求める人物像
2009 年 4 月 4 日
時代や社会が求める人物像はさまざまですし、変化もしていきます。
儒教的な見方、仏教的な見方、キリスト教やイスラム教的な見方などいろいろあることは確かです。でも、本質的に、個人なり社会の平安や幸福、あるいは発展に寄与する「ヒト」なり「仕組み」が求められているのではないでしょうか。
個人のリーダーシップを重要視するか、しないかで別れるのも確かです。
欧米、一神教的な世界ではリーダーシップが必要不可欠、絶対なものです。
それに対して、東洋的な世界(多神教あるいは無宗教)世界では、リーダーシップより和、あるいは適応などが重要になります。
とはいえ、時代の変革期には、日本でもリーダーシップを発揮した人たちが名を残し、業績を残し、尊敬を集めたことも事実です。
宮沢賢治の詩を思い出してみましょう。
・・・
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい
・・・
日本人にはしみじみとくる、本当にいい詩です。
背景に仏教的な思想があることも私たちに親しめる理由があるのだと思います。
ところが、現代は状況が変わってきました。
しみじみと想い、和をもって協調的に行動する時代から、知識を求められる時代へと入り、さらに先へと進んでいるように思われます。
私が考える人物像を1つのパラグラフで申し上げると、以下のような表現になります。
単に知識を持っているだけでなく、現状を把握して課題を見つけ、その解決のために方策を調べて熟慮検討し、知識や考えを共有しながら、問題を分担して解決していくことを進める人物、あるいは協調的に推進できる人物
もちろん、自分が大切にする「心」を否定する必要もありませんが、非リーダーシップ型社会(これまでの日本)の欠点は、上記のような人材を評価し、選抜する基準も、仕組みも、そして努力もない、ということが挙げられます。
ただし、私的な企業では、社員に対してこのような人材かどうかを評価する流れになってきていることは、多くの方がご存知でしょう。
でも、社員を採用する場合には、せいぜい、面接を行う程度です。その中で、やる気や能力、そして周囲との協調性について主観的な評価を行います。
日本は効率重視の世界なので、悠長に人を選ぶこともやりません。やりませんが、 働いてもらいながら、実は選抜をおこなっているのが実情でないでしょうか。
はずれることも多々ありますが、やらないよりはやった方がいいので、どこも面接くらいは行います。
本来、容姿などに影響を受けやすいので、平等の観点で望ましいものではないのでしょうが、知識偏重になりがちなペーパーテストの欠点を補うために使われるわけです。
「人」が「人」を評価したり、選抜するというものが、私たちの社会では最も重要なことがらです。これについては、以前別の記事で書いたので述べませんが、ちゃんとした選抜基準ができ、ちゃんとした選考が行われるならば、意味のない選考や勉強もしなくてすむことは確かでしょうし、いい社会を建設するより具体的なステップを進めていくことができます。
なぜ、こんなお話をするかと申し上げますと、たとえば、いい公務員を採用しようとして(現在、民間とは違ってペーパーテストだけで選抜していることが多いのではないかと思いますが)、 人が人の何を見て、何を評価したらいいか、について真剣に考えて変革していかないとならない時代になってきていると思うからです。
天下りの問題がいろいろと議論されています。
でも、どのように適性を判断して公務員を選抜するべきか、などの議論を全くせず、「民間と違って天下りできるのはけしからん」だけで決定するようなことがおかしいと思うのです。
どのように選抜し、どのように評価し、どのように待遇を与えたか、一連のものを考えるべきではないでしょうか?
一時、文部省(日本の教育)が、問題点や対策をしっかり検討せずに「ゆとり教育」という方向へ走ったことがありますが、たとえば、もし東大の入試が「人格重視」に変わったとしたらどうなるでしょう。
「人格を磨く道場」とかはやるかも知れません。
マナー教室がはやるかも知れません。
ひょっとして、論語がもっと読まれるようになるかも知れません。
入試は大きく変わりますので、社会は大きく変わります。
実は、私たちの世界の問題は選抜の問題ではないかと、最近よく考えるようになりました。
どうしてかといいますと、この重大な選抜を、多くの人が「目標」にして毎日を送っているからなのです。選抜や試合にエネルギーを費やし、勝つことを誇りに思い、強いストレスをかけているからです(イチロー選手の潰瘍の話をニュースで聞きましたが、本当にかわいそうです。社会も本人もどれほどのストレスをかけたことか) 。
たとえば四択問題で選抜するから、四択問題で高得点を取る方法に熱中し、技を磨きことになります。つまり、最適解を求めるのです。そして、それで成功する人や組織が幅を利かせることになるのです。
たとえば、東大入試が「人格評価第一優先とする」としたらどうでしょうか?
「え、どのように人格を評価するの?」
と尋ねるでしょう。むずかしいのはわかっています。だからこそ、考えてみる価値がありませんか?
これまで、どうやったらいいか、考えていないことが問題なのです。だから解決へ進まないのです。
そのままにしておくと、出題側は、採点しやすく差をつけやすい問題しか出しません。
安定的な評点を付けられるものしか採用しません。
大切だと分かっていても、たとえば不平等が生まれる可能性がある場合、そのやり方は採用されませんから、点数評価だけの世界へと邁進するのです。
単に知識を持っているだけでなく、現状を把握して課題を見つけ、その解決のために方策を調べて熟慮検討し、知識や考えを共有しながら、問題を分担して解決していくことを進める人物、あるいは協調的に推進できる人物
という人物を採用しよう、と仮に考えたとします。そうであれば、それなりの選抜方法ができてきます。
・課題発見力
・調査力
・解決力
・伝達力
・協調的な進行管理力
それ知っている、という方もいるでしょう。最近は、会社はこのような力を社員に対して求めることが最近増えてきました。でも、残念ながら、入社試験段階では皆無でしょう。
そうそう、1つたまたま思い出しました。私が青年海外協力隊に志願した時の問題は「あなたが、遭遇した最大の困難を記述せよ、それをどう克服したかも記せ」でした。
こんな問題は上の目的に近いことは確かです。
私は、大学入試こそ、このような能力や努力を求め、評価する仕組みができないものかと思います。もちろん、公務員の採用も昇進にも。
その影響力たるもの、あまりに大きいからです。
もし、これらの力を求め、そして評価する仕組みさえあったなら、きっと起こらなかっただろう思う、社会保険庁の置き去り事件など、数限りなくあります。
食品偽装であれ、「社会的な問題」を解くカギは、社会が求める人材をどう定義するかにかかっていると思うのですが、いかがでしょうか?
とにかく、問題が起ころうと、起こりそうであろうと、それを予見し、対応し、伝達し、段取りし、皆と解決していく人材が一番必要なのではないのでしょうか?
現代の問題を解決するための1つの考え方です。
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4 月 5th, 2009 at 12:18 PM
宮沢賢治さんの「雨にも負けず」。。。
息子は大好きでした。小1の頃、暗唱していました。
「セロ引きのゴーシュ」や「注文の多い料理店」なども大好きでした。
今、どの程度覚えているかは定かではないですが、
「銀河鉄道の夜」「やまなし」など、学校で学習する小学校5・6年になるとまた受け止め方も違ってくるようでした。
ところで学校でも問題解決学習とか課題解決学習とかいわれてずいぶん経ちます。
自分で課題を見つけること
自分で解決の方法を何通りか考えてみること
その中で解決方法のメリット・デメリットなどを比較検討してみること
自分の選んだ解決方法で問題を解決してみること
解決した後、考察すること
時間があれば他の方法も試してみること
新しい課題を見つけること
そんな手順を踏んで学習していくように思います。
でも、
「単に知識を持っているだけでなく、現状を把握して課 題を見つけ、その解決のために方策を調べて熟慮検討 し、知識や考えを共有しながら、問題を分担して解決
していくことを進める人物、あるいは協調的に推進で
きる人物」
の後半の部分、
「知識や考えを共有しながら、問題を分担して解決して
いくことを進める人物、あるいは協調的に推進できる
人物」
この部分を育てるのは結構難しいように思います。
各教科や学校での生活のあらゆる場面で育てていくべき態度的な部分ですね。そんな風に思いました。
宇宙飛行士候補の選抜方法の一つで1週間グループの中での生活をすべてモニターで審査官が観察し、誰がどのような発言をするのか、まとめて行くのは誰か、失敗とそのカバーの仕方はどうかなどなどリーダーシップをはじめとして問題解決の仕方を観て行くという方法がありました。
一般の会社には無理なのかもしれませんが、
その人の生活全てが人格だとすると
そんな風な観察の方法もあるのだなぁと思いました。
面接について、傾向と対策本などで検討するということも就活などではあるのだろうと思いますが、
それよりもなりたい自分にどのように近づいているのかというようなことを私なら知りたいなぁ。。。などとも思いました。
知識だけでなく判断力や実践力などを見ていく方法は難しいですね。