studyとlearnの違い
2008 年 12 月 19 日
青年海外協力隊でマラウイ共和国へ派遣される前に約4か月間、派遣前訓練として、さまざまな講座を受講したり、調査をしたりしました。
もちろん、メインは、語学研修でした。英語クラスで、原則日本語が禁止でした。
その期間、女性のフィリッパ・ラッセルさんからいろいろと教えてもらいました。
その中で、よく覚えているものが、さまざまな語義や語感です。
たとえば、studyは学ぶ、learnは習う、というように私たち日本人は覚えています。
フィリッパ先生とは日本語では一切話していないのですが、日本人が得ている誤った英語の語感をいくつも訂正された覚えがあります。
studyは「自主的に学ぶ」という意味です。
でも、learnは「教えてもらう」ではなく、「身につける」という意味だそうです。どうやら、日本人は誰かから教えられるのをlearnと覚えているのを、フィリッパ先生から、「そうではなくて、身につけることをlearnという」と言われたように思います。
「learnは言い換えるとmasterです」と。
I studied English, but I didn’t learn it.
(英語を学んだけれども身につけられなかった)
という言い方ができるようです。
また、must と have to の違いについても、イギリス英語だと限定した上で、こう説明を受けました。
「must はプライベート(私的)、have to はオフィシャル(公的)」
たとえば、次のように言えるようです。
I must go home, but I have to stay here.
(家に帰らなければならないことがあるけれど、ここにいなければならない)
こういうように教えてもらうと、「そうか」とわかった気がします。
英語を話しているときに、何と言っていいのかわからないときがあります。
もちろん、日本語では分かっていても、英語では、適切な表現が思い出せないときです。
Well, let’s see.(そうですね、えーっと)
とか言って、時間稼ぎをしたり、
How should (can) I say… (どう言ったらいいのでしょう)
とか
Let me put it this way.(じゃ、言い換えてみましょう)
のような表現をすることもあります。
I mean … (つまり・・・)
とか、考えながら、表現を探しながら話を続けようと、がんばってみます。
それでも、うまく続かないときは、相手にどういったらいいか尋ねてみるのです。
あるとき、マラウイ人に、「キザ」という英語が分からなくて、一生懸命説明してみました。でも、どう聞いたか覚えていません。
そしたら、なんと、こんな回答をくれたのです。
Oh!, British!
(あー、イギリス人みたいってこと)
これは、あくまで冗談ですが、「イギリス人みたい」というのが、「かっこつけて、キザな」という表現に使われたのでした。
どうか、この話でイギリス人の方、気を悪くしないでください(フランクでフレンドリー、やや軽めのアメリカ人とは対照的に旧宗主国のイギリス、イギリス人に対してマラウイ人が持っている印象です)。
ぴったりの言葉が分からなくても、それに代わる表現を使ったり、もし、できなければ、聞いてみるといいと思います。
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地名が消えるのは残念です。
2008 年 12 月 18 日
平成の大合併で、古い市町村の名前が統合されたり、新しい名前が付けられたりすることは、ある意味、仕方ない面もあるでしょう。
でも、古くからある名前を無くすのは、とても残念なことです。
もちろん、古いものだけがいい、とは言い切れませんし、「はてしない物語」の中の話のように、ずっと名前を付けられ続けて、命を保つようなこともあるかも知れません。
前の記事でご紹介した安本氏の著書によると、古地名は、ざっと1000年で90%、2000年で80%も残っているとのことでした。
地名に限らず、言葉も残したい文化のひとつです。
日本の文化の特徴は、新しいもの、外からのものも、違和感なく、積極的に取り入れていくことです。柔軟性は世界トップだと思います。
カタカナ語が氾濫するのも、ある意味、少しでも意味の範囲が違うと、これまでのものではなく、新しいものを取り入れるという、日本人の新しいもの好きで寛容の文化の表れではないかと思います。
一神教文化同士の衝突と比べれば、生き残りのため、また、頑健な価値観創造のため、それはいいことだと思います。
しかし、残せるものは残したいとは誰もが思うことではないでしょうか。
たとえば学校の名前。
私の住んでいる周囲を見渡すと、東京都立第○高等学校、□市立第○小学校(○は数字)と、数字で表しているものがたくさんあります。開拓地だったため、古地名がない可能性もありますが、きっと地名があったのでしょうがそれは使わず、長く大切にしたい施設・組織を一律、数字で命名するようなことを、とても残念に思います。
言葉を考えたり調べていくと、いくつもの仮説を立てたくなってしまいます。
たとえば、「ひと」という「人」を表わす言葉は、「ひ」と「と」からなっているのではないか、とか。
もちろん、ちゃんと調べればかなり学術的な内容を知ることはできるでしょう。でも、自分なりに、仮説を立てて、仮説の正当性を検証してみること、それから、それは仮説であると認識することなどが、科学的な態度であり、持ち続けることにより、ある程度たまって、ドカンと成果が得られたりします(仮説を仮説でなく思い込んでしまうと、これは科学ではなくなってしまいます)。
「ひ」は、日本語で「1」を表わします。であれば、「と」が単体で「人」を表わすのではないか、と考えるのです。つまり、「ひと」は一人(person)を表わしているのではないかと推察します。
すると、たとえば「やまと」は「やま」+「と」であり、「山の人」というオリジナルな意味があったのではないかとの仮説を立てたりできるわけです。
そんなことを考えを持っていると、「ともだち」という言葉に突き当たったりします。すると、この「と」も、やっぱり人のことを意味しているのではないか、などと考えることもできます。
私たちが使う日本語には、大量の漢語が入ってきていますので、「和語」かどうかを感じることも大切です。
ところで、コンピュータで日本語を解析していて、不思議なことにぶつかります。
文を細かく区切っていくのですが(これを形態素解析と言います)、日本語の言葉の破片は、魚介類と同じものがたくさん出てきます。
「考えたことがなかった」=「考え」「たこ」「と」「が」・・・
このように、「たこ」とか「いか」とか「たい」がわんさと出てきて、びっくりします。
さすが、海洋国家ですね!
カタカナ語は極力抑え、できるだけ旧来の日本語で話そう、というような話もよく聞きますが、私は、極力、和語だけで話してみるととても面白いと思います。
たしか、和語だけで日記をつけられていた方がいらっしゃったような気がします。
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邪馬台国はどこにあったか(2)
2008 年 12 月 17 日
日本の古代史に関して多くを著わしている安本美典氏の「大和朝廷の起源」(副題:邪馬台国の東遷と神武東征伝承、勉誠出版)の内容をご紹介します。
この本では、地名、文献中の言葉や登場人物などの統計分析など数学を駆使して仮説の検証を行っています。
特に、記紀(古事記、日本書紀)に登場する人物や、場所、物語の検証を行ったり、中国の古文書に記述がある日本の地名と日本の地名との関連性を数値化するなどの方法(数理文献学)により、天皇の在位年数の仮説を立てながら矛盾あるいは相違との比較検討を行い、また、諸学説とも比較検討されています。その科学的態度と真実に迫る迫力に、何度もうなりました。
ここでは、そのエッセンスだけお伝えします。もし、ご興味がある方は、実際に、読まれてみるのがいいと思います。
・邪馬台国は北九州に存在した
・卑弥呼は天照大神(あまてらすおおみかみ)と同一人物だろう
・天照大神の子孫である神武天皇の東遷時期は3世紀の末頃
・記紀の東遷記述、天皇系譜も大筋で事実(神話性が少ない)
・北九州と大和の地名との一致も東遷の証拠である
・近畿の銅鐸文化は、北九州の銅剣文化とも、記紀古伝承と無縁
| 地点 | (1) 福岡県 | (2) 奈良県 |
| A | 三輪町 | 大三輪町(三輪山) |
| B | 朝倉町 | 朝倉 |
| C | 鷹取町 | 高取山(高取町) |
| D | 星野 | 吉野町 |
| E | 浮羽町 | 音羽町 |
| F | 杷木町 | 榛原町 |
| G | 鳥屋山 | 鳥見山 |
| H | 山田市 | 山田(上山田) |
| I | 田川市 | 田原* |
| J | 笠置山 | 笠置山(笠置町) |
| K | 御笠 | 三笠山 |
| L | 御井町(三井郡) | 三井* |
| M | 小田* | 織田 |
| N | 池田 | 池田* |
| O | 夜須町 | 大和 |
*:地図中で位置がプロットできていない地名
※平成の大合併で市町村名などの変更があります。
著書中の安本氏による補足説明と地図へのリンク
(1) 福岡県夜須町の南の三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図)
(2) 大和の南の大三輪町からはじまり、時計の針の方向と逆回りに一周(→ 地図)
安本氏は、地名の合致の度合いを相関係数の一種である相伴指標によって計測し、『魏志倭人伝』の地名と九州地方の地名との相伴指標を0.31、さらに『魏志倭人伝』の地名と近畿地方(畿内)との相伴指標を0.10と得て、このことも、『魏志倭人伝』の記述が大和ではなく北九州についてなされていた可能が高いことを示しています。
上の、福岡県内の地名と奈良県内の地名との対応も非常に興味をひかれましたので、地図上にプロットしてみました。
それぞれ、上記の「地図」をクリックすると表示されます。
このプロットはあくまで、私の作業です。いくつかプロットできていないところがあることをご容赦ください(注:リンクで示す地図の縮尺は、福岡県のものと、奈良県のものとは全く同一です)。
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邪馬台国はどこにあったか
2008 年 12 月 15 日
邪馬台国がどこにあったのかという謎は、日本人の空想をかき立てます。
日本の建国は、神武天皇によってなされたとされていますので、建国以前のことです。
これまで、いろいろな説が出てきました。
近畿地方、特に京都大学は「近畿説」を、そして九州大学は「九州説」をとっている、とよく言われています。
また、古事記と日本書紀という2つの重要な歴史書に、神武天皇がどのようにして近畿へ向かい、その地を治めるようになったのかが書かれているますので、その記述をほぼ正しいものとすれば、九州(宮崎・日向)から東遷した考えられ、この説は東京大学の先生方を中心に主張されています。
弥生時代から日本の建国の頃の話は、とても興味があります。
私の出身の北九州地区は、近畿で強大な大和朝廷が誕生する数十年以上前に、いくつもの小国家があったようです。
たぶん、小学校の時だったと思うのですが、友だちと学校の近くで土いじりをして遊んでいましたら、土器の破片が出てきました。「弥生式土器だ!」といって遊んでいたのですが、本物だったようで、しばらくして、「立ち入り禁止」となり、発掘の後、「・・・古墳公園」という名前が付いたように覚えています。
九州に邪馬台国があったとしても、大和王朝は明らかに近畿で誕生しています。
ただ、魏志倭人伝に書かれている卑弥呼の邪馬台国と、大和王朝とがつながりがあるのかどうかが、1つ大きなポイントとなっています。
近畿説は、当然、一貫性があり、近畿の邪馬台国と近畿の大和王朝とがつながていると考えています。
九州説の場合は、つながっているかどうかは不明です。あるいは、特に言及していません。
東遷説では、九州に邪馬台国があったのですが、移動して近畿に強大な大和王権へと発展していくとの考えです。
佐賀の吉野ケ里古墳の時代は、卑弥呼の時代に近かったので、邪馬台国発見か?というニュースになりました。
いずれにしても、九州にいくつも小国家のようなものがあったことは確かであり、それから数十年ないし百年くらいして、強大な王権が近畿に出現しているのようなのです。
しかも、不思議なことに九州と近畿とは大きな戦をしたようではないのです。そのことが、東遷説を支持しています。
日本の長い歴史の中のわずか数十年が不明なのです。
面白いですね!
ところで、福岡県と大分県の境にある山は「英彦山」(ひこさん)といって、江戸時代までは「彦山」(ひこさん)だったのですが、勅書により名前を変更させられた山があります。
霊峰とも言われるこの山の神社に伝わる話によると、そこで「日本で最初に収穫されたお米を奉納した」とされています。とても興味があって調べていきましたら、「ひこさん」の起源は「日子山」であり、「日」とは「太陽」であり、「天照大神」のことらしいのです。ですから、直訳をすると、「天照大神の子」を祭ったのが「英彦山」なのです(言い伝えとして)。
東遷説を主張されている先生の著書の中には、福岡県の地名10か所程度がそっくり、奈良付近の地名と対応することもまで示されています。そっくり、奈良へと移動しているのです。本当?
別の本で読んだのですが、「西」(にし)とは、「古」(いにしえ)を表わすとの説明がありました。
奈良で都が定まる直前まで、天皇が亡くなると、遷都が行われ、狂いもなく、ぴったりと同一緯度上を東へと移動していたそうなのです。もちろん、近畿での話ですし、これは、神武天皇より後のことです。
自分たちの過去は「古」(いにしえ)=「西」という言葉で残しつつ、東へ東へと都を移していったのでしょうか?
沖縄の人に確かめていないですが、沖縄の言葉で「にし」は北を指す、という話も聞きました。
それは、「北から来た」ということを残しているのでしょうか?
不思議ですね。
いずれにしましても、最近、また近畿で発見された大規模な古代都市の遺跡により、すでに邪馬台国の時代に、近畿に大きな都市国家または大和王朝があったのではないか、という説が有力になりつつあります。そこでもまた、「天照大神」=「卑弥呼」が、通説になりつつあるように思われます。
「奈良」(なら)という地名についても、その古地名は日本語オリジナルではなく、韓国語だという話があります。韓国語では、「国」という意味です。「韓国」(ハンナラ)の「ナラ」です。
「クニ」は日本語で、「ナラ」は韓国語。
いよいよ、不思議ですね。
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日英で語順が逆でも構造が等価であること
2008 年 12 月 11 日
今から15年ほど前、かなりどっぷりと、日本語表現と英語表現の対応について研究をしていました。
まったく違うこともあるし、語順の違い程度のものもあります。
日英で表現がまったく異なっていて、意味的、または文脈的に対応するものとして、「がんばってください」が「Take it easy」と等価だというお話をしました。
しかし、一般論として、日英で、述部の語順が正反対のことがあります。
たとえば、「~させられたくなかった」という日本語の表現は、意味のある塊りにわけてみると、
「~させ られ たく なかっ た」
となります。こんなに分解したことがないでしょうから、意味不明でしょうけれども、もうちょっとお付き合いを。
これをそのまま、英語に対応付けてみると、
「~させ(Ved) られ(be) たく(want to) なかっ(not) た(did)」
のようになります。ここで、Vedとは動詞の過去分詞形のことです。
さて、英文の語順にすると
「(didた) (notなかっ) (want toたく) (beられ) (Ved~させ)」
となります。
手品のようです!鏡に写ったように、日本語とまったく逆さまです。
言葉は、客観的な事実を述べたり、それを否定したり、時制を与えたりしますが、そのような客観表現の外側に、その表現に対する発話者の評価をつけ、最後に、その陳述を伝える人への態度、または働きかけを添えます。
「~さん、昨日はひどい雨でしたねー、そちらは大丈夫でしたか?」
(呼びかけ(評価(客観表現)評価)呼びかけ)
のような構造です。
(呼びかけ=~さん、((客観表現=昨日はひどい雨でした)評価=よ)呼びかけ=ねー)
呼びかけの位置に、気持ちを出してしまうこともあります。
「えー、うそー! それはきっと・・・じゃないかなー、ねえ、~さん!」
どんなにあわてていても、つまったり、順番を間違うことはありますが、人は基本構造を間違えないのが不思議です。きっと、思考と伝達のために働く人間の言語中枢はすばらしいからでしょう。
このように、気持ちとか、働きかけのような、いわば主観的なものが外側なのです。
そして、知的あるいは客観的なものが内側です。これは、英語でも日本語でもいっしょです。
ところで、述部の語順が逆であっても、空間的・幾何学的には対称になっているようなものです。(でも、精神の構造は、外側=大脳新皮質=に客観があり、内側=旧皮質=に心・週刊があるように思いますよね。これは等価とは言えず表裏ではないでしょうか)
もちろん、語と語の構文的なつながり、形態的な変化があるため、まったく正反対というわけではないのですが、正反対ということがあっても、まったく同じあるいは等価と考えた方が、説明が容易になる、理論の見通しがよくなる場合がたくさんあります。
日本語と英語はまったく別の言語です。
アフリカの大地溝帯から人類がスタートしたとして、西のはずれと東のはずれの言語のようなものです。
でも、このような事象を知ると、言葉を作り出す心の営み、活動の共通性を感じてしまいませんか?
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2500年前の人々が書き記したもの
2008 年 12 月 9 日
湯川秀樹博士が幼少のころ、正座をしておじい様から教えを受けた「論語」は、今から2500年以上前に、人々が書き記したものです。
「論語」とは、孔子が亡くなってから、「どう言った、どうだった」などと思い出しながら、弟子たちが激論の末にまとめたものだそうです。だから「論」「語」だそうです。
もちろん、孔子の教えも、論語もすばらしいのですが、実は、一番私が言いたいのは、少しポイントがずれたものです。
つまり、2500年前、すでに、このような教えとか考えを大切なものだと考えた人たちがいた、という事実なのです。
2500年前、仁とか礼とかの話をしてわかる弟子たち、人々がいたことが、考えるべきこと、学ぶべきことだと思っています。
孔子が出現したから「仁」という概念が出てきたのでしょうか? 孔子の教えを聞いたから「礼」が大切になったのでしょうか?
そんなことは決してないと思います。
書名は覚えていないのですが、太古の昔、日本がまだ日本でなかったころ(おそらく魏志倭人伝より古かったと思いますが)、日本のことを記述した中国の書籍があって、「日本人たちが、道端で、貴い人の周囲でしきりに拍手をしている」という記述がありました。とてもリアルに感じました。道端の日本人たちは貴い人へ感謝か感激を伝えていたのでしょう。非常にあたたかな交流の場を想像できます。
2500年前の日本はいつの時代でしょうか?
なんと、神武天皇より、天照大神(最近、「あまてらすおおみかみ」がヒミコのことだ、という説がかなり有力になりつつあります)よりも数百年も前のことです!
子供のころ、縄文土器や竪穴式住居などをみて、非常に未開な時代だったという印象をもっていましたが、ちょっと状況は違ったかも知れません。
何十万年も前のネアンデルタール人の骨が出てきたとき、その周囲に、大量の花粉が出てきて「これはたくさんの花で埋葬された後だ」との説明を聞いたときに、非常に強いショックを受けた覚えがあります。彼らの悲しみも死者への愛情も伝わってきました。
孔子に指摘されて「仁義礼智信」が生まれたわけではありません。周囲の人が初めて知ったわけではありません。その言葉を言われて理解できる、弟子たち、人たちがいたという事実が分かります。
ただ、よく分からなかったり、ちゃんと整理できていないから、このような教えを乞うわけです。知ろうとするということは、半分分かっていることであり、知りたいという欲求があるという証しです。
民主主義も、ギリシャ、ローマの時代からありました。
教会絶対の中世を経て、芸術などが復興しました。そして生命のエネルギー(本性)を表現することが容認されるようになりましたが、古代ローマ遺跡で最近見つかるすばらしい芸術作品をみるにつけ、なぜ、この時代のことをルネサンス(文芸復興)と呼んだのか分かりました。私には、ローマ時代とルネサンスとの区別すら、むずかしいぐらい、すばらしい作品群でした。
さて、私がアフリカにいたとき、アフリカの人々から、「礼」も「智」も「信」も感じました。
(日本人はほとんどしないですが)韓国の人であれば、人にものを渡すとき、必ず片手ではなく、もう一つの手を添えて渡すでしょう。マラウイの人も全く同じ仕草をします。
私がアフリカの職員室に一人でいたとき、「職員室の中に入ってよいでしょうか。実は、・・・先生からチョークを取りに行くように言われたので来ました」と説明にひざまずいて尋ねた少年たちは、このような行動をキリスト教で教えられたのでも、仏教で教えられたのでも、儒教で教えられたのでもありません。もちろん、親から教えられたのかも知れませんし、見て聞いて覚えたかも知れません。しかし、理解し、実践するための素地である「心」を持っていたことは確かです。
よく、敬いや思いやりは、何らかの思想とか教育とかが必要だとされていますが、本性として持っている部分がかなりあるように思います。生まれながら持っているのか、育つ中ではぐくまれるのか、おそらくその両方でしょう。この調和と繁栄のための基礎を持っているのです。少なくとも2500年以上前の中国ではそうでしたし、4大文明のような大きな社会システムがあったこと自体、思いやりや尊敬などの基盤があったことを示唆していないでしょうか。
たとえば「十戒」ができたため、初めて人を治める概念ができたわけでも、それを人々が知ったわけでもないでしょう。
メッセージは、受け取る側に、分かる素地、受け取るニーズ、気持がないことには、決して伝わりません。
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心の中心にある本能、欲について
2008 年 12 月 7 日
物事の源泉でありながら、悪者扱いされやすいものが「本能」あるいは「欲」といったものでしょう。これらを突き詰めて考えても、中々区別が難しいと感じています。やや広い意味合いで「本性」という言葉を使う場合もあります。
コマーシャル、販売、営業でも、購入者の欲を刺激します。
また、身勝手な反社会的な行為も、欲が原因であることも多々あるでしょう。
誰もが本質的に持っているものです。
「煩悩」だ「宿罪」だと、ほとんどすべての宗教で、非難される、あるいは持っていること自体を恥に、罪に思わせるところがあります。
世の中は本能、欲があるから問題なのでしょうか?
私はそうでないと思います。
地球温暖化の太陽と二酸化炭素のようなものではないか、と考えています。
中庸なりバランスが問題なのです。
生きるため、生き残るため、さまざまな力を受けて私たちはこの世界に誕生します。
大人に自分の存在、あるいは何らかの不快を伝えるため「オギャー」と泣くことも、備わった本能でしょう。
病気のため、あるいは周囲との関係に疲れ、強く心が傷ついたとき、コントロールがうまくできなかったり、弱くなったりします。
しかし、「仁」という徳と同じく、本能、欲こそが、生命として生まれ、育ち、協調して生き続けていくための源泉だと、私は思います。
欲を消した段階で、生命体としての存在は消えてしまうでしょう。
協調して生き続けていくための源泉だと申し上げましたが、競争原理に基礎を置くダーウィンとは異なり、今西錦司先生の棲み分け理論も、生命が社会性、協調性を本性として持っていることを示していないでしょうか?
宗教はそのほとんどが、死後の世界や神秘性を伝えます。人の弱さ、欲を持つことの過ちや恥を伝えることで、宗教の絶対的な強さと正しさを伝え、人の絶対的な弱さや罪を知らしめます。さらに、信じることにより、救われるというメッセージを伝えます。
私には、弱いものを脅しているように感じてしまいます。
宗教はもちろん、個人の精神的活動そして社会の精神的柱にもなってきました。数々の文化創造の源泉にもなってきた宗教をいちがいに否定する気はありません。しかし、宗教自体が持つ「絶対性」に基づいて宗教対立や宗教戦争を起こしていることも事実なのではないでしょうか?
私自身、儒教に興味を持ったのは、「欲」をどう定義し、どう扱っているか知りたかったのがきっかけでした。このことについては、追ってお伝えすることにします。
儒教は人間関係、社会関係についての提言を行う思想です。神秘性を否定していることも、あるいは孔子個人への礼賛も求めていないさまからも、絶対的な判断や行動を否定していること(中庸)からも、非常に興味を持つことになりました。
しかしながら、「儒教の考え方が最高だ」「孔子は聖人だ」とする「絶対性」の見方は、儒教の考えからすると誤っているのです。
また、今西錦司先生の棲み分け理論(私流に言いかければ「協調的生存本能理論」)の面白さも、お分かりいただけましたでしょうか。
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伊達政宗の壁書(へきしょ)
2008 年 12 月 5 日
儒教の五常と呼ばれる「仁義礼智信」について、戦国の武将、伊達政宗がコメントを与えた壁書(へきしょ:家法のようなもので壁に掲げたもの)をご紹介します。
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。
じっくり読むと、「あ、そうか」とも思われますし、「ちょっと待って!これは儒教への批判?」ともとれるでしょう。私は、この両面を狙ったのではないかと思っています。中庸の大切さを伝えているというのが一般的な考え方ですが、私はつい、
過ぎれば弱くなるようなものは、本当に「仁」だろうか
過ぎれば硬くなるようなものは、本当に「義」だろうか
へつらうようなものは、本当に「礼」だろうか
嘘をつくものは、本当に「智」だろうか
損をすることになるのは、本当に「信」だろうか
と思ってしまいます。しかしおそらく、そのような反応を起こさせることすら、私は伊達政宗の流儀のような気がします。また、「仁義礼智信」を絶対的にみようとする、自分の心に対して伝えられる「警鐘」にも感じられます。
彼は、文武両方、そして戦略に秀でた人です。熟慮しないこと、テキトーがいいといっているのではないと考えたいと思っています。(しかし、テキトーを推奨する響きすらも感じませんか?)
きっと「仁義礼智信」について、よくわからない、考えてこなかった人に対しては、伊達政宗の壁書により、「仁義礼智信」の概念はは非常にわかりやすくなるかも知れません。また、行動するより考えることが好きな人には、この言葉が行動せよとの促しになるかも知れません。その意味で、いろいろな効果をねらった表現だと考えることができるのではないでしょうか。
もし、勉強している時、誰かから
「勉強ばっかりしてると頭が固くなるぞ!」
と言われたとして、どのように受け止めたらいいのか、どう反応したらいいのか、とっさには迷ってしまいますね。
「バランス!バランス!」という伊達政宗の声が聞こえるようです。
中庸は、いつも意識していたいと思います。
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中庸について
2008 年 11 月 27 日
孔子が「論語」で述べている重要な考えが「中庸」です。これは、儒教の柱とされる「仁義礼智信」と並ぶ概念ではないでしょうか。
実は、この「中庸」が、分かったようでちゃんと分かっていないことが多いと思います。
カウントしたわけではありませんが、「論語」の中で「中庸」について述べている箇所が非常にたくさんあります。その中で3つほどご紹介します。
まず1つ目です。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。「やりすぎと不足のどっちが良いか」と聞かれたときの孔子の回答です。そこで、両者とも中庸でないという点でダメだとの評価を得ています。きっとそうでしょう。すんなりわかる例です。
次の2番目のものは、はじめはよく分からなかったものです。
「良いことを思いついたとき、すぐにすべきかどうか」と尋ねられたとき、孔子は、人によって異なる答えをします。
Aさんには「あなたには父兄がいらっしゃるのに、尋ねずに行動すべきでない」と答え、Bさんには「すぐにやりなさい」と答えます。
「え? 不統一じゃないか!」と思いませんか?
実は、これが中庸だったのです!
思考が浅くすぐに行動に移すAさんには父兄に相談することを、また思慮が深く、いつも他を気遣っているBさんには迷わず行動することを勧めているのです。
私たちはとかく絶対的な答えを求めますが、短絡的な行動となっていることがあるようなのです。判断、行動する前に、一歩立ち止まって、状況や立場、関係、などをちゃんと考える、判断する、その上で行動すべきなのでしょう。ですから「中庸」は実は難しいのです。
現代社会は高度に工業生産や情報伝達が進んだ時代です。ここで、ちゃんと状況や立場、関係などを考えて判断し、行動することから逃げていないでしょうか?
たしかに、ズバ、ズバと言う人の言葉が(短期的には)強く感じます。最近は有言実行の風潮があります。しかし、発言が配慮を欠如していたり、妥当でないと後でわかったときは、言葉の価値が地に落ちてしまいます。
さて、3番目の例です。
これも、それを読んだとき、すぐには意味、意義がぴんと来なかったものです。
世の中が安定している時には、正しい意見は大きい声を出して伝えてよいが、世の中が混乱している時には、正しい意見であれ自嘲しなければならない、というものです(意訳しています)。
これも、ある意味、「中庸」の概念に基づくものだと考えていいと思います。よってたかって混乱を大きくしてはならないという意図だと思われます。
さて、意見を述べる場面だけでなく、コマーシャルの表現を伝える場面でも、この「中庸」はとても重要です。しかしながら、私たちはつい「効果」を重視して、このことを忘れがちです。
しかし、対立するもの、対比するものとの比較や、状況や場面についての判断はとても大切ですし、「中庸」を心がけることによって「品格」が作りだされていくことを私たちは実は体験的に知っていないでしょうか。
発言する前に頭の中で「中庸」と言ってみる
行動する前に頭の中で「中庸」と言ってみる
表現をリリースする前に「中庸」と言ってみる
このようにして、最低限の品格は確保したいものです。
現代の社会状況(犯罪など)にしても、経済、政治の閉塞状況の原因にも「中庸」の欠如があるように私は感じています。
短絡的な思考、短絡的な行動、成果や効果という1尺度だけに基づく宣伝や経済活動は、短期的に効果はあっても、実は長期的にはマイナス資産をため込むことになっているのではないでしょうか。そしてそれが突然破裂する!
男性(ばかりではありません)が短絡的に暴力に走ったり、
女性(ばかりではありません)が運命や占いに走るのは、
思考や判断することから逃げていることです。
ぜひ「中庸!」と心に言える余裕を持ちたいものです。
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論語は社会のFAQです
2008 年 11 月 25 日
この三連休の間、解説書ではありますが「論語」についての本を読み始めました。
「うーん」と言ってしまうような話がたくさんで、とても興味深いです。「本当に二千数百年前の話だろうか?」と思ってしまうほど新鮮な言葉に驚かされます。感銘を受けた話のいくつかをご紹介してみたいと思います。
孔子が死後の世界のことを尋ねられたとき、「現存社会ですらよく分かっていないのに」と、論ずることすら避けます。彼は死後の世界、神秘主義などを極力排除します。あくまで現実世界で社会が秩序を保ち、発展していくために人が人とどう接すればいいのかを「仁」「礼」「徳」といった言葉で具体的に説明します。
孔子が「聖人」と言われたときにも、「とてもとても」とその意見を受け入れません。どうしてかと言うと、「聖人」や「君子」「大臣(非常にすぐれた臣下)」などの定義を行っているのは彼自身であり、自分はそれに当たらないと明確に述べているのです。
「友の遠方より来る、また楽しからずや」と、感覚的感情的にわかりにやすく伝えていることや、「40歳=不惑」「50歳=天命を知る」などの話も、「40歳はどうあるべきだ」と教条的に教える話ではなく、「私自身はこうだった」と感想を述べているさまを読むにつけ、自身の立ち位置を明確に知り、自身の行為による効果を明確に測りながらデンタツしていることを、私はすばらしく思います。
自らを「神」だ「王」だ「皇帝」だと権力を集中させ、権威を高めてきた人や、死後の世界や神秘性などを伝えて「(知らない、分からないことを)信じること」こそが大切な行為だと求める宗教者とは全く立場が異なっています。
とかく、人間は自身が不完全なため、完全なもの、あるいは未知なる強力な力を求めがちです。たとえば、孔子も完全な人だと考えたり崇めたりしがちですが、そのこと自体、彼から否定されるでしょう。彼の関心はそのようなことではなく、どうしたら平和に明るく暮らしていけるか、人と人はどのような関係を保てばいいのかについて、まさに草の根の伝道をしながら、為政者の求めがあればそれに応えていくという態度を貫いていますし、いい家庭を作ることもいい国家を作ることと同じだと言い切っています(人と人との関係だからです)。
論語は、主に弟子たちの疑問に対する回答の書です。FAQ(Frequently Asked Questions=よくある質問)といってもいいのですが、弟子たちもズケズケと質問し、見事に回答している様子がとても興味深く、とても楽しく読める書籍です。決して古臭いものでも、権威主義のものでもありません。不安定な時代だからこそ、読んでみてはいかがでしょうか。
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名札にMrなどを付けるか付けないか
2008 年 11 月 14 日
会議やパーティなどで名札を付けることがあります。
フォーマルな会話などでは、ちゃんと「Sir(サー)」を間に入れて話した方がいいことも、現代でもあるでしょう。
言葉は場面が重要です。KYにならないように気をつけなければなりません。
私がマラウイにいたときの大統領の名前は、
His Excellency, The Life President of Malawi, Dr H. Kamuzu Banda
でした。
閣下(His Excellency)マラウイ国終身大統領(The Life President of Malawi)医学博士(Dr)が前に付くわけです。
大使、大臣級以上には「HE」(His Excellency=閣下)を付けることもあります。不思議とアメリカの大統領は簡単に「Mr President」とミスターが付くのです。これも面白い。女王陛下はHer Majestyです。
たとえばシンポジウムなどで、大学の先生などをお呼びしたとき、「・・・大学教授~先生」などと表記するのが丁寧です。単純に「~先生」ということもあるでしょう。したがって、一般向けの会議・集会などの場合はMrなどを付けることもあると思います。
でも、不思議なことに、アカデミックな場面ではこのような呼称がすべて消えます。「教授」とか「助教授」「準教授」すらはずすのが慣例です。名札にも「Dr」「Mr」などはは付けません。
たとえば、某大学の学生が(年次大会などの)学会を出して発表するような場合、所属はその大学であり、教授や学長とも同じ表記となります。教授などの職位は、組織内の問題なので「対外的には不要」と位置づけているのです。たとえば電気メーカーの研究員が論文を出した場合、アカデミックな世界ではあくまで、そのメーカー名は出しますが、所長とか部長とかの肩書は不要です(もちろん、経歴などに書くことはあるでしょうが、研究や論文とは無関係という考え方)。
発表の後、座長(司会)から「ご質問、コメントはありませんか?」という場面で、学生であっても教授であっても「~大学の・・・と申します。・・・につきまして」のような質問をすることになります(全く平等なのです!)。これは国際的な場面でも全く同じです。
テレビ局の新人アナウンサーが、「新人の・・・です」のような発言をしたりしますが、このように、
新人だから少々間違っても許してね、かわいがってね
という甘えの表現をしたりしますが、これは(いい意味で若いものにやさしい)日本独自の文化の表れであり、アカデミックな世界とは別世界ではないでしょうか。
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ウーマンリブ(女性の地位向上を目指す運動)の影響で、マン(man)と呼ばずパースン(person)と呼んだり、ミセス(Mrs)と呼ばずにミズ(Ms)と呼ぶような動きがあると思っていましたし、それはそれで正しいのでしょうが、たとえば、MrsとMsとの違いはそれほど単純でないようなのです。
Ms(ミズ)の場合、Miss(ミス:未婚者)とMrs(ミセス)とを区分せず、Mr(ミスター)と性的に対象となる言葉だと思っていました。
不思議なことに、たとえばヨーロッパの国際会議などの申込フォームを見ると、たいてい、「Mr」「Mrs」「Ms」の3つがあります。これが不思議でした。アメリカでもそういう場合も多いと思います。「Mrs」でも「Ms」でも選べるようになっているのです。不思議と「Miss」は見たことがありません。
どうやら、従来からの呼称「Mrs」を使いたい方のために残しているようなのです。これもひとつのempathy(エンパシー:共感)かも知れません。
1983年に英国イングランド地方のアカデミックな古都・ケンブリッジで、身内の結婚式がありました。
当然、式や披露宴などがあり、知人をお呼びします。ご案内のカードを作るときに、伝統的なMrsの使い方を意味を知りました。
なんと、夫の名前の前につけるのです。たとえば、「John White」さんだったら、奥様が「Mary」だろうと「Jane」だろうと、「Mrs John White」(John Whiteさんの奥様)という称号なのです。もちろん、アメリカ式では「Mrs Mary White」とか「Mrs Jane White」ともできますが、英国の伝統的な表現だと、女性の名前の前にMrsをつけた場合、未亡人に対する呼称になってしまうそうなのです。
したがって正式には「Mr & Mrs John White」になるわけです(米国式はピリオドをつけますが、英国式はピリオドなしです)。
つまり、正式には「Mrs」を使うと女性の名前が消えてしまうのです!びっくり。
もちろん、日本の場合でも、家系図なんかを見ていると「女」しかなかったりします。もちろん、実際には名前はあったでしょう。でも、対外的に名前を出さないのです(さらしたくないため?)。
単純に地位が低いからとは言えないでしょう。女性の名前を外に出さない習慣があったとも言えるかもしれませんが、このようなことを知ると、MrsとMsの違いが明確にわかってくるのではないでしょうか。
Mrsは夫に依存した呼び方ですが、Msは個人として独立した呼び方なのです。
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日本の軽快な文化の魅力
2008 年 11 月 12 日
ブログの内容がかなり硬派に偏ってしまっていますが、実は、私は日本の軽快な大衆文化が大好きです。
確かに国土が狭いこともあり、居住空間は一般に狭いため、なかなか居心地のいい環境を整えるのはコストがかかりますが、「衣」や「食」に関しては、明らかに世界トップクラスでしょう。
たとえば、テレビなどで料理番組がさかんに放映されます。タレントたちが食べ歩いたり、大食いの競争があったりと、きっとピューリタンやイスラム教徒には信じられないくらい、欲を刺激する放送を流し続けます。大麻問題が大きく報じられていますが、何の何の、日本では、テレビで平気でお酒を飲むのです! また、電車の中でビールを飲んでも逮捕されません。「食」に関して言えば、中国人やフランス人、イタリア人も食がとても好きですし高い食文化がありますが、基本的には「食」は個人なり家族、せいぜい友人までの範囲の交流イベントだと考えられますが、日本では、タレントなどの芸能人を中心にして、テレビ自体が全国民共通の食卓のようになっています。
おそらくほとんどの家庭で、ラーメンやチャーハン、餃子などの中華料理を食べ、焼き肉やチヂミ、冷麺などの韓国料理を食べ、カレーなどのインド料理を食べ、スパゲティーやなどのイタリアンを食べ、場合によってはフレンチを食べ、そろそろ胃がつかれたので和食にする、そんな食生活をしていないでしょうか? 調べたことはないのですが、日本人の食生活はものすごいバリエーションです。
「『食』は本来母親から与えられるものなので『衣』よりも保守的です。着るものは割合簡単に外の文化から与えられたものに移行してしまいますが、『食』はなかなか変わらないものです」と民族学博物館の助教授の先生から教えていただきましたが、どうやら日本民族はかなり特殊な民族であるようです。『食』も『美容』も『ダイエット』も『音楽』も何でもOK、のような日本人はどうしてなったのでしょうか? また、この柔軟性はどこから来ているのでしょうか? (もちろん、経済的な余裕あってのことですが)
ツンク・プロデュースのモー娘に限らず、かなりの割合で、(成人女性ではなく少女として)カワイイ系の女の子たちが幅を利かせています。男性だけでなく女性もそのファッションや身のこなし方、文化を気にしています。私は、番組や出演者・出演内容を見ながら「まさにお遊戯だな」と内心思いながら、こんなことを昼間からあるいはゴールデンタイムに流し、多くの視聴者を集めるこの国のメディアについて、文化についてつくづく考えてしまいます。
そう、政治や宗教、紛争や経済などの問題なんか全く無関係な竜宮城なのです。国自体が大人になることを拒否した「モラトリアム」のようにも見えますが、このようなものも、ひとつの大きな社会文化を形成しているのです。
前のブログにも書きましたが、決して最近の日本の特徴だと言うのは間違っている気が以前からしています。
マッカーサー元帥が日本へ来て「日本人12歳説」を話しました(これについては、ここでは述べません)。
また、北海道大学を離れるとき、クラーク博士は「少年よ、大志を抱け」と言ったという話があります。小さいことを考えているのではなく、大きな夢を描け、と教えてくれたと思っている人が大多数です。しかし、実際には、クラーク博士は、日本と日本の青年を嘆いてこのような発言をしたのです。
日本の将来を作っていく青年たちが、自分を慕って追いかけてきます。
口々に「先生ー、本当に帰ってしまうのですか?帰らないでー」と。
「Boys!」
そして「Be ambitious!」と。きっと内心「なんてこった!めそめそと。これじゃ将来が思いやられたものだ! しっかりせよ」と考えて、続けて「野心を持ちなさい!」と述べたのです。ひょっとして「Boys」ではなく「Boy!」(あらまあ、なんてこった)だったのでは、とされ思われます。これは、日本文化ではありえるシーンです。
礼節があって、まじめで、優秀で、いつでも周囲と協調することができて、おちゃめで、純粋。少なくとも、アクを持たず、つい合いやすいスタンスを持つというのが、これまでの日本の美徳ではないでしょうか。都会はだいぶ変わってきましたが、基本的には外からのお客様にはとてもやさしく、寛大です。リーダーシップをとるのは苦手ですが、何か皆でやろう、ということになったら、あれよあれよという間に分担を始めます。これはすごい!
一億総中流と言われた時代から経済的にはだいぶ様相が変わってきました。皆と同じことをやるだけでは、なかなかうまくいかないような時代になってきたと思います。しかし、経済、そして国外のグローバル化の時代になってきていますが、日本独自の軽快文化、カワイイ文化、群れて情報を共有する文化は、職人気質、助け合い文化とともに、今後とも繁栄を続けてほしいと思います。
それは、いい面、あるいは楽な面(たとえば、私のような硬派な思考、推論、検討、試行をしなくても、適応力があれば生きていけること)もあります。また、無用な対立は生みにくい風土も完備しています。なによりも、宗教対立やイデオロギー、宗派対立、貧困や性的虐待などで苦しんできた地域、国々と比較すれば、天国のような世界なのです。もちろ、日本文化が完全だとは言いません。しかし、この大衆文化の中に、将来の平和と繁栄の基礎がいくつもあるようと私は感じています。
日本を離れたくない、といった某アジア出身の人がいます。別のアジア国の出身者で、オーストラリアの大学で学んだ若者と先日会ったのですが、この活き活きとした日本文化の洗礼を受け、うれしいショックを受けたと言っていました。関西の落語やお笑い文化にも、ノーベル平和賞を与えてもいいのではと思うことがあります。マンガだけでなく、日本のお笑いにも深いものがあると思います。
この日本の繁栄が続くよう、ちょうど子供が家の中で楽しく遊んでいられるように、経済や防衛、外交といったものは外でしっかりとが守り確立しなければならないことは言うまでもありません。
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冬山登山と学生運動・入信
2008 年 11 月 11 日
子供のころ、まだ学生運動が盛んで、デモ隊と警察との衝突などのニュースなどがよく報じられていました。また、冬山に登山した学生たちのパーティが遭難したニュースもよくありました。
テレビだけでなく、新聞などにも不安そうにみている親(たち)の様子をみて、子ども心ながら、僕らが大きくなって大学に行くようになっても、登山部に入って冬山に登ったり、学生運動したり、あるいは特定の宗教に入信すれば、きっと親の心配を増やすことになるのだな、ということに気付いていました。
日本では、子供との接し方を段階的に高めていくことがあまりできていないと思います。ある意味、ずっと子供扱いしていて、そして突然、自立、というような形態になってしまいます。いえ、なかなか自立できない、させららないため、二十歳過ぎても、三十歳をすぎても子供扱いしていることもよく見受けます。したがって、離れたときにどう自立してやってくれるのか、不安なわけです。
クラブだとか、組織の中で、どのように人間関係を保ったり、人格形成に役立てたりすべきなのか、ということが、実は親自身、自分が気付かないまま自分も成長してきたようなもので、どのように段階的に接したらいいかわからないまま、あるとき、大学進学などで、突然離れた生活を送るようになります。
体は大きくなっても、社会的、対人的、あるいは精神的に成長途上の段階では、信頼する人からの求めに簡単に応じたりしてしまうのではないかということが、心配の種でしょう。しかし、これは自立するまでに、少しずつ育て、また、成長を確認していくべきものだと思います。
ものごとを論理的に、理詰めで考える習慣は、数学や理科だけでなく、実は対人的なことにも、芸術的なものにも生かされてきいます。日本語は決して非論理的、というわけではないと思うのですがが、直感的、感覚的な表現をよし、とする風土があり、逆に、論理的な展開を避ける風潮があります。一言で言って何なの? とか、絵で書けばどうなる? とか、ストーンとわかることが求められます。実は、これは非常に難しい芸当であることが多いいのです。
日本語だったら、
大人「ぼく、何になりたい?」
子供「野球の選手」
大人「どんな選手?」
子供「イチロー!」
大人「そう。じゃ、がんばらなきゃね」
といった程度の会話で済むものを、根掘り葉掘り聞いたり、確かめたりすることは、ある意味、日本文化的にはKYとなります。しかし、きっと、アメリカの親子の会話だったら、2倍程度以上にはなるような気がします。
大人「すごい、じゃ、楽させてくれる?」「どうして、サッカー選手じゃないの?」「ピッチャーと野手だったら野手の方がいいの?」「どんな練習でトップ選手まで上り詰めていくか、プラン持ってるの?」
もちろん、人によりますが・・・。
日本の学校や塾の教育だと、黒板を見ていたり、問題を見ていたりの時間が長すぎて、(忙しいためでしょうけれども)大人と考えや言葉の掛け合い、論理を作ったり検証したりすることがあまりないのではないか、と残念に思えます。特に、中学、高校と上に進むにつれ、先生の話を聞く、黒板を見る、教科書や問題を見て解く、というのが「学習」のようになっています。日本の場合、英語で話すときたいてい英語を見ていないでしょうか。これでは、見ないと発音できないような反射をつけていて、なかなか話せません。
もし、英語が母国語の先生がいて、
「Don’t look at your textbook. Look at me.」
(教科書は見ないで。私を見て)
と言われたらどうでしょう。ドキッとしますよね。日本人の先生でもかまいません。先生もこれができるようでないと、真の英語力(ヒアリングやスピーキング)をつけられないと思います。先生も、間違っては嫌だから教科書に首っ引き、生徒ももちろんでは、なかなか話す力、聞く力、コミュニケーションする力、人を説得する力を醸成できません。
「Tell me your opinion.」
(あなたの意見を教えてください)
このような話になったとき、パタと日本人は話せなくなってしまいます。別に雄弁を金と考えない国民性だから、じゃないのです。本当に個人的な意見を求めることを、あまりやってきていないのです。
私が自宅で使った英語の教材は、紙芝居のようなものでした。絵を見て場面が想像できます。テープの言葉を聞いて、後を付けたり、単語を置き換えたりする練習をしたので、大学のLLでも、アフリカの現地でもあまり、話すこと、聞くことには苦しまなかったように思います。
考える力は話すことによっても強化されていきます。ノーベル賞学者たちの思考実験といい、じっくりと考え、本質を探り、意見・論理を作り上げていくことの価値を、再認識したいと思います。
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オバマ勝利演説分析:youとI
2008 年 11 月 7 日
オバマ氏の演説の特徴は、「you (your)」と「we (our)」だと思います。
これまで、Yes, we can. (私たちはできる)とか、Our movement is real.(この改革は成功する)など、皆の意識が集中するところで、必ず「we」「our」をもってきて、「私たち」が希望や成果を得ることを伝える、あるいは問題を共有します。
また、今回の演説では、とくに、「you」と「I」に注目してみます。
最初に「you」が出てきたのは、以下の箇所です。
tonight is your answer.(今日があなたの答えです)
実はこの前に、アメリカの民主主義について述べていますので、アメリカの民主主義と「あなた」とをつないでいます。
さて、「I」はどのように出てくるでしょうか。
A little bit earlier this evening, I received an extraordinarily gracious call from Senator McCain….
つい今しがた、マケイン上院議員からとても丁重な電話を頂きました。マケイン議員はこの選挙戦で、長い期間懸命に戦ってきました。そして彼は、愛する国のため(私たち陣営よりも)ずっと長い間、懸命に戦ってこられました。彼は米国のために、私たちの大半が想像すらできないほどの犠牲を耐え忍んできました。この勇敢で私心のないリーダーの献身のおかげで、私たちはより良い暮らしを享受しているのです。
そう、謝辞です。この長いパラグラフで「I」はたった1箇所のみ。続いて3箇所です。
I congratulate him, I congratulate Governor Palin for all that they’ve achieved. And I look forward to working with them to renew this nation’s promise in the months ahead.
私は、マケイン氏、そしてペイリン知事が成し遂げられてきたことについて、お祝い申し上げたいと思います。私は、これから何カ月か先、この国を刷新するため彼らといっしょに働くことを楽しみにしています。
このように、「I」を謝辞のためにたっぷり使います。ものすごい謙遜です。しかしこの謙遜が、アメリカ人の心を動かしているのです。
謝辞の後、「you」の登場です。
But above all, I will never forget who this victory truly belongs to. It belongs to you. It belongs to you.
しかし、何にもまして、この勝利が本当は誰のものか、私は決して忘れません。あなたがたのものなのです。そう、あなたがたのものなのです。
そして、後で再度伝えます。
This is your victory.
これは、皆さんの勝利なのです。
単なる謙遜の域を超えています。演説がうまいから勝った、失敗に嫌気がさして国民は変革を求めた、と説明する以上のものがあることがお分かりいただけたでしょうか。なぜ、何時間も投票のために列をつくり、オバマ勝利の新聞を買い集めるのか? 歴史が動いている実感をともに感じているのです。 もちろん、共感(empathy)こそが解決の鍵だとオバマ氏が一番わかっています。そして、演説でも共感づくりを実行しているのです。
しっかりと彼の演説を分析して、また、いくつかレポートしたいと思います。
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例えば二つの家族がいっしょに食事などで会話をしているとき、自分たち日本人は、子どものことを「My son」とか「My daughter」(My child(ren))とうっかり言ってしまいます。でも、間違った表現であることが多いです。
正解は
Our son
Our daughter
Our child
Our children
なんです。
(スターウォーズの映画の中で「My son!」と呼ぶシーンをふと思い出してしましたが、これはこれで強い響きがある!)
自分一人の子供ではありません。もちろんここで、もう片方のパートナーを思いやる必要もあります。日本語、日本人、日本社会はとても相手に配慮した温かい思いやりのある文化、マナーを持っていますが、英語を話すときに、英語にはそのようなものはないかのように考えがちですし、また、無配慮で話してしまいがちです。欧米文化を牧畜文化と呼びましたが、このような動物的な絆についての考えが、少なくとも私たち植物・農耕文化と異なり明確にあるように思われます。
私たちには必ず、父と母がいます。他界していても、別居していても存在してます。私たちはハイブリッドとして誕生し、ハイブリッドの子孫だけがを残せるようになっています。これはとても重要なことではないでしょうか? よく考えてみると、時の流れの中で、自分という存在が、調和・融合・共有・共感などを必要とする世界の真ん中に位置しているのが感じられないでしょうか。
子供のことを「My」ではなく「Our」と呼ぶことは、マナーであり、思いやりであり、そして未来への希望と託すことだと考えたいと思います。
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オバマ伝道の勝利
2008 年 11 月 6 日
シカゴで昨日(11月5日)、アメリカ大統領選挙を勝利したバラク・オバマ氏の演説がありました。一言で言うと「Yes, we can.」演説です。ここではまた最初に、「人民の人民による・・・」のリンカーンの演説も持ち出して、アメリカの民主主義こそが(富や繁栄ではなく)私たちの宝だと述べました。
アメリカだけでなく、この感動は世界に伝搬されました。題名に「伝道」としたのは、私にはどうしても1国の政治家を超えた「思想の伝道」に感じてしまうからです。何という思想かと申しますと「empathy」(共感)とNHKは昨夜のニュースで伝えていました。また、調べていくと、2006年3月6日付のUSA TODAYでは「crossover appeal」(垣根を超えたアピール)という説明がありました。
これまでのタブーに果敢に挑戦します。オバマ氏のスピーチの中に「キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の壁を打ち破りましょう」というものまであります。ジョン・レノンの「イマジン」にも共通するものです。
Imagine there’s no Heaven(天国がない、ということを想像してごらん)
It’s easy if you try(やってみたらできるでしょう)
No Hell below us(私たちの下に地獄もないことも)
Above us only sky(頭上にあるのは「空」です)
Imagine all the people(そう、人は皆)
Living for today…(今という時のためにいきている、ってこと)
Imagine there’s no countries(国がない、ということを想像してごらん)
It isn’t hard to do(できないことはないでしょう?)
Nothing to kill or die for(殺したり死んだりする目的はないということ)
And no religion too(そして、宗教がない、ということも)
Imagine all the people(そう、人は皆)
Living life in peace(平和に生活を送っていることを想像してごらん)
You may say I’m a dreamer(夢を見てるのかって?)
But I’m not the only one(でも、僕一人じゃないよ)
I hope someday you’ll join us(いつかいっしょに進まない?)
And the world will be as one(そして世界もひとつになるんだ)
Imagine no possessions(所有がない、ということを想像してごらん)
I wonder if you can(どう、むずかしい?)
No need for greed or hunger(欲ばったり、飢えの心配もない)
A brotherhood of man(人が皆仲間だということ)
Imagine all the people(そう、人は皆)
Sharing all the world(世界を共有していることを想像してごらん)
You may say I’m a dreamer(夢を見てるのかって?)
But I’m not the only one(でも、僕一人じゃないよ)
I hope someday you’ll join us(いつかいっしょに進まない?)
And the world will live as one(そして世界もひとつになるんだ)
(和訳は今日やってみました)
この詩をしっかりと聞いたときのショック。欧米にはキリスト教という揺るがない宗教があり、「所有」の概念が確立している、いわば完全な牧畜文化に対して正面切ってこんな詩をつけた曲を演奏するなんて、ありえないと思いました。歴史と伝統に反旗を翻すことになるので、このような意識が広がることなど単なる「理想」のひとつに思えていました。
オバマ氏のシカゴ演説では、決して「民主党の勝利」とは言いませんでした。これもまた彼の演説の特徴です。empathy(共感)を大切にするため、得意がることは決して行いません。
少し、冷静に彼の演説を分析してみましょう。
●YOU
通常の彼の演説のとおり、話を聞いている「あなた」にフォーカスを当てます。
「あなたの勝利です」と述べ、決して「自分が勝った」「民主党が勝った」のように言いません。この堂々とした態度に対して、選挙戦の終盤にマケイン陣営が行ったネガティブ・キャンペーンがまさに格好悪く見えてきます。謙虚であることを日本人だけの美徳と思っている人がいますが、世界に通用する価値観でもあります。オバマ氏の勝利演説も非常に謙虚であり、これが全米だけでなく世界へ共感を伝搬していきます。
●身内への謝辞と負けた側への言葉
不支持者の存在を認めた上で、支持をしてこなかった人に対して「あなたの声は聞こえる。わたしはあなたの大統領になる」と述べ「私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています」と。
●WE
さまざま課題(イラク・アフガニスタンとの戦争、地球環境問題、金融危機)を述べ、すぐに解決できないことも伝えながら、「自分たちはやりとげることを誓う」と。(Yes, we can.)
●クロージング部分
God bless you.
God bless the United States of America.
このように、現在、過去、未来を述べながら、I, You, We, (今回はあまりなかったですが)Theyなどの関係をクリアに述べ、課題とともに希望を伝えていきます。彼の演説は決して難しくありません。日本の高校1、2年生の教科書にも使えるものだと思います。
最後の「God bless you」は、まさに適訳がありませんので、とても残念です。確かに言葉をそのまま訳すと「神のご加護を」になってしまいますが、彼の通常の演説では、
I love you.
God bless you.
のように言いますので、まさに「ありがとう、あなた大好き!」のような響きです。普通、自分のことを本当に心配してくれる人からだけ、このような言葉をいただきます。「あなたのご発展を確信しています、だって神様があなたを祝福していらっしゃるのですから」という意味に、いつも私は感じています。
日本のマスコミでは「CHANGE(変革)を訴え、とても演説がうまいオバマ氏が勝利した」と伝えています。もちろん表面的にはそうなんですが、それ以上に、オバマ氏の演説は、デンタツの内容も、質も力も本当にすばらしいものです。原文は以下にありますので、じっくりと読まれることをお勧めします。
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イギリス人とアメリカ人の食卓での会話
2008 年 11 月 5 日
イギリス人とアメリカ人といっしょに食事をしていたある日本人の友人から聞いた話です。
英語と米語では、イントネーションはほとんど一緒なのですが、発音が違うことがよくあります。
たとえば、ネコは、学校で「キャット」だと習いましたが、これは米語だからです。イギリス人(といってもいろいろでしょうが、一般に)の場合、カットまたはカート(もちろん、「ト」ではなく「トゥ」)になります。
私の友人がイギリス人そしてアメリカ人と食事をすることがあって、そのとき、両者が発音についての言い争いになったそうです。
イギリス人「この赤いおいしい野菜のことをトメイトゥなんていう君の発音を聞くと、なんとも美味しくない食べ物に感じてしまう」
アメリカ人「え?」
イギリス人「トマートゥというとおいしそうだけど、トメイトゥというとなんかまずそう!」
アメリカ人「ふーん。そうは思わないけど。じゃあ、この黄色い野菜、何ていう?」
イギリス人「ポティトゥ!」
アメリカ人「だろ? これをポタートゥと言う? もしそうだったら、そんなこと言ってもらえるかな」
イギリス人「・・・」
上の会話はもちろん、あまり親密でない者同士ではありえないものです。一般に、アメリカ人にとってイギリス人はお高くとまってみえるらしく、また、イギリス人にとって、ラフでフレンドリーなアメリカ人のマナーを嫌ったりすることもあります。アングロサクソン系同士であっても、このようにギャップを生むこともよくあるのです。ですから、このような会話ができること自体、非常に友好な関係であると言えます。
今日はアメリカ大統領選挙の日。アメリカの中だけでも、東西、南北の地理的な広さ、人種や年代、性別、経済力などなど、広く意見がバラバラなものを、最後の投票まで、何カ月もかけ て収斂(しゅうれん)させていきます。議論したり意見を戦わせていきます。
そして、ヒラリーとオバマの非常に激しい戦いもありましたが、また、いくらか対立を残しつつも、方向性の収斂(しゅうれん)を行います。いわば「これまでトマートゥでしか美味しそうに思えなかったのだが、まあトメイトゥでもいいか」と言えるようになるまで時間をかけ、意見を聞き、考えを柔軟にしていきます。このように、コミュニケーションを通してお互いを知り、思考の柔軟性を高めていきます。
昨日のテレビ番組の中で、今まで、民主党に投票したことがなかった非常に保守的な地域に住む保守的な人が、投票前日のオバマ氏の演説を聞いて、「ひょっとして新しい時代が来ているのかもしれない、私はオバマに投票する」と言っていたのが印象的でした。
「自分は黒人と白人のハイブリッドだからこそ、相互融和のために役立つことができるのだ」とオバマ氏が言っていましたが、このように、国家元首を決め、国家体制を作るのにしっかりと時間をかけていく米国流にも学ばないといけないと思いました。未来を作るためには、このように意見が違う者同士が、相手に配慮を持って意見を伝えることではないでしょうか? かりに自分がはじめに思っていた候補者にならなくとも、両陣営が掲げる星条旗のもとにまた、結集するのです。
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嘘がつけない。だから、嘘はつかない。
2008 年 11 月 4 日
キリンビバレッジのコーヒー「Fire」のキャッチコピーを見ました。
嘘がつけない。だから、嘘はつかない。
なかなかいいと思います(今日、二種類の缶コーヒーを新発売の様子)。「が」と「は」の対比的な使い方にも、うならされます。
日本語の「が」と「は」の使い分けは、外国人には非常にむずかしいらしいです。ちょうど日本人が冠詞・無冠詞の扱いがむずかしいのと同じくらいだとも言われています。
最初の「嘘がつけない」は、性格的に、あるいは根っからの特性として嘘をつくことができない、ということを述べています。また、「だから」に続く「嘘はつかない」では、単に事象陳述あるいはまた個人的な意思として「嘘をつくことはしない」ことを述べています。そっくりなこの二つの文、発話タイプの力の種類も、異なっていると言っていいでしょう。
ちなみに、文法的な説明を行いますと、「が」は格助詞と呼ばれ、表層的にはいっしょにくっつく名詞と共に述部にかかり、深層的には述部の意味をより明確にします。つまり、誰が(主格)とか、何を(対象格)とか、いつ(時格)、といった情報伝達のフレームを構成します。
それに対して、「は」は格助詞ではなく、副助詞あるいは係助詞とも言われているもので、「も」とも同じ仲間です。これは見えていない格助詞の上にのかっているものです。つまり、
「嘘はつかない」=「嘘をつかない」+(私の場合)「は」
のような構造をしていて、「は」が「を」の上に乗っかって、見えていないと考えることができます。西九州の言葉では、「は」の代わりに「をば」と言ったりするのは、そのためです。「嘘はつかない」の「は」は、この場合「をば」と等価です。
「私は行かない」
という文を読んだとき、言外に「人はいくかもしれないけれども」という意味合いを感じたりします。「行こうと思えば行けるけれども、行かないことにした」のように響きます。
「私が行かない」
という文は単体では使わないでしょう。この短文は、文法的には正しくても、語法的には誤っている場面が多いと言えます。でも、最初に日本語を学ぶとこのような文を作ってしまいそうですね。もちろん、
「私が行かないと困る人がいるので」
というように条件節の中に入れると、何ら変なことはありません。このように、たった1音節の助詞が、微妙な状況や意志を伝達するわけですね。
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きーひん、けーへん、こーへん
2008 年 10 月 31 日
京都弁、大阪弁、神戸弁で「来ない」を言うと、
きーひん(京都)
けーへん(大阪)
こーへん(神戸)
すべての活用を調べたわけではないので、確定したことを申し上げられませんが、京都は上一段(やっぱり京都は上ですね)、大阪は下一段、神戸は五段活用のように見受けられます。関西弁を聞いていると、大阪弁がかなりメジャーですが、この発音を聞いて、私は、「あ、京都の人だ」というようにわかることがあります。ちなみに、外国人には、日本語の活用が非常に難しく感じられるようです。「する」はサ行変革活用で、「くる」はカ行変革活用で、いずれも、いわゆる不規則の活用をします。
神戸の言葉は、抑揚は京阪式ですが、活用(=文法)は非京阪ということで、標準語化が進んでいる、との話を聞きました。文法がこのように変化する、というのも日本語の特徴かも知れません。通常、一般の言語では、単語はぞくぞくと外来語が取り入れられるのですが、文法は変化しないものです。
たとえば、「コーヒーを2杯」頼むのに、「2コーヒー」とは日本人は言いませんし、かなりむずかしいです。いくら英語の単語がたくさん入ってきても、そう簡単に語順は変えられないのです。不思議と、ひっくりかえして「コーヒー2」とは言えます。でも、外資系のファーストフードショップで「ツーコーヒープリーズ」というように語順を変えるのは、とても難しいのです。思考の順番にすら関連しているのです(言い換えると、長い年月たっても変わらないだろうと思われます)。
なぜ、英語を身につけにくいか? 単純に、語順の大きな違いが決定的だと思います。
さて、日本語の文法は、モンゴル、韓国などとかなり類似するそうです。大昔、韓国と日本が交流していたころ、なんと、通訳なしで会話をしていたのではないか、と考えられるという話を聞いたことがあります。ただ、不思議なことに、語順などの文法はほとんど一緒なのに、基本の語彙(手、顔、月など)が、韓国語とほとんど違うという話も聞いたことがあります(したがって、以前韓国の南部で話されていた言葉は今の日本語の古いものだと考えている方がいらっしゃいます)。これら基本語彙は太平洋の島々の言葉と共通することが多いそうです(そのため、基本語彙は古いものを残したまま、朝鮮からの文法を取り入れたのではないか、と、言語の常識からしたらありえないような説を立てている方もいらっしゃいます)。
言葉は不思議ですね。
また、韓国とは、特に韓国の南の地域の神話は、日本の神話とかなり類似しているということも言われています。
日本語で消えていきそうな、良い言葉を残していきたいですが、ぜひ、過去の近隣の国々・地域の言葉の関連も調べてみたいと思っています。
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アクセントとイントネーション
2008 年 10 月 29 日
音の高低を表わすイントネーション(抑揚)と、音の強弱を表わすアクセント(厳密には、強弱以外でも例えば抑揚自体も「アクセント」と呼ばれることもありますが、ここでは、そのように分けてみます)とは、それぞれの言語で重要な役割を担います。
日本語はおおざっぱに、京阪式(いわゆる「関西弁」)とそれ以外に分けられます。
私は「関西」という言葉を使いたくありません。いわゆる「関西」は大好きですし、大阪はとても自由な空気があり、京都は自然と歴史とアカデミックな空気があって好きです。また、神戸はとてもモダンで魅力的です。
なぜ、「関西」という言葉を使いたくないかというと、「関東」という言葉に対抗して使われるようになっているということ以外にあまりその意味がないように感じるからです。「畿内」「畿央」「近畿」という言葉が、旧来から地理的な位置を表わしていた表現でしょう。しかし、東京がある地域を「関東」と呼んでいるので、それに対抗して近畿を「関西」と呼ぶ、というのは、全く合点できないのです。
もちろん、「皇室が東京へ移動してしまっているので、東京が中心であり、近畿は関西」だ、という人もいるでしょう。でも、それを関東の人が呼ぶのならわかるのですが、近畿の人がそう呼ぶのはどうかな、と思っているのです。
おおざっぱに京阪式とそれ以外に分けられる、ということがわかったのは、明治以降の話です(金田一春彦先生の論文を読みました)。東北は東北の言葉があり、中部の言葉も、中国、四国、九州の言葉もみな違いますので、調査ののち、なんと「東京」地区の抑揚と、たとえば「広島」地区の抑揚とはほとんど同じということが明らかになったのです。逆に言うと、近畿の言葉以外のアクセント(抑揚と強弱アクセントを含む)は、だいたい同じだったのです。その意味でも、私は長い年月、日本の中心だった京阪地域を「関西」と呼ぶのは奇異に感じるのです。
日本語は全般に(厳密には京阪式は従わないことも)、単語の発音では、最初が低い音の場合、次が必ず高くなります。このイントネーションの上下変動で、「単語だよ」という信号を相手に送ります。
わたし 低高高 ・・・「わ」が低いと「た」を高くする
あなた 低高低 ・・・「あ」が低いと「な」を高くする
とうきょう 低高高 ・・・「と」が低いと「う(=お)」を高くする
きょうと 高低低 ・・・「きょ」が高いと「う(=お)」を低くする
というように、かならず第1音と第2音とで高低変動をします。
アフリカで広く話されているスワヒリ語だと、ある意味逆になります。最後の音の一つ前が高くなります。
タンザニア 「ニ」が高い
ようになります。音節としては、
Ta Nza Ny-a
のように分かれます。音が高いところは強く「タタタータ」のように伸ばしたりもします。また、アフリカの言葉の場合「ン」ではじまる「ンザ」などが発音されるので、日本語とかなり違いますね。スワヒリ語では「ン」で終わる言葉はありません(全く日本語の逆)。
このように、スワヒリ語は単語の終わりに抑揚変動の印を入れることで、単語の区切りを示し、日本語は単語のはじめに抑揚変動の印を入れることで単語の区切りを示していることがわかります。
英語はアクセントと抑揚とがほぼ一致しています。つまり、ストレスが置かれるところは、原則音が高くなります。ですから、いわゆる外人がしゃべる日本語のまねをしようとすると、
わたしは 低高低低
のように、高い抑揚のところ「わたしは」の「た」を強く、高く発音すると外人(アメリカ人?)らしくなります。
京阪アクセントもこの英語とかなり近いです。原則、イントネーションに合わせてアクセントをつけます。その反対に、関東の発音では、音は高いのにアクセントを入れないような発音をする場合が多々あります。
そう-なん-です 高低低
のような発音でも、音程が低くなった「です」にストレスを置く(アクセントを入れる)ことができます。このような発音はロシア語にも非常に似ています。(関東式だと「です」の「す」はほとんど「s」として子音化しますが、京阪式だと「su」と「う」音がはっきり残ったりします)
日本人にとって四季はとても重要です。この四季を表わす四つの言葉は、京阪式と関東を含むそれ以外で正反対になります。
春 はる 京阪(低高) それ以外(高低)
夏 なつ 京阪(高低) それ以外(低高)
秋 あき 京阪(低高) それ以外(高低)
冬 ふゆ 京阪(高低) それ以外(低高)
日本語は抑揚(イントネーション)で単語を表わすため、非常に大切だと申し上げました。しかし、京阪式とそれ以外では、その抑揚が正反対なのです。たとえば、イギリス英語とアメリカ英語で違いはたくさんありますが、アクセントが反対などはあり得ません。まったく伝わらなくなってしまうからです。それくらい、英語ではアクセントが大切です。
基本単語の抑揚がすべて正反対なのは不思議ではありませんか? さらに、京阪式以外はアクセントとイントネーションを使い分けているのに、京阪式は一緒が原則なのです(細かい点では非常にデリケートな発音を含みますが)。
これほど情報化が進み、テレビやラジオなどで音声情報が交錯しているので、いっきに言葉の抑揚、強弱などが混ざってしまってもよさそうなのに、不思議と保守的ですよね。
しかし、ここ何十年かは、
渋谷 しぶや 高低低 → 低高高
ドラマ どらま 高低低 → 低高高
バイク ばいく 高低低 → 低高高
のように、平板型のイントネーションが優勢になっているのは、気になります。(関東の若者はどうして?と思うところでしょう)
純子 じゅんこ 高低低 → 低高高
という発音を電車で聞いたとき、びっくりしました。女子高校生の間ではあまり変じゃないのでしょうか?
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日本語と英語の違い
2008 年 10 月 28 日
日本人にとって、欧州の言葉、特に英語は大変学びにくいものです。一番面倒なのが語順、つまり文法の違いからくるものです。そして発音まで違うので、なかなか習得しにくいです。英語以外の欧州の言葉には、文法上の性があり、さらに格変化があったりで頭がごちゃごちゃになってしまいます。
英語はある意味、そのような変化(性変化・格変化)がほとんどないので、学びやすい反面、単複と冠詞が日本人にとって非常にわかりにくいものになっています。
可算名詞の場合、a carなのか cars なのか the car なのか the cars なのか、バリエーションが多すぎて、とっさのときに迷ってしまいます。不加算名詞の場合ですら、theをつけないものだけでなく、ときにtheを付けたりするので混乱してしまいます。残念ながら、冠詞と数については「習うより慣れよ」ということになります。
英語で話すようになってよくする失敗は、「No」と言わなければならないときに「Yes」と言ってしまうものです。
You didn’t go to the musium yesterday, do you?
(昨日、美術館に行かなかったんですね?)
×Yes, I didn’t.
(ええ、行きませんでした)
もちろん、この Yes はNo にしなければなりません。日本語では首を縦に振るような場面で、Noと言いながら横に振らなければならないのは頭も首も緊張してしまいます。
なぜ、こんな違いが生じてしまっているのでしょうか?
これは、英語をちゃんと学べていないと考えるべきでなく、言語の文化的な違いと考えることもできます。
原則、日本語では、相手に「No」と言わせる質問はしません。この慣習は、実はスワヒリ語など、アフリカの言語でも同様です。したがってアフリカ人も同じような間違いをすることがありますし、(アメリカの黒人英語の特徴でもありますが)「×without no money」のような二重否定をやってしまったりします。
以前、会った白人の英国ウェールズから来られた方と話していてびっくり。
私: I come from Japan.(日本から来ました)
相手: Do you? (そうなんですか)
私: I am a teacher at Chaminade Secordary School.(チャミナデの教師をしています)
相手: Are you?(そうですか)
私: This is my house, provided by the government. (これが、政府が用意してくれた私の家です)
相手: Is it?(そうですか)
という具合に、すべて付加疑問で相槌を打ってきます。日本語だと、「ええ」とか「そうですか」の連発でいいものを、英語を話す人たちは、相手が話した構文に合わせて、ぞくぞくと違う表現で返答してくるわけです。ですから「そうですか」を翻訳する、という考え方をやめた方がいいくらいです(この経験があって、「はい、そうです」の例文を使った話し言葉翻訳の文脈処理を研究したわけでもありますが)。
これには、参りました。頑張って、何度も何度もいろんな場面で
Is it? Isn’t it? Are you? Aren’t you? …
などが言えるように反射練習しました。
私は英語が話せるようになるとても重要な方法は、「つなぐ言葉」や「相槌」をうまく使うことだと思っています。
A equals B. (AはBと等しい)
B equals C. (BはCと等しい)
Therefore, A equals C. Right? (したがってAはCと等しい、ですよね?)
この Right? のような言葉が言えると、話が滑らかになるのです。(この場合、話している人が末尾につける正しい付加疑問は A equals C の否定形なので Doesn’t it? になります。うーん、やっぱり日本人にはとっさの付加疑問はむずかしい!)
Right? Not so? Isn’t it? Is it? Yes? Okay? All right?
このような代替できる表現を順番につかっていけば、スムーズに英語が話せていきます。そして、つないでいく間に次の表現を考えるようにします。
Sure, Of course, Absolutely, No doubt, In particular (Particularly) …
などの文頭の言葉を入れて、文意を明確にしたり、
For example,
などの言葉を使って、例をあげて説明を補ったり、
I mean (to say) … (つまり、言いたいのは・・・)
Let me put it this way, … (言い換えてみましょう。つまり・・・)
のように、言いたかったことを言い換える(再度、別の表現で表わす)ことで、デンタツの達成レベルを高めます。
単語や例文を丸暗記することも大切ですが、このように「つなぐ言葉」や「相槌」などを使って、一連の表現にしていくことは、とても大切ですし、練習しておくと助かることがあります。
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経済摩擦の背景
2008 年 10 月 27 日
このタイトルは、今から20年以上前、当時名古屋大学の教授でいらした飯田経夫(いいだ・つねお)先生(1932~2003)が読売新聞の夕刊(全国版)に書かれたエッセイのタイトルだったと記憶しています。先生は、日本バッシングが強い中、日本楽観論(強さ)の立場を貫かれた論客の雄でした。このエッセイは、後に通信添削などを行うZ会の現代国語の模擬試験問題にも使われました。
なぜ、そのようなことを覚えているかと言いますと、ごくわずかしか流通してない小著「サバンナに生きた二年間」をたまたま大阪の書店で購入いただき、著書中の「アフリカと日本の文化の違い、類似性」に関する記述を、このエッセイで引用されていたからです。何のきっかけだったか、「私の文章がZ会の現代国語の模擬試験にのっている」と誰かから教えてもらったのです。
私の主張は、「確かに日本とアフリカの文化の違いはあるが、それは人間関係や社会生活をする上においては、小さな差でしかなく、実は類似性や共通性があるから、気持ちが伝わり、社会の中で生きていくことができる(できている)」というものでした。肌の色、言葉の違い、生まれや文化の違いなど、とかく違いばかりを強調する風潮が強い中、「違いばかり強調すべきでないのではないか、それよりなぜこんなに離れて住んでいる異なる文化同士も、問題なく交流できているのか、その理由を考察した方がずっと意味がある」というのが伝えたかったことです。
飯田先生のエッセイでは、私と私の協力隊での活動を紹介して文章を引用した上で「(アフリカの現地での生活のように)こんなに違うところで生活する日本人すらこのように共通点を体感している」「アメリカとの摩擦は、決して文化の違いではなく経済の差の問題だ」との論理展開をされていました。強烈に日本を叩くアメリカとの摩擦の原因を、米国流と日本流のビジネス・マナーや文化の違いに原因があるとする当時の大勢意見に真っ向から反論されていました。
現在、サブプライムローンの破たんをきっかけに起こったアメリカ発の金融恐慌は、欧州をはじめ世界に悪い連鎖を起こしている中、低金利政策を続けてきた日本の円だけが買われ、独歩高を続けています。ドルが下がるのは理解できますが、なんとほとんどの通貨がドルに対して大きく下落しているのです。
どんなに類似性や共通性を叫ぼうとも、経済は熱の伝搬のように、高いところ、低いところの差があれば、こぞってそこへ流れていくという、グローバル化が着実に進行し、年々、この伝導率は高くなってきているように感じられます。
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協力隊は日本の国旗だけ掲揚しません
2008 年 10 月 24 日
星条旗のお話をしました。
アメリカの平和部隊(ピースコー)と同等の活動をしている青年海外協力隊(国際協力機構の組織)は、ある意味、日本という国家が行うボランティア活動ですから、国旗を背負って海外へ出かけているようなものです。
しかし、日本の国旗は掲揚しない伝統があります。(ひょっとして変わったかも知れませんが、私の理解ではそうです) もちろん、大使館などでは日の丸を掲揚しています。
青年海外協力隊がはじめて派遣された、今から30年以上前、対日感情が悪かったアジア諸国の状況を考慮して、日の丸は掲げないようになったと聞きました。(不心得者の日本人青年が日の丸を大きくたなびかせていて、放石を受けたらしいという話もありました)
派遣前の訓練では、毎朝、派遣先の国々の国旗を掲揚し、国歌を流す中、私たちは敬意を表すことを続けました。自分の任地マラウイだけでなく、近くの国、ケニアやタンザニアなどの国旗や国歌も気になります。しかし、日の丸は掲揚しないです。
私は、このようなことは本来的でないので日本の国旗も掲揚すべきだと申し上げたいのではありません。「しばらく謹慎して掲揚しない」やり方もあるでしょう。また、イギリスの憲法は明文化されているものはありませんが、憲法がない、というわけではないように、抽象化してしまう方法もあるかも知れません。
しかしここで述べたいのは、戦後何十年たっても、このような影響を残しているということです。禍根を残しているのです。日本と日本人、そしてそれを象徴する国旗等も、「信」を失う多大な負の遺産を残したということです。
私は、このような禍根を次の世代、そしてその次の世代に残したくはありません。智を持って礼をつくし信を回復すべきです。「周辺諸国にはもう十分謝ってきた」と言う方もいらっしゃいます。「これ以上何をすべきなのだ」ともおっしゃいます。しかし、真に総括できていないから、禍根は消えず、こうして生き続けるのです。国旗も掲げられない青年海外協力隊を送り続けざるを得ないのです。
たとえば、学校で国旗を揚げるのに賛成・反対などの話があります。国旗を揚げることは全体主義につながる、という主張もあります。どうしてそのような話が出てくるのか、それは、戦争の総括がきちんとできていないため、信頼が回復されていないからだと思います。
国旗を揚げないようにすれば、平和の国を維持できるのでしょうか? いいえ、このように、心につかえているものをとることが一番大切ではないでしょうか。総括できていないこと、姿勢を明確に提示できていないことが最も重大な問題です。
「無理やり国旗を揚げるのは反対!」とおっしゃる方がいらっしゃいます。その面もあると思います。
子供には日の丸の掲揚時には起立させないように教えていらっしゃる方がいらっしゃいます。その場合、子どもに「日の丸は悪いものだ」という印象を与えていないでしょうか? 「もちろん、日の丸は悪いものだ!」とおっしゃるかも知れません。でも、決して日本の国旗が悪いことをしたわけではありません。先の戦争を総括して、しっかりと意思表明をしていないから、このように信を失うことになってしまっているのです。
私は憲法改正に賛成です。今の憲法以上にしっかりと前の戦争の総括を行い、現在の日本国憲法の良いところ不足するところを明確に示し、目的を示し、国権の責務を明示(現在の憲法には、800兆円の赤字財政にしても政府の責任を問える根拠が書かれていません)すればいいと考えています。これも総括のひとつの方法です。
先の自民党案は、国民の義務をぞくぞくと増やしてはいますが、国権の責務を規定していません。また、一番大切な総括、憲法の目的、国権の責務がほとんど書かれていません。最近、三島由紀夫が草案を作った憲法が見つかったのですが、彼の憲法には憲法自体の目的(国家の永続的な繁栄)が書かれていますし、天皇を戦前のような軍を統括する立場から外して横に置いているように、戦前の憲法よりずっと改善があると私には感じます。
もし、憲法を改正するのであれば、まず歴史的な総括、憲法の目的、そして国権の責務(国民の生命財産を守る、平和と発展のために努力する、財政的な安定の確保を行う、平等に行政サービスを提供するなど)を明示することなど、憲法の基本デッサンが必要ではないでしょうか? それらで大枠を示したうえで、国民の義務、そして国権の機能(国会・行政・司法)などの規定を置くべきだと考えます。環境権などは、国民の生命財産を守ることに通じるわけですので、国民の権利としてではなく、国権の責務として規定すべきでしょう。
国旗掲揚の問題も、憲法改正の問題も、しっかりと目的と意義を考え、問題点を把握すれば、いかようにも考えられる、前進させられる課題だと考えています。
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