2 + 3 = 5 は英語で?
2009 年 7 月 2 日
2 + 3 = 5
これは小学校低学年の算数です。
もし、「英語でどう読むか」と聞かれたら、日本人の大多数、おそらく100%近くの方は
Two plus three equal five.
と読むと思います。
東大に合格したばかりの人たちに聞いてみても、その比率はほとんど同じではないでしょうか。
でも、残念ながら答えは違います。
equal ではなく equals (動詞の三人称単数現在形)であれば正解です。しかし一般には「=」は「is equal to」と読みます。つまり、
Two plus three is equal to five.
が正解です。
どうしてこのような簡単なことができないのでしょうか?
教えられていないからです。そしてテストの設問にないからです。どうして設問しないのでしょうか? 算数だから?
このように、日本の英語教育では、どんなに難しい文章や、時事問題や、シェークスピアなどを英語で学んでいたとしても、小学校低学年の算数を英語で正しく読めない、という現実が存在しています。
日本の英語教育は読み書き中心、丸暗記中心であり、「英語を話せない」という問題が指摘されていますが、(論理記述などに必須な)基礎を学ばせず時事や文学などに傾斜している問題に気づきます。さらにまた、(入試などで)より基礎的な問題を設定して選抜を行おうという考え方が欠如している問題が浮かび上がってきます(難問で選抜しようとする方式です)。
もし、「それは算数であって英語ではない。英語教師は算数や理科を教える必要はない」という意見の方がいたとしたら、私にはもっとショックです。そうであれば英語という狭義の「教科」の設定をやめにしたらいいのではないか、とすら考えてしまいます。
いくつか類似の表現です。
等しくないは is not equal to です。
等価は is equivalent to です。
相似は is similar to です。
合同は is congruent to です。
平行は is parallel to です。
すべて be + 形容詞 + to という構造をしています。覚えるのはすごく簡単です。
3 m は three meter(メーター)ではなく three meters(ミーターズ)です。これも、日本の大学生に解かせたらどうなるでしょうか?
本来このようなことを学ぶべき中学校では、学ぶタイミングを失い、私たちは高校へ入学します。
正三角形は equilateral triangle です。
四角形は rectangle です。
直角は right angle です。
このような基礎的な言葉は、大学入試には出ません。出しません。しかし、日本の大学生の何パーセントの人が知っているでしょうか? 知る必要がない言葉でしょうか?
もし、このような単語を知らずに日本では大学へ進学できるということを、たとえばドイツ人に話したら、びっくりすることでしょう。信じてもらえないかも知れません。
知らなくていいのでしょうか? 学ばなくていいのでしょうか? では、どうしてこのような状態を放置するのでしょうか?
もし、文部科学省の方々は、このような状況であることの問題に気づいていないとしたら、もっと恐ろしいことです。気づかずして改善はできないからです。
私は入試問題の内容や試験の仕方が変われば、抜本的に改革できると考えています。言い換えると、入試でしっかりと(このように基礎的なことを理解した人を)選抜できないから、教育のひずみを直せないのだと考えています(高校で教える教師も学ぶ生徒も、ある意味、大学入試の制約がいっしょにかかっていて、大学入試問題から変革すべきだと思います)。
確かに英語はコミュニケーションの手段であり、情報を収集する手段でもあります。しかし、単にコミュニケーションあるいは伝達の手段というだけではなく、物事(論理や科学)を学んだり、認識したり、思考するための標準的なツールです。
英語を使って事象や概念を定義したり、説明できるということは、英語を使ってきちんとコミュニケーションできることにつながります。また、世界をまたにかけて学ぶことができたり、異なる人種や意見の人たちと協調できたり、交渉できたり、ビジネスできたりすることが可能になります。
したがって、英語という言葉を思考や論理を組み立てる道具としてく位置づけようとすると、「2 + 3 = 5」を正しく英語で話せないということは、非常に重大な問題と言わざるを得ないわけです。
小学校の英語授業が必須になり(2011年)、高校の英語の授業は原則英語で行われることになります(2013年)。
ネットで英語関連のニーズを調べると、とかくTOEICなどの選択問題テストでいかに高得点を取るかということや、「英語耳」とか「聞き流し」などがはやっています。点を取ることと楽をして受動的な能力を高めることが一般の関心事になっています。
しかし、国際的にまたがって能動的、主体的な行動をしようとすると(たとえば、スピーチする、論文を発表する、説得する、調停や和解を進めようとすると)、論理にかかわるような基礎的な(英語)表現は完全に使いこなせないと、非常に困ることになるのです。
私はそのような人材を日本から輩出するべきだし、そのために英語を学ぶべきだと思います。
ぜひ、今後、きっちりと基礎的な学力をつけるようにしたいものだと思いませんか?
少なくとも日本の大学生は「2 + 3 = 5」を英語で正しく読めるようになってほしいと。
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