ネイティブ信仰について
2009 年 6 月 1 日
ベータラボは「ききまね英語」という英語教材を作っています。
専門のホームページやブログもあるので、詳細はそちらを見ていただきたいのですが、熟考伝達でも伝えたいと思ったことを述べてみたいと思います。
自然でなめらかに話すようになりたい、と考えた場合、どうされますか?
「英語漬けにしたほうがいい」というのは、誰もがすぐに気づく解決法です。
私も、青年海外協力隊に参加してアフリカ・マラウイ共和国へ赴任する前の3カ月ほどは、「日本語禁止」の英語授業を受けていましたし、これはとても効果的だと思いました。
先生が離れたすきに、同期の仲間同士日本語で小声で話していると先生に気づかれ「Pardon?」と言われて、制止を受けました。風呂場でも、背中を流しながら隣の仲間と英語で話していました。
英語で話さなければならない、という状況こそが、英語で話すようになる一番の近道であることは、確かに体験できました。
学校英語では、最近ヒアリングテストと称して聴覚テストのような音声だけ聴いて答えるようなテストを実施していますが、基本的にはペーパーテストで習熟度を測りながら、英語設問(クイズ)に定められた時間に答える力を養成しています。
大学の入試問題をみても、書面で尋ねた設問をいかに早く正確に選択できるか、だけが評価の対象となっています。
私は、非常に大きな労力、時間、コストをかけてきていながら、コミュニケーション能力を高めるようになっていないこと、それを計測することをほとんど放棄した入試となっていることを非常に残念に思います。
文部科学省の学習指導要領のトップにある「外国の文化に親しみ、コミュニケーション能力を高める」という目標を達するための対策がなされず、ほとんど計測も、評価もせずに戦後英語教育を進めてきているのではないか、と残念に思っています。
ほとんどの方が「その通り」と思っても、「では、どうしたらいいか?」については、以下のような方策くらいが思いつくものだったのではないでしょうか?
A.海外渡航して(ネイティブによる)英語漬けをする
B.(ネイティブによる)授業で自然な英語を学ぶ
C.(ネイティブが話す)自然な英語を大量に聞き流す
これらはすべて「英語漬け」と「ネイティブ」が必須のものとなっています。すべて有効な方法ですし、とりわけAはすばらしい効果があることは確かです。
しかし、日本人から自然な英語を学べないのでしょうか?
日本は明治維新後、多くのことを諸外国、とりわけ欧州から学びました。政府はミッションを送り、数か月、数年滞在させ、学ばせ、帰国してからも、多くの情報伝達を行いました。
同じように、かなり自然に話せるようになりさえすれば、ネイティブからでなくても伝えられるもの、学べるものがあるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
(このネイティブ信仰は日本の防衛状況と似たものがありますが、その話に入ると深く、複雑になるのでここではやめます)
海外に行ったことがない、非常に優秀な翻訳者を私は知っています。翻訳に関しては、文字がメインですので、渡航経験はある意味、まったく不要でしょう。
ネイティブであろうとなかろうと当然、自然でなめらかな英語を話せるようになるには、日々、自然に話し続けることが大切です。
しかし、教育現場では、残念ながら、英語の先生ご自身が、(文法的・語法的な)誤りを冒すことを恐れて、あるいは自然さより正確さを求めるあまり、英語をあまり話さなかったり、テストに出ないものは排除したりしてきていたとしたら、とても残念です。
そのような状況が続いたため、ネイティブ信仰が確立されてきたとも言えるのではないでしょうか?
テレビを見ればわかるように、数十年前では考えられない状況になってきています。
日本へ来て、ぺらぺら日本語を話す外国人がどれほど増えてきたのでしょうか。もちろん、テレビに出ている人たちだけではありません。
同じように、英語を学び、どれだけぺらぺら英語を話す日本人が増えてきたのでしょうか?
さて、2013年に英語での高校英語授業が開始です。
私自身、これは文部科学省の英断だと思っています。
いやがおうにも教室で話さなければならないわけですから、自然に話せるようになるステップとなる可能性大です。
この、とても大切なステップへと進まなければなりませんが、どうするかはほとんど現場任せになってるのだと思います。
さてさて、そのときも「さあ、ネイティブの発音を聞きましょう」などと、ネイティブ信仰は保持されたままなのでしょうか?
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