「完璧なまでに自由」の強さ
2009 年 3 月 30 日
筑波の科学万博で展示されたトマトの話をご存じでしょうか?
水耕栽培で、たった1株のトマトから1万2000個の果実を実らせた話です。
どのようにしてそんなすごいことができたのでしょうか?
それは、徹底してトマトの立場になり、何が成長、そして果実を実らせることを阻害しているかを探し出して、それを排除することで得られた成功なのです。
「しっかり土に根を張って」と私たちがいつも言うように、自然界では「太陽」と並び「土」こそが一番大切なもののように言われます。土は植物を育てる必須の要素だと思われています。
しかし、決してそうではないそうなのです。
実は、多くのバクテリアを含む土こそが、植物の成長を制約する一番の要因であることが分かったそうです。
植物たちは日々、土の中のバクテリアと戦い、疲れ果てているそうなのです。
だから、水耕栽培にし、たゆまず栄養溶液が流れる中でトマトをスクスク育てたら、たった1株から1万2000個の果実を実らせることに成功したのです。
この話をして下さったのは、私が勤めていた研究所群(複数の研究所の集まり)の中の1つの会社の社長でした。
「私の仕事は、皆さん(研究員)のじゃまをしないこと、のびのびと成果を出せる環境を整えることです」
と社長は言い切られました。
このように、命令や制約などを全く排した、いわば「完璧なまでに自由」の中であれば、とてつもない成長が可能だそうです。
社長の言葉を聞いて、うれしく思いましたが、もちろん、それをプレッシャーに感じる方もいるでしょう。
「完璧なまでに自由」とは、実は難しいものです。
(実は、苫米地英人氏らが財団を作り、進めている運動の思想は、この「完璧なまでに自由」の考えです)
もちろん、成長することを待てなかったり、一定量の成果を約束させたいがため、通常、私たちの社会では、(最低限保証や罰則などの)制約をかけますし、少なくとも精神的なストレスをかけていきます。
よく、「自由と義務は表裏だ」などと言います。
ところが、「完璧なまでに自由」な世界では、決して義務を課さないのです。それでは自由にはなりません。「自由との引き換え」といったケチな話では決してありません。
もちろん、結果をありのままに受け入れることは必要なことでありますが、「義務」を与えられているわけではありません!
普通、「そんなことできるのだろうか?」と思われるでしょう。
「最低限の成果の保証はないと」と言われるでしょう。
自分が会社の社長をしていても、自分に対してゴールを定め、最低限の想定をし、それをいつも考慮しながら事業展開するのが普通ではないでしょうか。
テレビや新聞など、マスコミ報道を見ていると、どのように感じられますか?
今回のWBCと北京五輪。同じ日本の野球に対するものです。
結果が違うから? ですか。
そんなに結果が大切ですか?
人には結果を求め、自分の結果にストレスをいだく社会を皆で営々と作っていると思いませんか?
大人しいはずの日本人。中国人や韓国人も同様ではありますが、すごく順位を大切にします。気にします。
英語教材を販売しようとマーケットを調べてみるとどれほど、「TOIC」「英検」・・・などを銘打ったものが多いのに驚かされます(TOICの得点など)。
ランキングが大好きです。勝つか負けるかをすごく気にします。(それはいいとしても)それをプレッシャーにします。
・・・いつも不思議なのはインド人です。どうもオリンピックも金メダルもまったく興味がない様子。すごく私はこの国民性が気になります・・・
さて、昨日の浅田真央ちゃんの試合の結果。
私は若い女の子に対してあまりにも酷なプレッシャーを与えていると思います。
私たちはマスコミを武器にして、アスリートたちに称賛か批難を与えます。天国か地獄を与えます。
浅田真央ちゃんが3位以内に入れない演技は大々的に「失敗」とされます。ブログを炎上させることを非難するメディア、一般紙も、社会から、よってたかって「どうして」「なぜ」と一斉にプレッシャーをかけます。
名誉毀損は罪になりますが、集団暴行に近い、このようにストレスをかけることはなんら問題ないことだと思われますか?
社会からだけでなく、本人からも相当なストレスをかけていることでしょう。
このような状態が一番生き物を伸び伸びと成長させない要因となります。
ストレスとは、アレルギーのように、自分自身が体内に向けて放つ毒素です。
体も、精神も疲れ、若さを次第に失うことになるでしょう。
そうでなくとも、年とともに、ウキウキするような気持ちやチャンスは少なくなり、逆に、いやなことなどが増えてくるものです。
決して、自分に対して追い詰めるようなことはやってはならないでしょう。
もちろん、他人に対してもマナーとして失敗したアスリートたちにプレッシャーをかけたりしないようにしたいものです。
伸びる芽を皆でむしり取っているようなものですから。
・・・私も若いころは、このストレスは「肥やし」だと思っていましたが、最近、考えが変わってきました。経験は必要だし役に立ちますが、何度もある必要はなく、そのストレスは自分自身を弱らせ、老化させ、酸化させる要因だと思うようになりました・・・
完全な自由など難しいことはわかっています。
でも、だからこそ、考えてみるべき、問うてみるべきことではないでしょうか。
最低限、もう少し社会のマナーは改善したいと思うのですが、いかがでしょうか?
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