平均律と純正調
2009 年 3 月 13 日
バッハの「平均律ピアノ曲集」というものがあります。
その言葉でしか一般に知られたり使われることがない「平均律」とは、(「ハ調」から「ヘ調」へなどの)移調ができ、あるいは異なった楽器をどう組み合わせても合奏ができるように、音程を調整した、ユニバーサルな「音階」のことです。
日本には「ロツレチリ・・・」の陰・陽音階がありますが、西洋の音楽では、実は「平均律」とは異なり、「純正調」と呼ばれる音階があります。
この「純正調」は、完全な和音を生み出す音階ですから、一番美しく聞こえます。
たとえば、教会の聖歌隊がアカペラ(無伴奏)で歌うようなときは、楽器がないので平均律で歌う必要はありません。
ですから、完全な和音を作ればいい(純正調で合唱すればいい)わけです。
逆の言い方をすると、平均律の場合は、和音の響きが「ほんの少しだけ不完全である」ということになります(ちょっとだけハモっていない)。
自慢になってしまうかもしれませんが、私は合唱団の指揮者をしていたので、この音の違いもわかりますし、純正調の「ド・ミ・ソ」と平均律の「ド・ミ・ソ」の違いを歌い分けることもできます(純正調のミは音が少し高いです)。
たいていの人には、この微妙な違いはわかりにくいところですし、無視できる程度とも言えますが、この「平均律」を作り、導入したヨハン・セバスチャン・バッハは、今後の音楽界にとって決定的な発明を行ったと言えるでしょう。
これは、科学上の発見や発明ではありませんが、私は、たとえば「ニュートンの万有引力の法則」の発見などに匹敵する偉大な出来事だったと思います。
科学の発見や発明などの背景には、非常に美しい理論や原理が描かれるので、私たちはそれらに魅了されますが、ここでは、「純正調は完璧で平均律は不完全」という、一面的な見方(極論)をすべきでないと思います。
ところで、以前、ここの記事でも書いたと思うのですが、ニュートンが万有引力を発見したころは、イギリスでもペストが大流行の時代でした。
学校(ケンブリッジ大学)も閉鎖され、自宅待機だったようですが、暇をもてあまし、ぼんやり庭を眺めていて、りんごの木からリンゴが落ちるのを見て発見できた、とされています。
おそらく、これは実話ではなく、ニュートン流のジョーク(「ひまだったからですよ」というメッセージ)だと思っています。
いずれにしても、「真理」と感じさせる理論の美しさから、私たち科学を学ぶものは、万有引力のように引き付けられ、感動を受けます。
アインシュタインにしても、徹底して思考実験を行い、真理に近づきました。
突き詰めれば突き詰めるだけ、本質があぶりだされ、複雑に扱われていたものが、単純化されていきます。たとえば1つの方程式がこれまでわかっていた2つの方程式を表わし得たりするのです(実際、アインシュタインの2つの方程式がマックスウェルの4つの方程式を表します)。
一般に、科学の分野では、価値の高いもの、理論だとか原理などは、よりピュアなものである場合が多く、シンプルになります。
クォーク理論の論文はわずか2ページで書かれています。もちろん、論文ですから、本論以外の部分も含まれていて、たった2ページなわけです。社会科学系の研究者からすると信じられないことだと思います。
湯川秀樹博士の中間子理論にしても、私が計算しても、わずか4行程度の表現で、原子核内の世界を説明します。
このようなもの、たとえば理論物理に触れていると、雑然とした日常や世界とは異なって、見事に統合された世界や原理があるのではないか、と考えさせられ、美術的な感性に刺激を受けてしまいます。
さて、お話を戻したいと思います。
科学的な大発見などは、このようにピュア、そしてシンプルであるという特質があるのが普通ですが、それとはある意味対極にあるようなもの、つまり対称性の破れや不完全性、あるいは妥協などについて扱うものもあり、これもまた、とても大切ではないかと最近思うようになりました(社会の中での「中庸」もまた、同じです)。
「平均律」は完全に現実的な妥協です。しかし、非常に美しい妥協です。
この平均律のおかげで、さまざまなアンサンブルやオーケストラなどの器楽音楽が発達しました。
ジャズやロック、ポップもすべて「平均律」の恩恵を受けているとも言えます。
当然、「平均律」が最終形である、という保証はありません。
たとえばコンピュータを使った演奏の場合、楽器の制約がないので、楽器のための音階制約すらはずせるからです。
「非平均律」の方向に進むかどうかは不明ですが、このバッハの平均律の威力は、コンピュータによる演奏が出現するまで、何百年かは絶大だったといえますし、大きな影響を与えてくれました。
このように、私たちに役立つもの(ご利益?)を与えてくれるものこそが、たたえるべき偉大な発見、発明、そして業績だと言えるでしょう。
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3 月 14th, 2009 at 8:32 PM
ソバシマワールド絶好調という感じですね!
人間は、頭の中にものを考えるための容量のようなものがあって、それは子どもの頃から自分で少しずつ大きくしていっているように思うのですが、たぶん、ソバシマさまの容量と私の容量とは比較するにも値しないぐらいの差があるのでしょうね。
息子に楽器を何か教えたかったのですが、できませんでした。
ある日、リビングからピアノの音が聴こえるので、それも2台のピアノの連弾が聴こえるので、なぜだろうかと思っていましたら、息子がPCで演奏している「2台のピアノのためのソナタ」という曲でした。
楽譜をいれて楽器を指定するとその楽譜どおりに演奏してくれるソフトをダウンロードしていたのです。そうやってたくさんの曲を演奏?していました。
息子は、ピアノを習っているお友達とも話がよく合います。よく楽譜を借りてきては、PCに入れて演奏しています。
平均律そのものを私も息子も知りませんでしたが、
バッハという方がそういう方だったのか。。。と感心しました。
この記事はたぶん領域が広すぎるので、ソバシマさまレベルの方でないとわかりにくいと思います。
でも、大変勉強になりました。
世の中には、こういうことを楽しんでおられる方も
ちゃんと存在している。。。と
不況でよい話題が少ないからとても新鮮です!