、最終的には、聞こえた音を日本語表現へと移すことができるようになるのです。
基本は聞くこと、次に真似することです。
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