2013年から高校の英語の授業が「基本的に英語でされる」ようになる話は、以前お伝えしました。

私はこのプランに大賛成です。

きっと困難や問題は発生するでしょう。けれども、きっと改善努力はなされるでしょうし、それは決して無駄にはならないと思います。そして、多少なりともグローバルな時代の人材育成にプラスになると思います。

それどころか、これまで暗記や穴埋めにかけてきた時間が多少なりとも、思考や伝達の力を高めるために活かされるのではないかと、心から楽しみにしています。

もちろん、心配に思うものもたくさんあります。

ここでは、期待、心配、そしてその対処案も考えていきたいと思います。

【期待1】 英語は書かれた英文を読むものだ、という慣例の打破

私は「書かれた英文を読む」という学習法への偏りにより、本来「人の顔を見て話す」というスキルを育てるのに失敗している、と考えています。

先生が読む、生徒が読む、自分が読む。その間はテキストの字面を目で追いかける。

・・・ これが日本の学校での一般的な英語の接し方です。

音を聞くのは決して問題ではありません。問題は、音を聞いている間、文字を目で追いかけていることです。

その習慣化により、聞いた音を頭で吸収する前に、文字との対応ずけをする思考回路を作り上げていることが問題だと思っています。

発話する人の顔を見ながら、この単語かな、あの単語かな? と考えながら聞く習慣を全く身につけないのです。

本来、言葉は音でしかありません。

記録のために文字というものが発明され、利用されているだけです。相手を見ながら音を聞いて頭で理解する、のが基本です。

スペルを頭で考えている時間はありません。これは別の技術です。この、大人の技術は次の段階で利用するものだと思います。

この基本をやらず、音声・文字対応作業をやってきたため、英語を音として聞き取ることも、音として表現することも、なかなかうまくできないようになってしまったのだと思います。

非常に変わった英語教育を日本では行っていないでしょうか?

「いや、私は、文字を見て、手で書いて、声で出す作業をしてきた」

といわれる方もいるでしょう。たしかに学習効果が高い方法ではあります。

でも、私に言わせていただくと、言葉の習得という本来的な順番は、まったく逆です!

「音を聞いて、音を言ってみて、文字を見せてもらい、文字を書いてみる」

これが言葉を学ぶ自然な流れです。

なぜ、逆の流れをやるのかと言えば、合理性、効率の理由からです。

手渡された教科書や学習資料をもとに、自分で学べるようにすることを求める「日本的合理主義」(要は教える手間を少なくする技術)です。

穴埋め問題をするのも、採点を楽にするためです。

もちろん、漢文として中国語を日本語に置き換える伝統も、このような方式が根付かせた原因だとも思います。

「漢文」の先生は中国語の先生でしょうか?

同様に、これまで教えられてきたのは「英語」ではなく「英文」だったのではないでしょうか?

英語の先生ではなく、「漢文」の先生のように「英文」の先生。

先生も生徒も話せなくて当然なのです。文字として学んでいるのであり、対応付けに終始し、言葉、音として学んでいないからです。

文字と音との関連付け作業をやりすぎたため、英語能力が非常に偏り、音の認識力が極端に低下させているのです。

そのような教育を何十年も行ってきたわけです。

【心配1】 高校では、英語授業がわからない人を増やすのではないか

高校に入って急に英語での授業になったとき、「先生が何を言っているのか分からない」という事態が生じる可能性があります。

とくに中学時代に英語を聞く、真似る時間をしっかりかけていないと、このような事態になってしまうでしょう。

まず、中学英語を変えなければなりません!

【対策1】 中学時代にしっかり聞く、真似る時間を

もちろん、最初の最初のころ(中学1年の1学期?)は、音を重視していたはずです。

意味も分からずに、「リピート・アフター・ミー」と言われて、文字もろくすっぽ見ずに後をつけていた頃は、誰もが英語は楽しい教科だったでしょう。

ものまねするだけでいいのですから、楽しかったはずです。

とことん楽しむべきです。とことん真似するべきです。

この楽しさを少なくとも千単語くらい覚えるまでは持続させるべきだと思います。

・・・

同時通訳を目指す人が最初に徹底して行う訓練は何だと思いますか?

ひたすら、聞こえる英語を(多少の時間的な遅れは生じさせながらも)後をつけて発声するのです。

英語と日本語の同時通訳をするために、英語を聞いて同じ英語を話す練習をするのです。

これは、リピートともパロット(オウム返し)とも言いますが、この鍛錬をとにかく続けます。

そして、少しずつ英語の発声を遅らせてきます。(これは脳にためる練習です)

この練習を続けていくことで、最終的には、聞こえた音を日本語表現へと移すことができるようになるのです。

基本は聞くこと、次に真似することです。

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One Response to “高校英語授業への期待・心配・対策(1)”

  1. SALTY-SALTY Says:

    日本では、長く英語を習っても全く話せない私のような人も多いと思いますので、授業そのものを英語で行うという耳から入る英語と言うものに期待します。

    私でも高校卒業の頃はわずかに話すことが出来ていたように思います。しかし、英語のリズムに乗れないと自分で思っていましたので、英語のみのリズムの中に身を置く時間が増えるとそれだけでも英語が話せるということに近づくような気がしますね。

    言葉って生きていてリズムがあって、文になったものでは伝えられないニュアンスが話し言葉には絶対にありますね。それは、日本語でも同じでしょう。。先に音があって、話し言葉があって、そのあとに文字だの文だのという書き言葉になるのが普通ですね。
    おっしゃるとおりだと思います。

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