オーケストラの演奏などで、指揮者と演奏が合っていないように見えることはありませんか?

もちろん、演奏者が指揮に合わせるので、演奏が指揮に合っていないというのが適切なのかも知れませんが。

しかし、そうではないのです。合っていないのが合っているのです!

なぜなら、今の演奏ではなく、一拍先の指揮をしているからです。

一拍先が強くなるのであれば、今、強く振っているはずです。また、一拍先が弱くなるのであれば、今、弱く振っています。速度が速くなるときは、演奏より速く振っているでしょうし、また、速度が遅くなるときは、演奏より遅く振っているでしょう。

このように、リーダーたるものは、皆に合わせるのでなく、次はどうなるのかを示さなければなりません。

ご存じのとおり、邦楽では指揮者はいません。誰もが、場の雰囲気やこれまでの流れを察知して、自主的に演奏を続けていかなければなりません(環境適応型)。

それに対して、牛を追う少年(カウボーイ)は、方向を変えるときなどは、牛に対して、一拍前に知らせなければなりません(リーダーシップ型)。

私は大学1年生の後半(12月)に混声合唱団の副指揮者になりました。高校時代から音楽部で指揮をしてましたし、本を読んだりしてはいたのですが、この際、ちゃんと指揮法を学ばなければと思い、岡田昌大教授(中原中也の組曲などを作曲されています)に指揮の仕方について教えを請いに研究室へ行きました。

先生は「何よりも予備拍で振ること」とご指導くださいました。

同時並行に2つのことをするのはつらいものがあります。同時通訳の人が聞きながら、理解しながら、話しています。ちょうどこれに似たものです。

合唱の指揮の場合、左手でアルトを引きながらソプラノの旋律を歌いつつ、別のパートの出だしの1泊前に「テノール!」というような練習もします(これを順番に変えて行ったりするんです)。

確かにむずかしいのですが、よくよく考えたら、私たちは、日常的に見ながら話したり、聞きながら手を動かしたりしているのです。できないのではなく、慣れていないといったほうがいいかも知れません。

予備拍の振り方を学んでからというもの、オーケストラの演奏を見て、だんだんすっきりとわかるようになりました。

何事もまずは理解、そして慣れなのではないでしょうか。

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デンタツの基本要件

2008 年 10 月 13 日

質がよく、力が強いデンタツのための基本要件とは何でしょうか?

真実でないことを告げたり(不実)、不安や不快な感情を与えるものは、決していいデンタツではないでしょう。もちろん、法律に違反するようなことはダメです。しかし、できるだけ効果の大きいデンタツをしようとすると、聞く人、読む人の「感性」「知性」などの「本性」にも響くものが望まれます。飲食物の宣伝は「飲みたくなる、食べたくなる」食欲刺激型の宣伝がかなり横行していますが、不快感を与えてはなりません。その上で、以下の効果を得られることが、実際に注意する事項だと思います。

1.覚えてもらう(社名、商品名、手法名・・・)
2.何らかのアクションに導く
3.効果、作用を持続させる、あるいは伝搬してもらう

どんなに、覚えてもらえることになっても、不快感を与えることはご法度です。いつだったか、名前だけ合唱連呼して、何のことだかわからないだろう、とばかり、社名を強調するコマーシャルがありましたが、あのようなものは不快感を与える以外に何もありません。お笑いの世界でも、相方や出演者への度を超した攻撃などは、確かに失笑を集めても不快感を与える手法は、デンタツとして決して質の高いものではありません。インパクトは必要ですが、質が高い「デンタツ」を目指したいものです。

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社会保険事務所の一件で、何度も足を運んだり、問い合わせたり、意見を伝えたりで、まさに組織やサービスの問題、課題にぶつかってみての感想は、「組織改革のボランティアをしたい」ということです。裁判員制度も、その意味では、社会のメンバーとして奉仕できるいいチャンスですので、皆さん積極的に参加いただきたいのですが、あまり評判が良くないというのは、「自分も参加して、よくしたい」という気持ち、(私はこれも一種の本能だと考えているのですが)が、薄らいでいるのではないでしょうか。

実際、事務所の課長さんに告げました。「丸一日、課長さんとか、こちらで仕事を管理する立場の方の横にいて、すべてチェックさせていただけませんか?」 生意気な発言だとわかってはいます。でも、不正が入るかも知れない、不公平が生じるかもしれない、問題があるのにまとめて適切に報告や討議の場にあげられていない、つまりカイゼンがつぶされている、などがないかについて、サービスを受けているものが、サービスを提供している側をチェックするのです。もちろん、そのような仕組みがないので、「どうぞ」とも「よろしく」とも言われず、単なる皮肉を込めた冗談だと思われたかもしれません。実は、決して皮肉ではなく、本心なのです。人の役に立てば人間は幸せを感じることができるからです。

郵便局(本局)に行って、「届いた」旨の報告をした帰り、交番があったので(大きな交番でたくさん警察官もいるところです)、警察官の方に尋ねることにしました。

趣旨は、今手元にある、無効になった保険証を私が誰かに販売するようなことがあったとしたら、警察の立場でそれを取り締まることができるか、ということです。結論は「可能」とのこと。健康保険の法律に違反して不正使用をする(場合により詐欺罪を適用)可能性を知っていて販売するような場合、ほう助、あるいは共犯にあたる、とのことでした。

次に、私の一番知りたいところ。カイゼンのために警察が協力してもらえるか、という点です。紛失や盗難、あるいは詐欺を起こす可能性がある社会保険庁・社会保険事務所が行っている行政の仕組み、内容について、そのような可能性を低くするための提案をすることができるか、する仕組みがあるかについて質問しました。つまり、「紛失、盗難、詐欺など刑事的な問題の発生の危険性を下げるため、普通郵便で送ったり、同じ番号で保険証を発行するようなことは、できたらやらないでほしいと同じ行政サービスを行う組織からのアドバイスできるか」ということです。

担当された警察官は意味がわからなかったようで、「私に社会保険庁にあんたの文句を言えと言うのか」とかなりのお怒り。「このやり取りはビデオで撮られているんだぞ」とも。ここで無理解な警察官と喧嘩をしても、本来の趣旨は全く生かせません。結局別の警察の方(班長)とお話をすることで話が一歩進みました。彼は「あなたのような方がこのような発言をすることで、改善・改革が進むのです。ぜひ、声を大にしてください」と。社会保険事務所の課長さんと同じ意見です。うれしいお言葉ですが、自ら進んで自分の組織で、と言われる方が公務員、公的組織の中に誰もいないのです。

民間だったら、「かしこまりました。貴重なご意見をありがとうございました。改善に活かせるよう報告させていただきます」と述べた上で、「ありがとうございました」と感謝を伝えます。これが本来のデンタツでありカイゼンの姿だと思うのですが、丁寧なお詫びの電話をくださった、郵便局の方も、「上に伝える」とは言っても「改善に活かします」とは言ってくださいませんでした。社会保険庁長官へのメールがあることがわかり、手短にこのトラブルについて説明を書いて送付しました。もちろん、返事があるかどうかわかりませんが「了解した。改善したい」という言葉だけでも返信があればうれしい、と最後に書きました。

トヨタのすばらしさはカイゼンです。世界一となった原動力は社員ひとりひとりの意識ではないでしょうか。世界一の会社でも決して給料が高い方々ばかりではないでしょう。でも、カイゼンを続けていく使命を自覚し、その誇りをもってお仕事をされいる方に、私は頭が下がります。

どなたか公務員に、カイゼンすること、人に感謝を伝えることも公務員の仕事だと伝えること、教育することはできる方はいませんか? あるいは、そのような仕組みにされる方はいませんか? このような話を場当たり的に続けていき、実行する勇気を持つ方に出会うのを待つしかないのでしょうか? 本来、国会が果たす役割かもしれませんが。

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子供のころは、道徳や礼儀あるいは儒教の考えた方など、古めかしくて、窮屈だと思っていました。でも、最近は考え方が変わってきました。

儒教では「仁義礼智信」という5つの言葉について、大切に扱っているわけですが、ビジネスにも、適用できる素晴らしい思想であるように考えています。「礼」は人と人との接点のこと、本来思いやりをもって接するべきものではないでしょうか。したがって、営業であれ、情報伝達であれ、「礼」を持って接することが、意義深いのだと考えます。もちろん、因果、理屈、分析などの、知的な活動である「智」も備えて事象をとらえたりすることは、有効です。さらに、そのように「礼」と「智」で行為をなし、人と接することで「信」を得るのではないでしょうか。

もちろん、「仁」と「義」は非常に大切です。しかしこの2つは、自明の理のように感じられます。「仁」とは、子供を抱いている時の母親から子供へと送られる気持ちであり、子供から親へ送られる気持ちであるそうです。「義」は、宇宙全体の法則のように思われます(きっと人と人との法則でもあるのでしょう)。

儒教は、宗教ではなく社会人間学のようなものなので(一部では孔子をあがめたりしているようですが)、人と人が接するときの道理やあるべき姿を扱っているものです。ビジネスに適用できるように感じられるのも、当然と言えば当然かもしれません。

いずれにしても、「デンタツ」においては「礼」を意識したいものです。「礼」を他のものより重く扱った朱子学の立場をとるつもりは毛頭ありませんが、「礼」を失わない営業、情報伝達、人間関係を築くべきだし、推し進めていけば、必ずや「信」、すなわち売上や信頼を得ることになるのだと思います。もちろん、ひとつひとつの判断に「智」を実践しながら・・・。

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昨日のブログで、普通郵便が届かない、と書いていたのですが、本日、郵便受けを確かめたら、なんと当該の郵便物が届いているではないですか! さっそくビル管理の会社の担当者に確認したところ、昨日届いてあったので、会社のメールボックスに入れた、とのこと。原因が何であれ、昨日、取消処理を行った保険証が入った郵便物が届いたのです。

2週間かけて、同じ新宿管内をどう行き来したのでしょう? ひょっとして、一昨日、大慌てで社会保険事務所から送られたとも、一昨日、私の調査依頼を受けてから、配達することにしたのか・・・。わかりませんが、着きました。

新宿郵便局に着いたことを届け出て、再度、社会保険事務所にこのような送付をしないようにお願いしてもらうことを依頼しました。もちろん、普通郵便が同じ管内で2週間もかかって到着したことについての調査も。

2~3日中に、新しい、別の番号で作られた保険証ができて、窓口へ来るように連絡が入ったときに、この古い保険証も返還しようと思います。

お騒がせしましたが、これにて収束することを祈っています。

追記します。

17時過ぎに、郵便局の担当者からお詫びの電話をいただきました。電話でのお話によると、オフィスへ配達した人に確認した上で、もちろん、なぜ遅くなってしまったか、ということは不明のまま(ひょっとして投函自体遅かったかもしれませんが)ですが、7日の朝、郵便局からオフィスへ届けたことが判明しました。私からは、単に遅配だけでなく、このようなことが今後起こらないようにするためのカイゼンに取り組んでいただけるようお願いしました。このように、ちゃんとお電話いただけるなんて、いいですね。

担当者が問題を把握する(=チェック)、それをデンタツにより問題点を共有する、カイゼンのために活かす、この仕組みができていれば、着実によくなっていくことでしょう。

追記します(10/10)。

新しい、色の変わった健康保険証ができ、今回は特別に、新しい組織(全国健康保険協会)東京支部の改革を担当しているグループ長の方とともに、訪問を受け、問題点の確認と、新しい保険証を渡すこと、古い保険証を返すことを行いました。すぐに改善できなくとも、問題点はわかったこと、そして、改善のための努力をすることを約束していただけました。がんばれ、全国健康保険協会!(旧政府管掌)

ブログに書くべきか書かざるべきか、悩みました。しかし、不満を不機嫌にしないためにも、オープンさせていただくことにしました。

株式会社設立にあたって、さまざまな手続きがあります。公証役場への定款認証の申請、法務局への法人登記の申請、税務署への法人設立の届け出、都税事務所への届け出、そして最後が社会保険事務所への社会保険(厚生年金、健康保険)のための手続きなどです。

先月22日に、いよいよ最後の手続きを行いました。つまり、事業者として社会保険事務所に社会保険(厚生年金、健康保険)の新規開設を行う申請手続きをしました。手続きに当たってくださった方から「来月1日または2日には届くでしょう」との予告をお知らせいただいていたので、ずっと待っていました。でも、10月1日も2日も届きませんでした。

3日は金曜日で、届かなかったので、週が明けて、10月6日に確認してみようと考えていました。幸い、申請書類のコピーをいただいていたので、問合せ先の電話番号も書かれていて、ここに問い合わせればきっとどうなったか、教えてもらえるだろうと思っていました。

6日(月)に朝から電話を10回以上かけてみても、話し中のためつながりません。

7日(火)は朝から社会保険事務所まで行って、受付の女性に、「こちらで新規開設の申請を先月22日にしたものですが」と言って、「1日か2日には書類が届くだろうと言われていましたが、届かないのです」と告げ、申請書類のコピーを見せました。

「少々お待ちください」

と言って、しばらく待っていました。すると、

「こちらの会社様については、24日に送付しています。こちらに送り返してきていないので、そちらにあると思いますよ」と。

「あのー、何で送られたのでしょうか?まさか、普通郵便ですか?」

「ええ。普通郵便です」

「え? 保険証が入ったものを普通郵便で送付するのですか?」

(この質問には答えず)「ちょっとお待ちください」といって上司のもとへ。

「郵便局と郵便受けを再度お確かめください。その上で、なければ再交付の手続きをしてもらわなければなりません。ですが、今度は、10月から組織変更となったので、こちら(社会保険事務所)ではなく、(全国健康保険)協会の方になります。」

絶句。でも、指示通り、郵便局と郵便受けを確かめなければならないので、まっすぐ最寄の郵便局へ。

そこで、普通郵便が届かない状況を説明すると、調査の申請用紙に書くように言われ、用紙とにらめっこ。

「いつ、誰が、どんな形・色の封筒、中身のものを、誰がどこへ投函したのか・・・」といった調査項目が残念ながらほとんど記述できません。そのため、郵便局がちゃんと調査することもできないでしょう。届け出自体、あまり意味がありません。とはいえ、(後で調査課の係長の指示で私に郵便局へ行けとの指示があったとわかったのですが)再度トライするためにも、まず、郵便局へ行って、やるべきことをやらなければならないのです。

「大切な保険証のようなものを普通郵便で送る、ということを社会保険事務所が行っているのです。どうか、郵便局から、簡易書留などで送るよう要望してください」とお願いしました。(でもおそらくこれは無視されるでしょう)

オフィスに戻り、ビル管理の方にも連絡し、不明な郵便物がないか調べてもらいました。当然、ありません。

午後、印鑑や(登記簿などの)書類を一式持って、社会保険事務所へ。特設デスクで、全国健康保険協会の担当者へ事情を説明しました。

「再交付の申請が必要です」

「私は交付を受けていないのです。なぜ、普通郵便で送ったりするのですか?」

「それは・・・コスト削減のため・・・」

「わかりました。再交付の手続きをしなければならいのでしたら、仕方がないのでしましょう。でも、記号ですか番号ですか、それは変えてもらえるのですね? つまり、前送付したものはVOIDにしてもらえますよね」

「いいえ、同じ番号で発行します」

「ええ? 同一番号ですか? 保険証でサラ金からお金を借りできると聞いていますし、有効なカードがどこかにあるのは気持ちが悪いので、やめてほしいのですが」

「できません。写真付きではないので、お金を借りるときに使われる可能性はありません」と断言。

普通郵便で交付する書類・証明書を送ることといい、同じ番号のカードを発行することといい、何を考えているのだろ、いい仕事をすること、物事を確実に実行していくことをどのように考えているのだろ、と思いつつ、ぐっとがまんして言われるとおり、「再交付」の申請手続きを済ませ、会社へ戻りました。

翌日(今日8日)、たとえば、拾った人が保険証を利用して病院にかかるなどの不正が入り込む余地があるので、なんとか番号を変えることができないのか、もしできなければ、法的な手段(例えば発給自体をストップしてもらうよう、仮処分の申請をするなど)すら考えるべきではないか、と思いつつ、朝一番に社会保険事務所へ直行しました。

すったもんだして(「できない」「前例がない」「未着の場合は発給を受ける人が郵便局に届け出るのがこれまでの筋だ」など言われつつも)、課長と窓口の男性の二人と話し合いを続けました。

私は「(問題点は)カイゼンしてください。なんとか別の番号で発給し、前の未着の保険証は使えないようにしてください! そして今度は決して普通郵便で送るようなことはやめてください!」と粘り続けました。

「(保険料を支払っている、クライアントである)出資者の話は、メモをとりながら話を聞いてもらえますか? しかも、扱う対象がトラブルなのですから。会社で働いていて、クライアントと大切な話をするのに、メモもとらないような態度は、一般的に許されませんよ」と私は手厳しい注意も加えました。整理するとポイントは以下の通りです。

1. 以前発行した番号は抹消して新しい番号の保険証を発給してほしい
2. 普通郵便での郵送はやめ、記録郵便または窓口渡しにしてほしい
3. 再交付にあたって、理由を書かなければならないようにしてほしい(なんと理由を書かずに再交付できる仕組み!)
4. 再交付申請書のコピーがほしい(前日のコピーをもらいわすれていた)
5. 郵便局へ不達の届け出を出してほしい(→これは私がするのが筋だと却下されました)

なんと、目の前に座る課長は、「私たちが普通郵便で送付するようなことはしないでくれ、と本庁に嘆願していたにもかかわらず、コスト削減の名目のもと、2年前にこの方式に変えられた」「いつも私たちは本庁に改善提案を挙げているが却下されてしまう」「みなさんが、声を大にして外から言ってほしい」と。

「私は私でカイゼンのための努力はします。またクレームもします。しかし、社内(組織内)でちゃんと問題点をあげ、改善策をあげ、カイゼンしなければならいでしょう! 本社(本庁)の悪口を支店が言っても仕方ありません! 私たちにとっては、本店も支店も同じ会社です! 努力してください! 信頼は、改善していく姿勢があってこそ得られるものです!」と強く主張しました。

結局、いったん、最初の申請は、私から取り消し申請により取り下げころになりました。しかもその理由書まで書かされることになったのです。本来、コストダウンというメリットのため、不達というリスクを高めたのは社会保険事務所側であるにもかかわらず・・・。それでも、こちらの条件がほとんど満たされる方向に進んできたので、のむことにしました。

そして、申請取消と再度新規の申請を行うことなりました。すったもんだしているより、すいすいと書類を作成する方が早いものです。これで、めでたく、新しい番号が発行されるのです。2時間以上の時間がたっていました。そして、今度は交付する書類・保険証ができたときには、電話で呼び出してもらって、窓口で確実に手渡ししてもらうことにしました。もちろん、まだ、新しいものが届いたわけではないので、喜ぶのは早いかもしれません。

重要な書類で、何度でも同じ番号で発行されるものがあるでしょうか? そして、申請者の要請で何度でも発行できてしまうのです。それをしかも普通郵便で送付するなんて! それを指示する人が、本部(本庁)が悪い、と断言するのです。

信じられない、ガッカリ、落胆、不満・・・、何にも言えない気持ち。

でも、不機嫌にはなりたくないですね。どんなに、納得できないことであっても、それを受けた人がどうにか止めなければ、いやな気分の連鎖は続いてしまいます。だから、前のブログでそのことを書いた、というわけだったのです。どうか、硬直化した組織・仕組みこそ、カイゼンできるよう、声を聞く、声を出す、理性で判断することを切に願うところです。

これまで、努めて短いブログにしていたのに、とても長いものになってしまいました。また、不満めいたものは書きたくなかったのですが、ある意味、カイゼンのとても大切な例題のようなものだったので、お伝えすることにしました。どうかご了承ください。

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グループで新しい取り組みを行ったり、課題を解決したりするときに、「会議」という形の報告と討議の場を設定します。デンタツの場としても非常に重要なこの「会議」が正しく機能しないのは、どういう場合でしょうか? 会議自体に積極的に参加して、問題点を掘り下げたり、何か新しい発見を共有したりすることが求められるわけですが、必要によっては誤りや不手際を適切に批判したりすることも必要になります。

クリエーティブな仕事をやっている場合、個人が仕事の大部分を担わなければなりません。ゴールをイメージし、要素に分解し、分解した要素をひとつひとつ検討し、自分で調査したり、解決案を考えたり、スケジュールを立てたり、人に分担したり、それらをすべて予算とスケジュールの制約の中で組み立てていかなければなりません。

グループで会議を行う場合、その場が点検や分担を確認する非常に有効な場面となります。議長(司会)の力により、うまく掘り下げたり(つまり分析したり)、分担したり、と分けていく作業を上手に行うことができます。全体を包含するコンセプトや注意点、方向性の確認など、統合する作業もぜひ行いたいところです。

本来、洗い出さなければならい場面で、適当にまとめ上げるような言葉を誰かが発し、場の雰囲気でそれが是認されるような場合、分析作業は中断してしまいます。「あの人は頭がいいから、あの人に任せましょう」「ここで皆で議論してもあまり意味がないのではないでしょうか。センスのいい人にたのみましょう」といったものです。

「頭がいい」という表現にはいろいろな意味があります。

・しっかり(丁寧に、細かく)分析している
・全体をちゃんと見渡している/俯瞰している
・指摘すべき問題点を的確に把握し、指摘している
・知識がある(広く深い)
・解答を得るまでの時間が短い
・正当率が高い

「センスがいい」という表現にも、いろいろな意味があります。

・表現力が高い
・場の空気をわきまえ、タイムリーな発言が発せられる(不要な発言がない)
・自分自身のドレスアップが上手(着こなしがいい)

言葉が何を意味しているのか、的確にデンタツしなければ、多くの人が集まった意味をなくしてしまいます。意識を集中することは確かに疲れることですが、しっかりと知的な作業をしなければ、事態を改善するために使った労力自体が無駄になってしまうのです。ですから、ひとつ踏み込んで、言葉の意味をもう一段階厳密にしてみることをやってはどうでしょうか?プレゼンで上司から指摘されたり、クライアントが心で考えていることは、たいてい内容・フレーズに対する手厳しい点検ポイントです。

日本の文化として、「他人の心や、心から発する表現に対して批評することはよくない」という暗黙の了解があります。たとえば、本来は、文章の表現力をつけるための国語の授業で、「僕はとてもうれしかったです」のような文が出てくれば、印籠を見せられたようなもので、「先生がその子の文章を批判することはやってはならない」、もちろん、「他の生徒もしかり」、というようなものです。日本人は「人のこころ」をとても大切にします。宗教心がほとんどない、とされている民族でも、このようなタブーが、これまで維持されてきました。

上司があいまいな表現でまるめようとするときに、部下が「その意味はAですかBですか」などと発言すると、「面白くないやつだ」と考えらえます。いやがらせがあるかも知れません。そうなんです。本来、皆でよってたかって作戦を練ったり、分担を考えているのに、それを進ませない力を働かせることのほうが会議を無駄にしているのです。

もし、私が小学校の国語の先生になれたなら、自分の心、他人の心を大切に思いやることは理解し教えつつも、自分の感動をどう伝えられるか、いくつか例をあげ、子どもたちとともに言葉の深さ、コミュニケーション、デンタツの意義について、一緒に学ぶような方法を行ってみたいと考えています。(もちろん、芭蕉などすばらしい先人たちも日本にはいます!)

有言実行の時代がやってきています。デンタツも質的に変化していかなければなりません。インターネットだけでなく、この情報化・国際化の時代は文化的・社会的な大きなうねりを生じていると、日々感じています。

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失敗する3つの要因

2008 年 9 月 8 日

何かに失敗したとき、何が原因だったのかと調べていくと、不注意だったからとか、ちゃんと伝達できていなかったからといった原因が述べられることが多いことに気がつきます。別の言い方をすると、チェックすべきものをチェックできていない、つまりCheckの機能が果たされていない場合と、分担するグループの中で、状況や問題点などの情報共有がうまくいっていない、すなわちCommunicationの機能がが果たされていない場合・・・両方ともCではじまる言葉ですね・・・があげられることが多いと思います。

でも私は、もっと大きい原因があげられるのではないか、と思うのです。それは、ちゃんとゴールイメージが描けてなかったことからくる失敗です。そもそも、成功するゴールイメージがちゃんと描けていなくて成功する可能性はもともと小さいわけです。したがって、失敗する要因を3つあげるとすると、

  1. ゴールイメージが不明確
  2. チェックが不十分
  3. 伝達が不十分

ではないか、と思います。もちろん、そのほかにもいろいろあると思います。たとえば「想定外」のことが起こったからということもあるでしょう。でも、もとをたどれば、ちゃんとゴールを想定すれば、段取りや場合分けなどができるので、1に帰結できると思います。

このトピックは、逆さまにして「成功する3つの要因」と読み替えることができます。

成功へ導く3大要因は

  1. しっかりとゴールイメージを描き、さまざまな場面を想定すること・・・Conceive
  2. 各ステップや状況を適宜点検しその対処をすること・・・Check
  3. 必要な情報を関係者で共有しタイムリーに情報伝達を行うこと・・・Communicate

と定義できるかもしれません。

創作-ボトムアップ

2008 年 9 月 5 日

作戦を立てることは、ゴールを想像して、トップ(=ゴール)に到達するまでの道のりや方法、分担などに分解していく行為だ、というお話をしました。つまり、計画するとか、作戦を立てる、というのは、分析的な(分ける)作業なんですね。上手に要素に分けられれば、作戦はうまく立てられます。
このこととは逆に、創作あるいは表現といった行為は、いろいろな要素や要件を満たしながら、1つのものに作り上げていく行為ですから、ボトムアップの作業と考えることもできます。
さて、トップダウンの作業とボトムアップの作業は、どちらが簡単でしょうか?
もちろん、行うべき仕事の種類にもよるため、いちがいには決められないかもしれませんが、作り出す方がむずかしいと考えられている方が多いのではないでしょうか。
オリジナルなもの、感動を生むものを作ろうとすると、感性と忍耐の両方が必要になってきます。芸術家が作品を作るのも、スポーツマン(最近はアスリートと呼ばれているようですが)が技能を高め、高い成果を出すことにも似ています。
有能な人あるいは成功する人が述べていることに、「ゴールイメージ」を描くことがあげられます。作品を創作するときにも、仕上がりの雰囲気や要件を常に考えながら進めることが重要になってきます。
日本人の価値観の中に、「ひたすら」とか「何も考えず」といった心構えをほめる風潮がありました。しかし、最近、特にこの10年くらいは、有言実行だったり、ゴールイメージを想像しながら進めていく方法も認められつつあるように思われます。達成した時の喜びや感動をはっきりと伝えることも許されてきています。昔のテレビ放送などを見ると、ぐっとこらえている姿の方が多く感じるのは私だけしょうか。
創作的作業はボトムアップだと申しましたが、実はトップを見ながらのボトムアップ作業なのです。創造したゴールを頭に描きながらさまざまな要素(計画時に分解してきたもの)をくっつけながら、最終イメージを作り上げる作業なのです。
いい作品をつくる、すばらしい成果を出す、内容の濃い仕事をする・・・。人に求められる行為は、すべてこのようなアクションが求められているのではないでしょうか。

何か目標を立て、行動を行うための計画や作戦を立てるときにどうされますか?

そうですね。やらなければならないこと、つまり仕事のリストを作ったり、いつまでにやるかを決めたりします。すなわちスケジュール立てをしたりします。そして、ときどきその進行具合や出来具合をチェックするのが一般的でしょう。なぜ、このようなことをすれば目標に近づくのだと考えるのでしょうか?

千里の道も一歩から、といわれるように、目標は目標として定めても、それは遠くの話なので、近くの具体的な行動を定めておいた方がわかりやすいからです。ですから、自分自身で今何をしたらいいのかをはっきりさせることが必要なわけですから、そのような具体的な仕事リストを作成したり、それをいつまでに実行するのか、という制限をを作ってみて、それをチェックしながら目標に近づいていこうと考えるわけですね。

もし、そのリストやスケジュールが間違っていたら大変です。毎日の行動が無意味だったり、無駄だったりします。ですから、何よりも「早く行動すること」が重要ではありますが、行動しながらでもそのリストやスケジュールの点検も行わなければならないでしょう。

整理しますと、

  1. 目標を立てたら、それを実行するための個々の仕事をリストしそのスケジュール立てをする
  2. 時々、仕事のリストやスケジュール自体を見直す

の2点が重要だと言えます。1番目については、スケールの大きいものから小さいものまで適用されます。私はこれをトップダウン作業と呼んでいます。これは、1つの目標あるいはゴールのイメージから、実際に行うべきことを導き出す作業です。少し詳しく述べますと、1つのものを見つめながら、そのもの自体を2つ以上に分解する作業を行うことです。これを因数分解と呼ぶ方もいらっしゃいます(勝間和代さんが「効率が10倍アップする新・知的生産術」で述べていらっしゃいます)。一般論として、次のような分解作業を行うことができます。

  1. 夢をビジョンに分解する(説明立てする)
  2. ビジョンをいくつかの目標に分解する
  3. 目標を方針、方策、または戦略に分解する
  4. 戦略を戦術に分解する
  5. 戦術を日々の行動に分解する

目標を達成するためには、しっかりした目標自体を立てなければなりませんが、このことはとりあえず置いておいて、目標を実現するための方針、方策などをしっかりと立て、それを実施るるための戦略を練ることになります。そしてその戦略を実現するためのさまざまな戦術を導き出すという作業を行うことが、実効性のある行動を行うためのやり方になるのです。

このような行動の方法はトップダウンのやり方といわれています。そうです。簡単にいえば、ちゃんと分解作業を行えば、より具体的な作戦づくりができ、目標に一歩近づける、というわけなのです。

整理の日

2008 年 7 月 16 日

仕事が増えてくるとファイリングや処分などに手が回らなくなり、机の上やデスクトップも雑然としてくることがあります。いろいろと進めなければならない、あるいは新たに着手しなければならないことがあっても、そういうときはきっぱり、ストップしましょう。ストップさせようと思うことは、精神衛生上もいいことです。そして、整理にかかります。整理をしているときは、そのことだけに集中します。

物理的に処分や整理を進めていくと、たとえばフォルダやファイル名などを眺め、集めたりしていくと、これまでやってきた仕事の分類や自分の考え方についても整理が少しずつ進みます。また、命名規則や管理方法についても、「今後はこのようにしよう」などど思いついたりします。これが現在の自分のために も将来の自分のためにも非常にいいものをもたらしてくれます。整理を行うことは、物理的な項目・要素の整理だけでなく、仕事の進め方自体へのルール化を進 めることになります。ちょうど私たちが日々の活動のためには睡眠が必要なことにも似ています。睡眠は、身体の部位に生理的に休養を与えるだけでなく、脳の中では、さまざまな多くの情報について整理を行っていて、そのおかげで次の日に新しい情報が入ってきても混乱しないようになっているようなのです。

私たちは経験的に、「ゴールを思い浮かべながら仕事を進めるのがいい」ということを知っています。特に成功イメージをもって物事にあたるのは、多くの成功者たちが使う一般的な手法であるはずです。サイトを作る場合でも、技術を習得する場合でも、やはり、自分自身の一歩先を思い浮かべて仕事を行うことが、うまく進めていく方法であると考えます。

しかしこれまで、日本の文化では、このような手法を褒めてきてはいません。不思議と「がむしゃらにやってきた」という人たちを尊敬する風土があります。戦後の復興もきっと「世界に追いつけ追い越せ」と働いてきたのですが、「毎日をコツコツ踏みしめて」きた人が賞賛され、「こうあるべきだ」と述べる人はあまり尊敬されない傾向がないでしょうか?しかし、家を建てるのに出来上がったときのイメージや設計図なしに工事を始めることはまずないでしょう。仮に ゴールを修正する場合ですら、常にゴールを意識しつつ、何から何に変えた、どのようなゴールに変わった、などとクリアにイメージを持っていくことが非常に大切だと考えています。

どんなものでも、何かを生み出すとき、大きなエネルギーが必要となります。曖昧模糊とした気持ちに対して「さあ、どんなサイトにしたいと考えているのか」と尋ねます。言い換えると、サイトで何を伝えたいのか、どのような雰囲気で伝えたいのかを決めます。必然的にどんな人を対象とするかもここで決まってくるで しょう。もし、決まってなければ、次のステップであるビジュアルを考えながら作業をやってみるのもいいでしょう。創造とは、トップダウン(抽象から具象へ)とボトムアップ(具体的なものから抽象化してみる)の両方を行ったり来たりする作業です。悩みながら、選択しながら、徐々に自分が求めているものが近づいてきます。

「いいサイト、魅力的なサイトを作りたい」という思いがないことには、決して魅力的なサイトは作れません。思いの強さは実現可能性の強さでもあります。当然、 思うだけでは実現するとは限りませんが、思わないことには実現はありえません。要は、目標あるいはゴールを強くイメージできること、そしてそれを日々のアクションに活かしていくようにすることです。夢を実現する人々は、自分の夢への願いを保持しながらそれを膨らませ、そして実現のための手立てへと、上手に広げていきます。

ここでは、その「思いを強く持ち続けるための方法論」も議論します。そして最小の労力、最短の時間で魅力的なサイトを構築するためのヒント、ツール、サンプルを随時ご紹介していきます。さあ、あなたも、さっそくWebの世界を満喫してみませんか?